20.しゃざい
ヒグレはシノとかなり仲良くなったらしい。
ここ数日では一緒にお風呂に入ることもある。
そこで気になるのはただ一つ。
「あなたの性別はどっちなの?」
城の中庭で空を見上げていたヒグレが振り返った。
「え…一応、男っすけど」
急に何を言い出すんだ、と顔に書かれていた。
「じゃあなんで女の子の姿をしていたのよ?」
「竜の姿に戻ると、ひどく怒られたんで…まぁ、もう昔のことのように感じますが」
紛らわしいとも思ったが。
そんなことをさせて何が楽しかったのだろう、あの人間たちは。
「あなたはたてがみがあるのね」
女の私から見ても羨ましく思えるほど美しい艶色。
シノはたてがみを持たないのだが…。
「ハゲなのかしら、あいつ」
「竜族にはあまりないものらしくて。オレがたてがみがあるのもたぶん、オレが半血だからなんで…」
少し、複雑そうな言い方だった。
「…切った方がいいかもしれないんすけど、どうしても切りたくなくって」
そのとき、ヒグレの表情がかげるのを見た。
「隠しておきたいんすよ、背中の傷」
そう、ヒグレの背には大きな傷痕がある。
三百年前、脱走をしないようにと翼を抉り取られたらしい。
…人間の手によって。
それが勇者だったというのだから、本当になんて謝ればいいのか分からない。
「ごめんなさい。嫌な思いをさせてしまったわね」
「気にしないで下さい。もうずっと昔のことですから」
でも自分の先祖がそんな惨いことをしていたなんて思うと、この身に流れる血がひどく恐ろしいものに感じる。
この罪悪感はきっと、一生つきまとうのだろう。
「マスターも謝ってくれたんすけど…正直、両親のことなんてほぼ覚えていないんすよ」
父は竜、母は吸血鬼。
排他的といわれる両種族。その愛は許されなかった。
父は先代…七代目魔王に殺された。
かろうじて母と人間の国まで生き延びたが、勇者に捕らえられてしまう。そのまま母は殺された。
そして三百年間、暗い檻に閉じ込められた。
「魔王や人間を恨む気持ちはないの?」
私だったら、皆殺しにしてしまう。
…この子にもそれくらいの力はあるように思う。
「…ない、と言えば噓になるかもしれません。でも、分からないと言った方が正しいと思います」
ヒグレ自身も、自分の気持ちがよく分からないようであった。
「マスターのあの眼を見たときに、三百年間の自分は死んだんだと思います」
名もない壊れた半竜はそのとき消えてしまったと。
「だから…生まれたてのオレを受け入れてもらえませんか?」
竜としても吸血鬼としても半端になってしまったのだと。
これからの未来で償うことはできるのだろうか。
いや…そうするしかないのだろう。
「ええ、もちろん。私もまだまだ知らないことばかりだから、お互い頑張りましょ」
私はまだ何も知らないのだ。
ずっと一人で剣ばかり振っていたから。
普通の女の子というものへの憧れが、なかったわけではない。
でも私は勇者の子として生まれたから。
思い出すのは、幼い記憶の中にある約束。
「勇者、か…」
家の者たちは教えてくれない歴史。
幸い、私は人間と魔族の両方の大図書館に入ることが許されている。
ならば知らなければならない。過去の全てを。




