ジャック・ニルソン視点後編
「起きたか」
目を開けると、兄さんの姿が目に入った。ゆっくりと起き上がると、見慣れない部屋だった。兄さんに聞くと、あの後私は倒れ大急ぎで風呂と着替えを済ませたという。
「食事にしよう。シリウス、持ってきてくれ。俺の分もだ。運んだら人払いを。……そうだ、ジャック。彼がシリウスだ。当家の執事をしている」
兄さんから紹介をされ頭を下げる。綺麗な銀髪に端正な顔立ちをしている彼は、私を見て微笑み頭を下げた。
「シリウスと申します。以後お見知りおきを」
「ジャックです」
「よく存じております。旦那様がお話をしてくださるので」
「仕方ないだろう。治癒魔法の使い手なんだから」
「そうですね。食事をお持ちいたします」
そう言って彼は出て行った。兄さんは俺の目を見て話し始めた。
「ジャック。何があった」
「それは……」
「ここでは何を話しても大丈夫だ。話せ」
兄さんに強くそう言われた。大丈夫大丈夫と自分に言い聞かせ、今までのことを話した。
話していて自分でも驚いた。私は教会に入った日から、いわゆる負の感情を捨てたと思っていた。思っていただけだった。次から次へと不満が出た。
なぜ司祭様は私の言うことを少しも信じなかったのか。
なぜユウスケは私の言うことを否定しなかったのか。
なぜ民たちは目の前にいる私たちに頼ろうとしないのだろう。
なぜ、なぜ、なぜなぜ、なんで!
「私は!俺は!そんなに……!……信頼されていなかったのか……!」
思わず咆哮するよう叫んだ。天才はいる。悔しいけれど、ユウスケは天才だ。それでも、私は必死に頑張ろうとした。
「ジャック……」
「俺は……バカだ……兄さん。天才ともてはやされて、最年少で専属治癒師になって……。頑張ってきた。俺なりに……!……でも!俺は!結局、本物に奪われた!俺は、所詮天才じゃない!……悔しいんだ……。こんな気持ちが、まだ自分の中に残っているとは思っていなかった……」
顔を下げ自分の手元を見る。涙が止まらない。自分は心の中で驕っていたのかもしれない。私はできる。普通の人よりできると。
数十分後ようやく落ち着いた私にグラスを差し出しながら、兄さんは背もたれに体重をかけ眉間にしわを寄せた。
「まぁ、怪しいのはそのユウスケってやつだが……。まぁ、それはいい」
「……彼こそ、神に選ばれた人なんだと思います。私は、嫉妬しました。なぜ彼が選ばれたんだろう。入って3か月で彼は専属治癒師になった。そこは私の席だったのに。私が必死の思いでなった治癒師に、彼はあっさりとなってしまったんです」
「いや、それはお前だってそうだ。5歳で治癒魔法を使えるようになって10代後半で専属治癒師になったんだ。お前だって間違いなく神に愛されているさ。ただ、お前は鍛錬をかかさなかった。そうだろ?そうじゃなきゃ、王族からの評判が悪くなるからな。俺の耳にも届いていたよ、ジャックは素晴らしい治癒師だって」
「兄さん……」
そうだったのか。あまり聞かないからどうだろうと思ったけど。よかった。なら、少しは報われる。
……なら、さっきまであんなに泣いたのは意味がなかったんじゃないかと思う。
「しっかし、ジャックのところもか……。俺のところも似たような状況でな」
「え?」
「まー、詳しくは省くが。隣に変な奴がやってきたんだ。魔法とも言えない、便利な道具を安く売っているんだ。商売繁盛してると思うぜ。なにせ、俺のところに客が来ないんだから」
「そ、そうだったの?なら、寄付とかどうしてたの」
「なめるなよ。俺は、ニルソン大商会会長のトレヴァーだ。寄付専用にためてる金があるから大丈夫だ」
「そっか……」
兄さんは教会に多額の寄付をしてくれる。神様にではなく、俺と教会を頼っている民を心配してのことだった。兄さんからの寄付があるおかげで、炊き出しをほかの教会よりも多くすることができた。
「それに、そいつが店を出したのはここ一か月くらいだ。そういえば、鍛冶工房も最近人が来ないって言ってたな」
「鍛冶工房?」
「あぁ、俺が持っている工房の一つだよ。ドワーフたちが働いているからいい鎧や剣が作れるんだが……。そうだ、アンソニーから一人の鍛冶師がとんでもねぇ技術を持ってやってきたっていってたな」
「アンソニー?」
「鍛冶工房の親方のことだ。その工房で騎士団の鎧とかも作っているんだが、最近発注がなくて聞いたらその鍛冶師に全部任せているらしい」
「そ、それ大丈夫なの?」
「大丈夫、ではないな。需要が集中しすぎている。まぁ、その鍛冶師はなんなくこなすらしいけどな」
どうなっているんだこの国は。私が教会にいる間にこんなことになっているなんて。というよりは、ここ一か月で様々なことが起こっている。
混乱する私の肩を兄さんがぽんと叩いた。兄さんの顔を見ると、自信ありげな顔をしていた。
