97.握手
未来のことなんて、あまり考えたことがなかった。
自らの死を求め、それ以外の全てを見失ってしまうなんて。
いつか殺してくれる誰かが見つかると、楽観視していた自分が愚かしい。
「全部必要だったことよ。今、こうして向かい合って話すために」
ミコトの表情は、どこか大人びて見えた。
「私じゃ敵わないくらい、シノは強い。それは私も薄々分かっていたことかもしれないわ」
ミコトは一度たりとも、刃に毒を塗ろうとはしなかった。
白銀の刀身はいつだって澄んだ輝きを放っていて。それは主の心を映しているようで、美しかった。
「シノがでたらめに強かったからこそ、私は今、魔王ではなく勇者としてここにいる。もしあのとき、私の刃がシノを殺していたら…きっとまた、終わらない戦争になっていたわ」
十年前、何気なく交わした約束。そのためにミコトは十年間生きてきた。
再開したあの日、ボクが傷を負っていたら。血に酔いひしれていたミコトと本気で殺し合いをすることになったら。
きっと、今の関係にはならなかっただろう。
「ベルが黙っていてくれたからこそ、シノも私も挫けずにいられた。打ち明けてくれたからこそ、自分たちの勘違いに気づいて立ち止まることができた」
黙っていたことも、打ち明けたことも責めるつもりはないようで。
「どちらも必要だったことよ」
戦いに飢えていた頃のミコトとは見違えるほどに成長していた。
「今のままではいられない…でも、未来を良い方向に変えることはできるはずよ」
ミコトはベルへと手を差し出した。
「苦しみに気づいてあげられなくて、ごめんなさい」
それは、過去への謝罪の言葉。
「勇気でもって、打ち明けてくれてありがとう」
それは、今の感謝の言葉。
「これからは、私も…みんなで一緒に考えて、苦しんで、笑い合いたいわ」
それは、未来へ向けた言葉であった。
「…ずっと隠し事をしてきた妾を、信用できるのですか?」
「信用はしないわ。あなたは嘘を吐けるもの」
でも、とミコトは続けた。
「優しい嘘で、私たちを絶対に裏切らない。どれだけ不幸な未来が待ち受けていると分かっていても、諦めずに変えようとする勇気がある。そんなあなたを、私は信頼するわ」
信用しないけど信頼する。一見めちゃくちゃな言葉だが、ミコトはそんな矛盾の中で生きてきた。
「本当に、貴女は強いひとですね」
怖々と、ぎこちなく伸ばされたベルの手。それをミコトはぎゅっと握りしめてみせた。
「これでようやく、同じ目線で話ができるわね」
ミコトは慰めはしない。同情もしない。ただ、笑顔だけでひとの心をゆるく溶かしてしまう。
…あぁ、ほんと情けないや。
「ボクも、ごめんね。ひとりで抱え込ませて…。ボクも、この先を変えたい。手伝わせてくれないかな?」
言いたいことは、全部ミコトに先に言われてしまった。
ボクに、これ以上言うことはない。
「えぇ、もちろんです。陛下」
ベルの指先は細くて、今にも壊れそうで。こんな指が、未来を憂う度に強くかたく、痛いほどに握りしめられてきたのかと思うと。チクリとした痛みと申し訳無さが胸に広がるのであった。
「お主は本当に友人に恵まれているな」
ちら、とスバルがボクに視線を寄越した。
「オレも、できることがあれば言ってほしいっす」
「ワシもヒグレと同意見じゃな」
ふたりも、ベルの目を見て話していた。
彼女を責める者など、この場にいるはずがなかったのだ。
ひとりよりふたり。ふたりでダメならみんなで。それなら、何でもできそう。
そんな、無謀なくらいの希望を感じるのであった。




