96.どりょく
私はいつの間にか殺意を失ってしまっていて。シノも生への執着が芽生えてしまった。
だからこそ今の私たちが成り立っていたのだと、思い知らされた。
「こんな幸せな時間が、ずっと続けばいいのにと思っていました。でも、このままじゃいけないのです」
時の流れに取り残された、シノの未来は。
「お嬢が天珠を全うして、陛下がそれを看取ったら…きっとまた、魔王を殺す誰かを探すでしょう」
私も、シノならきっとそうすると思う。何なら自分の足で旅に出るかもしれない。
あぁでも、結末は分かりきっている。
シノと友達になった者が、シノを殺せるわけがないのだ。
終わらない旅に、シノの心はどれだけ疲弊するのだろう。
その旅を終わらせる手段があるとすれば。
「誰からも嫌われる厄災の魔王にならなければ、陛下は殺されないでしょう」
死にたくてたまらなくて。自暴自棄になって多くを殺めて。
自らが死を願い。他者からも死を祝福される。利害は一致している。それなのに、何だろう。この胸の痛みは。
「先代と同じ末路だなんて、皮肉にも程があります」
ベルが、溢れ出す感情に語気を強めた。
「妾には寿命がありません。だからきっと、陛下と一番長くいるのは妾です」
大悪魔ベルフェゴールが消えるのは、すなわち。
「陛下が死に狂うとき、妾は消えてしまいます。だから、陛下を止める者も、慰める者も誰一人としていなくなってしまいます」
打ち明けてしまえば、今の関係のままではいられなくなる。でも、黙っていればシノはまた死に狂ってしまう。
その二つの気持ちの間で、ベルはどれだけ葛藤していたことだろう。
「陛下を正攻法で殺すのは不可能だと、分かってました。強さが、数字として目に焼き付けられて…。お嬢がどれだけ足掻いても無理だと、初めて出会ったその日から分かっていました」
ベルの目には嘘や誤魔化しの類は一切通じないのだろう。
…ベルには新技の助言をもらったり、ふたりで一緒にあーでもない、こーでもないと語り合った。
その間、彼女の心の中はどれだけの感情が渦巻いていたのだろう。
【天照】でシノに火傷を負わせたのを、私は心から喜んでいた。自身の成長が嬉しくて、きっといつかシノの首だって斬れるに違いないと期待して。
ベルからすれば、無駄な足掻きにも思えただろう。
目に飛び込んでくる数字を、たったひとりで受け止めて。誰にも言わず、見下さず、抱え込んで。
本当に、悪魔のくせに。この優しさは誰に似たんだか。
「お嬢は、無駄な努力なんて無いと、言いました。殺意を失い、一生を懸けても刃が届かないと知った今。それでも同じことが言えますか?」
覚悟を問う目をしていた。睨みつけるような視線と、かたく結ばれた唇は、言い表せない感情の形であった。
だが、私の言葉は変わらない。
「えぇ、何度でも。何十年先でも同じことを言ってやるわ」
これはベルが気づかせてくれた、私の本当の気持ち。
シノの強さと優しさに甘えて、気づかないでいた心。違和感になっても、分からないからと目を背けていた感情。
「無駄な努力なんて無いわ。私がここにいることがその証拠よ」
この十年で色々なことがあったけれど。
その全てが、今、この瞬間のためにあったのだと、私は確信していた。




