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ジャック・ニルソン視点前編

「ジャック・ニルソン。今日付で王家専属治癒師の任を解く。後任はユウスケが引き継ぐ」

 その言葉を聞いた時、私の心にはやはりそうかと半ば諦めの気持ちが残った。

 朝いつも通り起きて祈りを捧げようとした時、司祭様から呼び出された。その時点でなんとなく察していた。けれど、そんなことはないと期待して信じていない神に祈りを捧げた。

 司祭様の部屋に行くと、数人の神官と王家からの使いの人たち。そして、3か月前にここにきたユウスケが立っていた。

 私が最後だったらしく、私が来ると司祭様は話を始めた。そして司祭様に告げた。私は明日から王家専属治癒師を外され、後任にユウスケがなると。

 外されるのであれば、私はどうすればいいんだ。私は、5歳から教会に住んでいる。今更市井に戻れない。もし、別の教会へと異動するのであれば荷物をまとめる時間が欲しい。司祭様にそう問いかけた。

「ジャック。あなたにはユウスケの補佐をしてもらいます。仮にも数年間、あなたは専属治癒師だったのですから。それに、ユウスケはまだ専属治癒師がどういうものかわかっていない。それを教えてあげなさい」

 それを教えるのは司祭様ではないか。仮にも、じゃない。正当な治癒師だ。なぜ私が。ちらっとユウスケを見ると申し訳なさそうな顔をしてこっちを見ている。やめろ、その顔。私の立場を奪ったお前が、そんな顔をするな。その顔は私を、俺を惨めにするんだから。


「あの、ジャックさん……。すいません、なんか、ジャックさんの仕事を奪うような形になってしまって」

 司祭様から話が終わり、教会の礼拝堂に移動するときにユウスケに呼び止められた。

 振り返ると、ユウスケは申し訳なさそうな顔をしていた。ため息をつきつつ、彼に向き合う。

「別に問題ないですよ。この国は魔法至上主義です。より強い魔法が使える者が上に上がる。わかっていますね?」

「も、もちろん!でも、それだけの理由で専属治癒師を俺なんかが引き継ぐなんて……」

 私はため息を吐いた。ユウスケの目をまっすぐ見て、話す。

「私よりもあなたの能力が優れていただけです。……明日から、王宮へと向かいます。今日より少し早くおきてください」

「わかりました……。あの、本当にすいません。俺なんかがジャックさんの代わりになれるわけないのに」

 その言葉に気づかないふりをして、礼拝堂へと向かう。

 歩きながらも頭はユウスケへの不満が止まらない。

 どうして私じゃないんだ。どうして彼なんだ。どうして、彼は自分の能力を自慢しようとしないんだ。彼はいつまで自分の殻に閉じこもっているんだろう。謙虚も過ぎれば傲慢になる。

 礼拝堂にたどり着き、重厚な扉を開ける。中で礼拝の準備をしながらふと窓の外を見た。あぁ、日が高いな。もう春が来るのか。

 ユウスケが来て、もう三か月くらいたったのか。


 あの日は寒かった。雪が積もり暖炉の薪を取りに行こうとしたとき、教会の扉の前にユウスケは倒れていた。

 慌てて教会前から裏の寮に運んで彼の様子を見た。幸い大きな怪我がなかった。

 司祭様に相談し、彼を教会に置くことにした。全くわからない人ではあるが、困っている人に手を差し伸べるのが教会の役目だからだ。

 ユウスケの世話は私が行うことになった。同じ10代で、私のほうが教会暮らしが長いからとの理由だった。

 数日たつと、彼はどうして教会の前にいたのかたどたどしくもきちんと話してくれた。

 彼は、有名な冒険者パーティを追放されたのだという。追放された理由は「自分が雑用しかできず、パーティのお荷物になっていた」とのこと。雑用の部分を聞くと、彼は行軍中の家事や仕事が終わった後の会計などをやっていたという。それはお荷物じゃない、事実メンバーは戦闘に集中ができる。それを言ったのかと彼に問うた。

