24‐5間 閑話.勇者になった少女
それはまだ、五つになったばかりの頃。
両親の顔も知らないまま、たくさんの大人に囲まれて育った。
しかし私は出来損ないだった。
もともと女だったからか、扱いはひどいものだったが…鍛錬については男女平等とされていた。なんでこんなことをしているのかもよく分からないまま、毎日疲れ果てていた。
日に日に扱いは酷なものになっていき、気が付けば私には食事すら与えられないときがあった。
まるで私が存在していないような。誰も私に気づかないような。
…愛情は全てどこかへ流されてしまったのだ。
だから逃げ出した。
子供とはいえ、勇者の血から高い身体能力を得ていた。そのため屋敷を飛び出すのは簡単だった。
家々の瓦の上を駆け、あてもなく走り続けた。
そして日が暮れる頃には、どこかの森の奥深くまで来てしまっていた。
暗く、どこからか聞こえているのかも分からない獣の声。
足元がひやりと冷たくなって、途端に身体が震えだした。
私、どうなっちゃうのかな。
恐怖した。でもそれ以上に絶望していた。
もうどうでもいいや。苦しくない死に方がいいな。
そんなことを考え始めたとき、急に木の葉がざわめきだした。
低く、重い足音。喉の奥を鳴らしながらこちらを睨んできたのは、巨大な狼だった。
幼く、女である私に知識なんて与えられていない。
でもこれは危険なものであると、本能で分かった。
逃げなきゃ死んじゃう。でも逃げるって、どこへ?
ならもういっそ、骨まで喰われてしまおうか。
帰り道も忘れた。私が死んでも、きっと誰も気づかないし、悲しまない。
ふらふらとした足どりで狼の方へと歩きだしたそのとき。
「フェンリルはやっぱり人肉を好む傾向があるのかな?」
目の前で、狼は殺された。
全身をバラバラにされて、飛び散った血が頬にかかった。
「あれ?子供?冒険者じゃない人間が迷いの森に来るなんて…珍しいこともあるんだね」
空から降ってきたのは、化け物だった。暗いためシルエットしか見えないが…私よりずっと大きい。
「ここは危ないよ。早く家にお帰り」
「…帰りたく、ない」
すると、化け物は少し悲しそうな声で。
「キミにどんな事情があるのかは知らないけれど…帰る場所があるなら、帰るべきだよ。ほら、ボクが手を引くから」
化け物の姿が揺らぎ、私とそっくりになった。でも髪は真っ黒で、その姿は勇者の血を持たなかった私のようにも見えた。
幼い手だったが、なぜかとても力強いものも感じた。
「…あなたと一緒にはいられないの?」
化け物は困ったように笑って。
「ごめんね。キミとボクは一緒にはいられないんだよ…キミが思っているほど、ボクはいいひとじゃないからね」
…私を助けてくれたのに、いいひとではないのだろうか。
「…どうすれば、あなたと一緒にいられる?」
どうすれば、あの家から抜け出せるか。この苦しみから逃げ切れるのか。
化け物は少し考え込んでから。
「キミが誰にも負けないくらい強くなったら、かな」
その言い方ははどこか意地悪く思えた。
…誰にも負けない、か。なら、より鍛錬をするしかない。
「…約束、してくれる?」
小さく私が問うと、化け物は嬉しそうに笑って。
「うん、もちろん。約束するよ」
二人で小さな小指を強く結んだ。
「絶対の、絶対に守るから!」
それは無垢な誓いだった。
「そっか。楽しみにしてるよ」
頭をやさしく撫でられながら、私はかたく決心した。
手を繋いで、ゆっくりと歩いていた。
でも人里に下りる一歩手前で、化け物は手を離した。
「じゃあ、またね」
また明日、とでもいうような言い方だった。
待って、と声をかける前に、化け物の姿は影の中に消えた。
ひどく寂しさを覚えたが…胸には確かなものがあった。
誰よりも強くなる。それが約束だった。
今まで何も分からなかった。でもようやく自分の願いを見つけた気がした。
だからもう、諦めることはなかった。
ひたすらに剣を振り続け、強さのために足掻き続けた。
いずれは、魔王も討ち倒すために。
だって私は勇者の子だから。




