94.したい
おかしな関係。言われてみれば、確かにそうだ。
仮定のどこに間違いがあるのだろうか。シノを殺すという目標が達成されていないのは、まだ私の実力が足りていないからではないのだろうか。
…それともここ最近腹に居座り続けている、この違和感のせいなのだろうか。
「お嬢がもし本当に陛下を殺したいのであれば、手段は選ばなくていいはずです」
手段を選ばない?どういうことだ?
シノの防御力を貫通するための技は、色々と考えているが…。
「戦って殺せ、とは陛下は一言もおっしゃっていませんよね?」
あ、と。
拍子抜けするような、目から鱗とでもいうような。脱力と納得の感覚があった。
誰にも負けないくらい、と言われた。
だからシノよりも強くなって、剣でもって魔王としての命を終わらせる気でいた。
だが殺すことだけを目的とするならば、手段はいくらでも存在する。
かつて勇者一族の最後の生き残りが受けた、数々の惨たらしい終身刑。
燃え盛る炎に、背中を突き飛ばしてしまえば。うねる赤色に、一歩踏み込ませてしまえば。そのままシノが無抵抗に焼き焦がされてしまえば。
その命が、消えてしまうことがあれば。
魔王を殺した者は誰になる?
自らの命が消えるのを待ち続けたシノ自身?
否。
火を放ち、身を焼くほどの豪炎にした者?
否。
間違いなく、突き飛ばしたものが魔王になる。
何故こんなことに気付けなかった?
「陛下は文字通り規格外の魔王です。しかし生物という枠組みに囚われている以上、時間さえかければ殺す方法はいくらでも存在します」
時間をかけて、と考えれば。殺し方が脳に溢れ出した。
炎じゃなくて、海でもいい。鎖で重りを縛り付けてしまえば、シノの死体が海面に浮かぶこともない。
崖から突き落とされて、真っ逆さまに冷たい海に沈んで。水の暗闇が、全身を凍えさせて。
海底で朽ち果てた亡骸は、供養されることなく喰い荒らされていく。
考えもしなかった死に様に、身の奥底から寒気がした。
シノだって生物だ。生きているのだ。
食事だって、できなければ死ぬだろう。
枷をはめて、檻の錠をしてしまえば。日の光も届かぬ部屋に、水も食料も与えず放置してしまえば。
シノは何日後に死ぬ?
痩せ細って、声も枯れ。飢餓感に狂いながらどれだけ生きているのだろう。
見るのが辛くなって、水を与えようとするかもしれない。でも、シノはきっと受け取らない。
だって、自分が死ぬためだから。
会うのも辛くなって、遠い場所へ逃げ出してしまう。そうしたら、シノは誰に看取られることもなく死んでしまう。
腐肉は虫を呼び、大地に還ることなくなくなっていく。
「お嬢は、本気で陛下を殺す気でいたのですか?」
腹の中の違和感が、最悪の形で牙を剥いた。
分からない問いがはっきりと突きつけられ、言葉がつっかえてうまく出てこない。
「…」
シノの凄惨な死が脳裏に浮かんでは、どうしようもない怖気が首を締めるばかりであった。