「それでも、俺があの中でお荷物だったのは間違いないです。治癒魔法もいらないし、会計や家事は自分たちでもできると言われました。俺なんかにできるんですから、彼らは俺よりももっと効率的にできると思います」

 と、諦めたようにそうつぶやいた。

 だが、私はそうは思えなかった。教会にも雑務はあるが、進んでやろうとする者はなかなかいない。恐らくそのパーティは雑務がどれだけの量あるか理解していないのだろう。だから、ユウスケが抜けてもやれると言ったんだろうと私の中でそう結論付けた。

 その結論が揺らぎ始めた。きっかけは施しをするときだった。

 教会は、炊き出しや無料でけが人や病人を治療する。私は専属治癒師だったから、民への施しの場に出ることはあまりなかった。だが、ユウスケを最初に見つけたからなんて理由でユウスケに民への施しを教えるように言われ、久しぶりに町の広場へ向かった。

 そこで見たのは、奇跡だった。……いや。私にとっては悪夢の始まりだった。

 ユウスケが切断された腕をはやしているのを見たからだ。ふつうあり得ない。そんなことできるわけがない。でも、ユウスケはやりとげた。やってしまった。

 治癒魔法をかけ終わった彼は、不思議そうにこちらを見ている。目の前の患者は狂喜乱舞している。だが、彼にはその様子が見えていないようだった。まるで、それが彼にとって当たり前かのように。

 慌てて、彼を教会まで引っ張っていった。患者には申し訳ないが、今の光景がたまたまだったのかわからなかったからだ。

 ユウスケは申し訳なさそうな顔をしつつもついてきてくれた。礼拝堂に入り、彼に向き合う。

「ユウスケ。今のは……」

「あの……。もしかして、普通の魔法では腕をはやすことはできないんでしょうか?」

 その質問に目の前が一瞬真っ暗になった。彼は、あれが普通だと思っているんだ。なくなった腕を生やす、なんてそれこそ神の御業のようなことを。まるで、かすり傷を治すかのようにやってしまう。

 私は、なんとか彼に話しかけようと口を開いた。動揺しているのか、言葉が突っかかってしまいながらも彼に話しかける。

「ユウスケ……。ふ、つうは腕を生やすなんてこと、できないんですよ。それを……」

「そ、そうだったんですか!?」

 彼は心底驚いた顔をした。嘘でも何でもない。まるで本当にそれが意外だったと言わんばかりの顔だった。

 私は、彼の魔力の減りを見ようとした。あれだけのことをしたんだから、魔力がほとんど残っていないと思っていた。

 だが、そんな心配とは裏腹に彼は元気だ。不思議に思い彼に問いかける。

「そうです……。それに、腕を生やすなんてことをした割に、魔力が減っていないのですが……」

「えーっと……。なんか、減らないんですよ。よく、わからないんですけど」

 その解答に、私は絶望した。

 あぁ、これほど神に愛されている者がいるのか。


「神父様ー。こんにちはー」

「あ、あぁ。こんにちは」

 思い出にふけっているとき、元気な声が聞こえてきた。どうやら、朝の礼拝をしようと子供たちがやってきたらしい。慌てて挨拶を返す。子供たちは、思い思いの席に座り祈りをささげる準備をする。

 神への感謝の言葉を話しながらも、頭はまだこの場に戻ってきていないように考えを進めた。

 あの後、ユウスケが死んだ者以外ならどんな怪我でも治せることがわかった。彼は、それについて普通のことだと思っていたらしい。民への施しも、私が来る前から同じようなことをしていたのだという。

 だから、普段よりも広場に来る人の数が多かったのかと思った。炊き出しに関しても、彼が準備した食事のほうがおいしいと民が言っていた。最近、炊き出し係のシスターが少し落ち込んでいると思っていたけどそれが理由だった。

