99.矛盾
一から説明する、とベルは言った。
そうだ、ベルが見る世界とボクらが見る世界は違うんだ。
「まず、この眼は情報の解析に特化しています。しかし、視界以上の情報は調べることができません」
禁忌権限・演算とか言ってたっけ。
目に入ると、本人の意志に関係なく発動してしまうらしい。
「魔力消費も馬鹿にならないので、普段はこれで抑え込んでいます」
カラコンと眼鏡を付け直すベル。よくよく観察してみれば、ほんのかすかに魔力のゆらぎが確認できた。いつの間にこんな高性能な隠蔽魔法を開発したのか…これも演算の権能の一つか?
「禁忌権限って何だい?機構権限と似たようなものかい?」
スバルの質問。ボクも気になっていたところだ。
「似て非なるもの、と言うのが正しいでしょう」
ベルはそこで少し考え込んで。
「突飛な話になりますが。皆さんは神を信じますか?」
あまりにも急な話で、みんな面食らってしまった。
ボクとしては、どちらともいえない。機構権限は根っからの天上の者でないと作れないような、倫理観を殺す仕様になっているが。世界の上から見下ろしてくる存在がいると思うと、不気味でしかない。
「神に人格があるかどうかは分かりませんが。それに準ずる、この世の法則の全てを司る何かは存在していると、妾は考えています」
ベルは世界法則の式へと興味を持っていた。昔から疑問の多い子だったもんなぁ…。
「しかし、この世界も完璧ではありません。魔法がその証拠です」
その通り。魔法はこの世の理を歪めるものである。
「それらを処理、コントロールするためには、神のような…この世のものでない力が必要になってきます」
神が一方的にこちらへ干渉してくる。嫌な感じだ。
「ですが、神の力も完璧ではありません。この眼がその証拠です」
神にも不手際はあるということか。そそっかしいな、神。
「この世は大量の法則演算式で満ちています。その中には、矛盾と呼ばれる、落とし穴があります」
いわく、それは演算の失敗であると。
「その落とし穴に落ち、この世に現れてしまった神の力。それが禁忌権限です」
なるほど、似て非なるとはそういうことか。
もともとはどちらも神の力だった。機構権限は神自らが与える力だが、禁忌権限は手違いでこちらに渡ってしまった力。神からすれば、奪われたようなものだろう。
「演算式って、どういうことなのかしら?ずっと誰かが計算しているのものなの?」
「いえ、備え付けと言った方がいいでしょう。そうですね、例えば…」
ベルはミコトの手を指さした。
「お嬢が手を怪我すれば、血が出ます。これが正しい演算です」
そうなるのが当然の事象。備え付け、か。なるほど。
「しかし回復薬をかければ、傷は一瞬で塞がります。これは肉体情報の復元、逆演算といえます。自然治癒も原理は同じですが…あまりにも速度が違いすぎます」
その速度はおよそ数千倍。いや、傷によっては数万倍かもしれない。
「転移魔法は、物質の座標情報の改竄演算と言えますね」
あからさまにおかしい事象ではあるが。大昔からあるため、そういうものだと完全に受け入れてしまっていた。
「そういった小さな矛盾はこの世に溢れています。それは、この世界が未完成であることの証ですが…その程度の小さな穴では、神の力が抜け落ちることはありません」
なら、より大きな穴があるということなのだろうか。
「個体情報に、本来あってはいけないほどの欠陥がある者だけに、禁忌権限は宿ります」
本来あってはいけない。ということは、本来生きていないはずの者?
ベルの言葉が、また大きな謎を呼ぶのであった。




