10.じょうしき
魔王城で暮らし始めてからしばらく。
私が斬りかかっても、もう慣れたのか何も言わなくなったシノ。
新技も考えてみたが…まだ実用はできそうにない。
仕方がないのでメイドの方…ベルに話を聞くことにした。
敵を知る。日常生活を観察すれば何かしらの特徴は見つけられるはずだ。
「陛下の癖、ですか」
廊下で掃除していたところを部屋まで引きずってきた。
私に与えられたのは来客用の一室。
寝床、机、衣装棚もきっちりそろっており、ほこりの一つもなく磨かれている。
自室として好きに使っていいと言われたのでこれから物を増やしていく予定だ。
「そうですね…風呂上がりの牛乳を一気飲みすること、でしょうか」
私はキンキンに冷やしたお茶の方が好きだ。というか魔王にしては可愛らしい癖だな。
あまり役に立ちそうにないが…。
「あと、料理をするときに包丁を持つのは第四の腕ですね」
…ちょっと待て。
今、何かとんでもないことを言われなかったか。
「は?第四の腕?」
あいつの腕は二本だった気がするのだが。
「まぁ、そうなりますよね…口で説明するよりも見た方が早いかと」
聞けば、今日のおやつを作っているはずだと。
二人で厨房に向かい、中を覗き込む。
シノは見慣れない黒いエプロンを身に着け、鼻歌まじりに尾を揺らしてお菓子作りをしていた。
…問題はその腕が二本以上あることだ。
「何なのよあれ…」
しかしよく見ると少し色味が違うことに気づいた。
二本はきらきらした鱗だが、他は光を呑むような影の色をしている。
間違いない。シノの力…闇の魔力によるものだ。
闇の魔力を持つ者は過去にひとりだけ。それが初代魔王というのだから本当に驚いた。
…私が斬りかかったときには絶対に見せないのに。
魔力を見れたのは嬉しいが、こんな形だととても複雑だ。
「そんなに見張ってなくても、おやつは逃げないよ?」
鍋をかき混ぜながら目線だけをこちらに寄越すシノ。
隠密行動には自信があったのだが、バレていたらしい。
「そんな第二形態みたいな格好でお菓子作りをしないでほしいわ…夢に出てきそうだから」
果実の皮を剥いたり、砂糖を量ったり。何かの生地を作ったりしている影の腕を見ていると、溜め息が出た。
「ボク、第二形態とか持ってないんだけど…」
腕を増やせるやつが何を言っているのか。
「今日はフルーツタルトですか」
「正解。クリームを冷やす氷を出してくれる?」
承りました、と特に気にもしていない様子の二人。
「能力の無駄遣いだわ…」
いや、きっとこれが正しい。
もし本来の使い方をすれば、どんな惨劇が生まれるか分からないのだから。
暇とは贅沢な悩みだ。それだけ世は平和だということなのだから。
「というかそのエプロンはどうしたのよ?」
あれ?言ってなかったっけ?とシノは首を傾げて。
「これ、ヨイヤミだよ。いつもマントにしてるやつ」
それは姿を思うがままに変えられる、魔王の神器。
私のハクジツと対にものなのだが…。
こんな使い方があってたまるか、と思った。