「神は私たちを常に見守っています。それを忘れず感謝して生活していきましょう」

 締めの言葉を話す。ユウスケと出会って私は神の存在がわからなくなっていた。

「神父様、ありがとー」

「はい。気を付けてね」

「あれ、ユウスケお兄ちゃんは?」

「ユウスケはね、明日から王家専属の治癒師になるんだよ」

「そうなの?神父様じゃなかったっけ?」

「そうだったけど……。彼のほうが魔法の使い方がうまいからそうなったんだよ」

「そっかー。ユウスケお兄ちゃん、すごいもんね!お料理も上手だし!」

「ユウスケ兄ちゃんさ、この前何人かの人間をいっぺんに治してたんだぜ!すごいよな」

 あぁ、渇く。


「ジャック。手紙が届いているよ」

「ありがとう」

 子供たちを見送り、教会に戻ると同じ教会のシスターから手紙をもらった。部屋に戻り慎重に封筒を切る。

「トレヴァー兄さん……。毎度律儀だよなぁ」

 そう思いつつも、早く見たいと気持ちを抑えられずにいそいそと手紙の内容を読もうと紙をつかむ。いつも通りぎっしりと書かれた分量に笑ってしまう。私よりも体格が大きい兄さんが、この小さな紙に文字を書いている様子を考えると自然と笑みがこぼれる。私が、教会から離れられないからかいつも外の様子を事細かく書いてくれる。その気遣いに鬱屈とした気持ちが少し晴れる。

「もう俺が専属じゃないことを知っているのか……。相変わらず兄さんの情報網は早いなぁ……」

 思わず、昔の口調が出てしまった。誰にも聞かれていないことを確認して、読み進めていく。

 手紙には、最近珍しい品物が入ったことや隣に新しく商売敵が来たことがつづられていた。その中に、私が専属治癒師から外れたことも書かれていた。

『いつでも、俺を頼れ。何かあったらこの住所に来なさい。親愛なる弟へ』

 最後に必ず兄さんの私邸がある住所を書いてくれる。もう覚えていると返信したことがあるが、それでもきっちりと書いてくれるところに兄さんの律儀な部分が見える。

 手紙を引き出しにしまおうとする。その手をふと止め考える。明日からユウスケの補佐をすることになる。今までと違う。私は、ユウスケの補佐になる。王族の方たちも、私より魔法の才能があるユウスケをほめたたえるだろう。それにたった一人で耐えられるのだろうか。

 考え、その手紙を自分のカソックのポケットにそっと入れておく。普段はそんなことをしないけれど、この時ばかりは兄さんに頼ろう。

 いつでも頼っていいと言われたんだ。なら、しばらくは頼らせてもらおう。


 手紙の返信を書き、買い出しに行くシスターに手紙を出してくれるよう頼む。

 夕方、王宮へとあがり王族の方にユウスケを紹介する。ユウスケの能力を知ると、やはりというべきか彼らはユウスケをほめたたえた。

 胸が張り裂けそうだった。思わず無意識で手紙が入っているポケットをそっと触る。そうすると気持ちが少し穏やかになった。

 ユウスケは、恐縮するばかりだった。私がフォローに入ったが、やはり自分を謙遜する癖が抜けない。

 教会への帰り道に自信がないとこぼすユウスケに専属治癒師になったんだから、もっと自信をもってくれないと困る。そう告げた。

「ですが、俺が専属になったのはまぐれだと思います……。俺は、何もできないお荷物だったのに」

「あまり謙遜すると、ほめてくれた方。ひいては、今回あなたを専属治癒師に押した司祭様やあなたを称賛した王族の方への失礼に値します。もっと自信を持ちなさい」

「……はい」

 少しだけ不満そうな顔をしたユウスケだったが、わかってくれたらしい。


「ジャックさん、少しいいかしら?」

「どうしました?」

 引継ぎを終え、教会でいつも通り礼拝の準備をしているとシスターから呼び出された。普段のシスターと様子が違い、急いで彼女の元へ向かった。

「何かありましたか?」

「ジャックさん……。あなたユウスケをいじめたりしてないわよね?」

「……え?」

 思わず耳を疑った。何を言っているんだ。そんなことをしても意味がない。

「していませんよ。どうしてそんなことを?」

「そうよね、あなたがそんなことするわけないものね……。どこからかはわからないけれど、そんな噂が立っているの。あなたが専属治癒師を外されたくらいから。何もないといいけど……気を付けてね」

