33.旅館
やってきたのは温泉旅館ヨザクラ。
ラグナロスト西方、アルフーレ山脈の麓に位置する。
…王都ではなくこんな辺境に建っているのにはちゃんと意味があるわけだが。
巨大な建物の中には大小様々な魔族に対応するための、大きさの違う設備が置かれているらしい。
人間の子供より小さいゴブリンから竜まで幅広くもてなす、画期的な宿である。
もちろん人間も対象内。
従業員は種族を問わず、人間も多いのだという。
人間と魔族の共存のための第一歩である。
「ようこそ、ヨザクラへ。今日はごゆるりとどうぞ」
この宿の女将らしい女性が恭しく礼をした。
額には二本の角。鬼が女将をする宿って新鮮かも。
「今宵は全て貸し切りでございます。ゆっくりとご覧になってください」
にこ、と優しく微笑む女将。満点である。
「今日はよろしくね。あ、でもボクらスバルに言われてきただけだから、そんな特別扱いしなくてもいいんだよ?」
「いいえ。魔王様御一行はスバル陛下がお招きしたお客様なのですから、当館のできる最大限のおもてなしをさせていただきます」
意地でも全力を出すらしく、一歩も退かない女将。
やっぱり鬼族って気が強いなぁ。
「それに、魔王様に直接奉公できる機会は逃す理由がありませんから」
女将は大真面目にそう言った。
「我らがこうして共に働ける、平和を成し遂げてくださったのは魔王様です。この感謝の念を、この場所で伝えたく存じます」
女将とその後ろに並んだ従業員も、みな誇らしげに笑っていた。
各々が自分の仕事を誇りとしていた。
良い時代にできた、と思えた。
…ボクが死ぬまではこの表情を守っていたいと思った。
いや死んでからも守れるように、ちゃんと後継者を育てなくちゃいけないんだ。
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」
最近はいつも城にいるせいで、民たちと顔を合わせることも少なくなってきた。
それは魔王を独立した武力制裁の機関にするためであるが…たまにはいいだろう。
「では、お部屋はいかがなさいますか?」
ちら、とボクの後ろを見ながら女将は言った。
「やっぱり広いわね…流石スバル様。温泉旅館なんて初めて来たけど、すごいってのが分かるわ…」
壁に掛かった絵やつやのある床板をまじまじと眺めるミコト。
「ちょっと気おくれするぐらいの宿っすね…オレ、付いてきて大丈夫だったんすかね…」
そわそわとした様子であちこち見回すヒグレ。
「…人間いっぱい…」
す、とヒグレはボクの後ろに隠れ、マントの裾をつまんだ。
…やっぱり、まだちょっと怖いか。
「無理そうなら言ってね。転移魔法ですぐ城まで送るから」
「…マスターは?」
「ボクはすぐには帰れないかな。ごめんね」
スバルからの仕事で来ているわけだから…。
「…ならオレもここにいるっすよ。マスターと離れる方がよっぽど怖いっすから」
きゅ、とマントを握る力が強まった。
「…怖い人間ばかりじゃないって、お嬢を見てれば分かるんで」
ヒグレ自身も変わろうとしているのがよく分かった。
「…ベル」
「心得ました」
みなまで言わずとも、ボクの考えは伝わったようであった。
…なきにしもあらずともいうしね。
「じゃあ、大部屋をお願いしようかな?」
うんうん、と四人も頷いた。
「せっかくだし私、四人で枕投げとかしてみたいわ」
「ちょっと待って。この面子で枕投げしたら余波が大変なことになるよ?」
この子は本当にマイペースだな…。
「陛下はきっと調子に乗って今日はお酒を飲むと思われるので、その見張りもしたいです」
見張り、というよりお世話したいんだろうな。
でもボクがべろんべろんになっているのを見たいだけな気もする。ベルは割とそういうところあるし。
「オレはマスターと一緒ならそれでいいっす」
…ここまで信頼されたら、応えなくちゃって思うよね。
「ま、気負わずにね。一緒に楽しもうよ」
ぽんぽん、と軽くヒグレの肩を叩いた。
「承りました。ではこちらへどうぞ」
少し思うところはあるけれど。今はこの場所を楽しむことにした。
温泉なんていつぶりだろう、とわくわくした気持ちで女将のあとを追いかけた。




