31.密会
月が綺麗な夜。
確かアカツキのは月を見て楽しむ文化があったはず。でも残念ながらお餅はない。
執務室でひとり、彼が来るのを待つ。
「やぁ、待ったかい?」
部屋の隅に設置した魔道具に魔法陣が浮かび、ひょっこり現れたのはスバルである。
王らしい威厳はなく、むしろ飄々としているといえる。
ゆるく浴衣を着崩して、手には酒瓶が握られていた。
いつも通りの格好である。
「…待ちくたびれたぞ。何時だと思っているのだ」
「悪かったって。今日はやっと例の件が片付いたんだよ」
スバルは来客用の椅子に座り、すぐに酒を飲み始めた。
…例の件というのは、ヒグレの誘拐事件である。
「かなり無理をさせたな。首尾はどうなった?」
「有耶無耶にする他ないさ。幸いあの場の貴族共は錯乱していたから、余が押し切れた。まぁ、美少女だった点は隠せなかったけどね」
美少女、と言うところでスバルがにやにやとこちらを見た。
「からかわないでくれ。ボクは見本がないと変身できないって知っているだろう?」
「ははっ、いつぞやは余の姿だったね。我ながら美形だったよ」
ぐびぐびと持参した盃をあおるスバル。アカツキ家は代々酒豪である。
「お主もどうだい?我が国自慢の特産品」
「…ボクがお酒飲めないって分かってて言ってるだろキミ」
残念ながらボクに酒を楽しむ余裕はない。
…毒耐性の能力を封印されてしまっているため、毒素を分解できずに一瞬で泥酔してしまうのだ。
だから酒への注意は必須なのである。
…まぁ、すごくお酒に弱い人間くらいには飲めなくもないんだけど。
「ならこちらの饅頭はどうだい?」
「抜かりないな。キミらしいが」
餅があればよかったんだけどねぇ、とスバルはぼやいた。
人間サイズのためやや物足りないが、じっくり味わおう。
文化の違う甘味は新鮮で、とてもおいしかった。
「ああそうだ、言われてた話、調べてきたよ」
ようやく本題である。今日はその話を聞くためにこんな時間まで執務室にいるというのに。
「無意識下に干渉する大規模影響系の能力。こんなもの本当にあるのかと思ってたけど…意外にもありそうだよ」
あっさりとスバルは言うが、大事件である。
「聞いて驚け。余の部下に勇者の名を聞いたが…誰もミコトという名を思い出せなかったんだ」
…おかしいとは思ったのだ。
アカツキへの潜入のとき、ミコトが勇者と認識されなかったことが。
…まるで、ミコトという勇者の存在を知らないみたいに。普通の女の子とでも接するかのように。
勇者ともなれば国、人類の代表となりえる存在。
女性、しかも史上最年少。それが人々の記憶に残らないはずないのに。
アカツキ国の民はほとんどが黒髪。その中で代々白髪のスサガミは別格とされているのだ。
時代によっては神とも呼ばれ、街を歩いたりしていれば誰かが驚いたりするはずだ。
しかし事実として彼女は勇者と認識されず。そもそも記憶にも残っておらず。
…ミコトの幼い頃の話を聞く限り、そのような事態は前々からあったようである。
「…歪められたか」
人間の記憶やイメージを書き換えるほどの強力な能力。
相手は世界の真理を知っているのか…?
「ただ、魔族には効果がないのかもしれない。留学中の魔族たちは普通に答えられたからね」
もしかして…。
「それに、余はミコトちゃんを認識できている。影響のしかたをみる限り、人々の意識ネットワークに干渉しているようだし、能力保持者とのつながりが薄いと効果は落ちるのかもしれないね…あと、ミコトちゃん本人と一定以上の接触も必要かもしれない」
集団心理を操るとでもいうのか。
なかなか面倒な能力である。
「だとすると相手は幼少期にミコトの近くにいて、周囲の人間の認識を阻害していた…ということか?」
毎日接触している使用人たちの認識を歪めていたとすると、そうとしか考えられない。
逆に保持者と離れていたから、このあいだの服屋の店員はミコトを女の子として認識できたのかもしれない。
…ミコトが家に引きこもったりしていれば、この事態は気づけなかっただろう。
「というか今の今までキミでさえも気づいていなかったって、どういうことだ?」
「恥ずかしい話なんだけどね…余自身もあまり部下と勇者についての話をしたことがなかったんだ。認識にずれが生じているなんて、思ってもみなかった」
…思い込みを助長させる能力とでもいったところか。
「なぁ、ミコトちゃんが…本当に忌み子なのかい?」
スバルにとっても、ミコトは大切な存在なのだろう。
心配する気持ちが顔に表れていた。
「おそらく、違う。あの子には記憶が残っていない。それに…機構権限を使いこなせていないからな」
それを聞いて、スバルはひどく安堵したようだった。
「ならいいが…。もうしばらくは調査を続けるとするよ。我が国のためにも」
「ああ。よろしく頼む。いつもすまんな」
「かまわないよ。あ、そうだ。お主にはこっちを頼みたい」
スバルが懐から出したのは、一枚のビラであった。
「貴国との共同事業である温泉宿だ。まだ公のお披露目はしてないんだけどね…余が予約しておくから、旅行でもどうだい?」
スバルがこんなに気前がいいと、不安にしかならないのだが…。
「旅行はいいが、この場所の近くには…」
気になったのは、その宿の立地である。
「…最近、我が国でも少し不穏な輩の気配があるのでね。万が一あれが目覚めた場合こちらでは対処できない。だからとりあえず今のところ大丈夫か、お主の目で確認してもらいたい」
…こちらもかなりお願いしていることがあるし、断ることはできない。
「分かった。引き受けよう。でもあれにボクの力が通じるか、あやしいぞ?」
「魔王の前で目覚めさせる馬鹿はいないだろうさ。ま、いわば牽制だよ。魔王にも気づかれてるって分かれば、そうそう事は起こさないだろう?」
…本当に抜け目ないな、この王は。
「そういうわけで、よろしくね。魔王様」
厄介な依頼を置き土産として、スバルは颯爽と帰っていった。