「兄さん……?」
「ジャック。俺たちと国を出ないか?」
「国を……?」
「あぁ、父と母にも話をしたがあの二人はだめだ。そのユウスケに心酔してしまっている。このままだと、ジャック。お前が危ない。ユウスケを害したとされて、処罰されかねない」
「……そうだった」
そうだ。私はユウスケを陥れようとした罪がある。していないと思うが、ユウスケ自身がそれを肯定したように見えた。専属治癒師を陥れようとしたんだ。普通なら何らかの罪に問われるが、何もない。これもユウスケの慈悲というやつなのだろうか。
「兄さん、俺たちって?」
「あぁ。俺とレイチェル……。俺の婚約者とあと鍛冶工房の奴らだ。隣国や海の向こうだとまだこの国ほど技術が発展していないから、そこに行く」
「兄さん、それだとユウスケたちと同じことをしているようになるんじゃ……」
「そうだ。だからこそ、俺たちは彼らに技術を教える」
「技術を……?」
「あぁ。今のこの国は一部の奴らの能力に頼りすぎている。なぜか、あいつらは自分の能力しか使っていない。その能力を誰かに引き継いでもらおうとか、人に教えられるようにするとかを考えていない」
「たしかに……」
そういえばユウスケが作る食事がおいしいから教えてほしい、とシスターが頼んでいた。だが、ユウスケはそれを断った。理由は「教えられるほどうまくない」から。あの後シスターは俺に愚痴をこぼしていた。民から感謝されているのにわからないのか、と。
「行き過ぎた謙遜は時に傲慢になる。そうじゃなくても、この国は危ない。あまりに少数に頼りすぎると国が傾く可能性がある」
「そう、かもしれない」
「それに、この国以外にも魔法が使えるけれど使い方を知らないやつもいるかもしれない。そいつらに魔法の使い方を教えてやるのも一つの手だ。ジャック、お前の治癒魔法がそうだろ?」
そうだ。私の治癒魔法は司祭様から習った。筋があると褒められた。だから、ずっと治癒魔法を使い続けていた。
「技術……」
「そうだ。お前の魔法は技術だ。俺たちと一緒に、魔法や技術を広めにいかないか?」
「国を出る……」
「逆に、お前が何かを教わるかもしれないぞ」
その発想はなかった。私はずっとこの国で生きていくのだと思ったからだ。
誰かの仕事を奪うんじゃない。誰かの仕事を楽にできるように。ただ、技術を見せるわけではない教える。その道はたぶん険しい。わかるからだ。やり方をすぐに変えられない人がいることを。
それでも、この国にいるよりはましだ。
「……ついていく。兄さんに」
「よしきた。さっそく準備だ!」
兄さんは私の問いににかっと笑った。私はしばらくここで休めと言われた。曰く、今までゆっくり休暇を取ってこなかっただろとのことだった。一応休みはもらっていたけれど、兄さんからしたら私は働きすぎらしい。
数週間後、私は兄さんたちと国を出た。教会はどうなっているか知らない。ただ、そこにいたシスターから手紙が届いていた。
『あなた様がいなくなってから、教会にいることが辛くなりました。先に神の元へいくことをお許しください』
彼女は、炊き出しでユウスケと一緒になっていた。私がいる間、彼女を励まし続けた。私がいなくなったあの後からずっと彼女は比較し続けられたんだろう。私は後悔した。自分が助かることしか考えておらず、彼女を見殺しにした。涙が止まらなかった。だが、私が泣いてももう彼女はいない。
その夜、私はひっそりと彼女を弔った。遺体も何もないが、ひたすら祈った。彼女へ届くことを願いつつ、ひたすらに。
あれから隣国、そして海の向こうの国にわたった。私の中の世界がいかに狭いかを知った。
私以外にも治癒魔法を使える人がいた。治癒魔法以外の方法で傷を治す方法もあった。
それらを学びながら、あの国はどうなったのかを調べていた。
どうやら、ユウスケは失踪したらしい。どこに行ったか分からないそうだ。
私の元には、かつての司祭から手紙届いていた。戻ってきてほしいと。
それには兄さんが返事を出したらしい「弟はもう帰らない。今更遅いんだよ」と。
いろんな人々に会う中で、考える。今やっていることはユウスケと同じことじゃないだろうか。相手の魔法をよく見て、教える。それがきちんとできているだろうか。
私は、誰かの立場を奪っていないか。ずっと考えている。
ジャック編はここまでとなります。
登場人物ごとに別の小説として、投稿しようとしましたがこちらにほかの登場人物の視点をあげていきたいと思います。ご迷惑をおかけしてすみません。
次回はユウスケ編となります。
追記(2021-09-17)
お久しぶりです。つまりにつまってどうしても書けず、更新が止まってしまいすいませんでした。
今年中には完結させますので、のんびり待っていただければと思います。




