32.りょこう
小春日和で心地よい午後。
今日も鍛錬は欠かさず、でもしっかり休息は取っておくかとのんびりすることにした。
休むことも大切なのである。
「お嬢ー、掃除するんで起きてくださーい」
ベッドの上で本を読んでいたところにヒグレがやってきた。
「…あなた、たてがみは切らないのね?」
服を着るというのは、背中の傷を確実に隠せるようにするためでもあったのだ。
「あ、えっと、それはその…」
ヒグレは少し恥ずかしそうに。
「綺麗って、撫でていたいってマスターが言ったから…切りたくなくって…」
自分で言って、より恥ずかしくなっているようだった。
…撫でてもらいたい、という気持ちは分からいでもないが。
いい意味で切れなくなったのなら、よかった。
「そういえば、あなた空とか飛べたの?」
「最近になってからっすね。先輩に一通り戦い方を教わったらできるようになった感じっす」
一体どんな教育をしたんだあのメイドは。
「糸で戦ったことはあったの?」
「なかったっすね。今までだいたい素手だったんで。糸を使うのも、布を織れって言われたときくらいっすから」
…だから布の織り方を知っていたのか。
あの人間たちもとんだ無茶を要求したものである。
戦闘に関しても上達が早すぎる気がするが…いや、戦わされていたのならおかしくもないか。
あの日、あの男が言っていた。竜として戦わせると。
ひょっとしたら、賭け事に使われていたのかもしれない。
「他人の魔力を糸に上乗せしていたわね。あれは吸血鬼の力によるもの?」
「たぶん、そうっすね。魔法までは使えないっすけど、上乗せは可能っす。同時発動は難しいっすけど、複数所持はできるんすよ」
聞けば聞くほどぶっ飛んだ力だ。
…シノがわざわざ潜入して奪還した理由が分かった。
「あなたの体内では拒絶反応は起きないのね?」
魔力同士でも相性というものがあるらしいし、複数所持なんてすればどれかが拒絶反応を起こしそうなものだが。
拒絶反応が起きてしまえば、身体にとてつもない負担がかかるそうだが…。
「まぁ、吸血鬼だからっすかね?特にマスターとお嬢のは混ざらないように気を付けてるっすよ」
聞けば、二人の魔力の性質は対極なのだという。
光の魔力の性質は、放出、干渉、再生。
闇の魔力の性質は、吸収、断絶、破壊。
前者を使えば糸が加速し、後者を使えば破壊力が上がるのだと。
もし混ざった場合、爆発的なエネルギーが発生し制御不可能になるらしい。
それが拒絶反応よりタチの悪い、中和と呼ばれるものだと。
「もし中和反応が起こったら、街の一つくらい簡単に吹っ飛んじゃうっすよ?」
歩く爆弾そのものである。
「今まで直接手で触れないと使えないって思っていた技も、糸で触れるだけで使えることが判明したんすよ」
末恐ろしいとはこのことだ。
「というか、お嬢もいい加減起きてほしいっす。またこんなに散らかして…」
ああもうどうして、と溜息をつくヒグレ。
…これが母親というものに近いだろうか。
小さい頃は、母親という存在に憧れを持っていたり、持たない自分の境遇を呪いたくなるときもあったが。
いたらいたで喧嘩ばかりしていたかもしれないな、と思った。
「あ、二人ともここにいたんだね」
二人で部屋を片付けているところにシノがやってきた。
「明日はボク、温泉に行くからお留守番お願いね」
…今、こいつとんでもないことを言わなかったか。
「何で私たちが留守番なのよ⁉連れて行きなさいよ!」
一人で旅行なんてずるい。許せない。
…みんなで一緒に旅行、というものに憧れもあって。初めてはシノと一緒がいいなんて思ってしまって。
「え?ミコトも行きたいの?」
「もちろんよ!誰でも行きたいわよ!」
ぎゃいぎゃいと騒いでいると、何事かとベルまでやってきた。
…で、シノが一人で温泉に行こうとしていることを話すと。
「妾は悪魔なので、お風呂という文化もよく分かりませんが…置いてけぼりはよくないです、陛下」
むす、と言うベル。
そんなに?と首をかしげるシノ。
「オ、オレも…マスターと一緒がいいっす」
消え入りそうな声ではあるが、自分の願いを言うことができるようになったヒグレ。
進歩してるな。
するとシノは考え込んで。
「うーん。でもまぁ、この面子なら…問題ないか」
思考がまとまったらしく、よし、と手を打つシノ。
「じゃあ、みんなで行こうか。温泉旅行」
わーい!と三人で拍手した。
「スバルが作ってる、魔族と人間両方が泊まれる宿だって」
それはまたすごそうだ。
「何を持っていけばいいのかしら?やっぱり枕かしら?」
「では妾は準備に参ります」
「オレ、温泉とか行ったことないんで楽しみっす!」
三人揃って子供みたいにはしゃいでいた。
「明日は早めの出発だから、みんな早寝するんだよ?」
…ヒグレの母親っぽさはシノ譲りかもしれない。
こうして、勇者と魔王とその配下は一泊二日の旅行に行くことになった。
…歴代の勇者や魔王が見たらきっと目ん玉をひんむいて驚くだろうな、と思った。




