102.げんいん
シノの魔力の本質は、誰にも分からないものだと思っていた。だって、シノが一言も話そうとしなかったから。
殺した証拠が、跡形もなく消える。
…本当に、よく害のない使い方ができるようになったものである。
「ボクの個体情報の欠陥って、どんなものなの?」
双子が一番簡単だと言っていたが、シノの記憶の限りではそんな子はいなかったらしい。
「死亡演算の失敗、のようです」
死亡演算?一体どういうことなのだろう。
「本来死んだはずの瞬間にどうしてか生き残ってしまった、と言えば分かりやすいでしょうか」
死んでいたはずなのに、生きている。
シノの話の中で、最も可能性が高い瞬間は…。
「里が燃えたとき、かなぁ」
話を聞く限り、子供が生き残れるような状況ではなかった。
煙、火の粉。どれも幼い身には危険すぎるものだ。
母親の身を焼いたという、先代魔王の炎。触れなかったにしても、余波だけで死んでいてもおかしくはない。
皮肉のきいた話だ。殺されかけたからこそ、その相手を殺す力を得ただなんて。
「ヒグレは言うまでもありませんが、その血筋です。本来、異種交配なんて起こりうるはずがありませんから」
ベルの言葉を聞いて、やっぱりとでも言うようにヒグレは苦笑いした。
「そうっすよね。オレも六歳くらいで覚醒したんで、変だなとは思ってたんすよ」
半血のせい、と思っていたらしい。
「グラケーノさんも、名付けによる自我の発現が原因です」
死んでいるはず、という矛盾と、生まれていないはず、という矛盾。真逆ではあるが、それぞれがその生い立ちに苦しめられてきたものだ。
「なら、ベル。あなた自身はどうなのよ?」
ごく短期間で、大悪魔へと成長した。その成長の間に、何か綻びが生じたのだろうか。
「一度、仮死状態になったことがあります」
仮死。悪魔の身体は魔力でできているため、いまいち想像ができないのだが。
「ただの面白半分の実験でした。自分の思考演算の回路を、世界の演算式に繋いでみたらどうだろうっていう」
術者が式を構築し、世界の式を上書きすることで事象の書き換えが起こる。それが魔法だ。しかし、もし自分の頭と世界の式が線一本で結ばれてしまったら…。
「結果、演算式の濁流に呑まれました。そのとき一瞬だけ、全ての式と繋がった、神の演算領域を見たのです。大慌てで命からがらこちらの世界に帰ってきたわけですが。正直、生き残れたのは本当に奇跡です」
…とりあえず、興味本位で命の危機に陥ったことは分かった。
「それって、シノと出会った後のことなのよね?」
「えぇ、陛下が王都へ醤油を買いに行っていたときのことです」
じと、とシノを睨みつけた。シノはそっと目をそらした。
「何で止めなかったのよ!?買い出しどころじゃないわよ!?」
「いやボクだって初耳だよ!?というか、そんな危ないことするほど積極性のある子だと思っていなかったし…!」
それもそうだ。悪魔は無駄な魔力の浪費を嫌う。まして怠惰の大悪魔となれば、危険なことに首を突っ込むとは考えにくい。
「陛下と出会ってから、妾も変わりましたから」
ベルフェゴールを好奇心の権化にしてしまうなんて。
「しれっとボクのせいにするのやめてほしいかな…」
困った表情でそうシノは訴えていたが。
良くも悪くも、他者を巻き込んで狂わせてしまう才能があるらしかった。