 そう言い残しシスターは礼拝堂へと向かった。

 私は混乱した。そんなことした覚えがない。もしかして、この前王宮からの帰り道のあれか?だが、あれに関しては彼をけなそうと思っていったわけではない。あれだけの実力がありながら謙遜し続ける彼にいらだっていたのは事実だ。

 それから、しばらく民への施しをしていると徐々にだが民からの不満が聞こえてきた。

 ユウスケなら治せた。ユウスケならもっと美味しいごはんを作れた。ユウスケならユウスケなら。そんな言葉が次第に増えていった。

 一緒に食事を作っていたシスターは次第に心を病んだ。私は彼女を懸命に励ます。だが、その励ましの意味がないほどにユウスケとの比較の言葉が日に日に増えていった。

 それからしばらくすると、突然司祭様に呼ばれた。部屋に行くと、司祭様と隣にユウスケが立っていた。

「司祭様、どうしました?」

「ジャック。お前はユウスケの境遇を知らんのか」

「知っております。ですが、それと一体なんの意味が――」

「お前がユウスケに言ったんだろう?あまり自信を持つな、と」

「は?……いいえ、そんなことは言っていません!」

 自信を持つななんて言っていない。むしろその逆だ。彼には自信を持つよう言ったのに。

 驚きつつユウスケを見ると、こっちを見て司祭様の後ろに隠れた。司祭様はユウスケをかばうように立つ。司祭様の陰になっているからか、彼の表情が見えない。なんだこれは。

「ジャック。お前はユウスケが来る前は確かに天才だった。わずか5歳で教会にあがり、10歳で治癒魔法を覚えた。そしてそのまま王家専属治癒師となった。だが、だからこそユウスケに嫉妬して、彼を傷つけるようなことを言ったんだろう。治癒師の座を奪われたから」

「お待ちください!確かに、嫉妬はしました。ですが、この国では魔法第一主義!すなわち、魔法が強いものが上にいく。ですから、私は今回治癒師を外されたことについて納得しております!」

「嫉妬したと言っているではないか。……もうよい。今日限りで、ここを出ていきなさい。ユウスケからの慈悲だ。破門はしない」

「そ、そんな……」

 司祭様が呆れたような口調でそう言い捨てる。そのまま司祭の部屋から出るよう言われ、言葉のまま部屋を出た。

 扉を閉める最後の最後まで、ユウスケの顔は見えなかった。


「親不孝者!出ていけ!」

「神子に危害を加えたんだって!そんな子供、うちの子じゃない!」

 荷物をまとめ、実家へと向かった。だが、教会の信者でもある両親は私を見るなりすぐさま追い出した。

 もうここまで話が広がっているらしい。早い。いくらなんでも早すぎる。

「どこに行けば……」

 ふらふらと街をさまよい歩く。ふいにポケットの中に手を入れると渇いた感触。引っ張り出すと、あの日入れっぱなしにしておいた兄さんからの手紙だった。

「頼れ……か」

 兄さんなら助けてくれるかもしれない。あぁ、でも。彼も両親と同じだったらどうしよう。

 それでも、もう私に行くところはない。ぬかるみに足を取られつつも、兄さんの家を目指して歩いた。

 少し歩くと、兄さんの私邸らしき家が見えてきた。門番に話しかける。

「む、貴様誰だ」

「ジャック・ニルソンです。この家の主の弟です」

「ジャック……。怪しい奴だ。証明できる書類などは?」

「これでよければ」

 私はさっきの手紙を出した。門番がゆっくりと目を通す。

「……確認する。いったん待ってろ」

「はい……」

 門番が屋敷の中に入っていく。少し疑いの目をしていたが、たぶん私の格好のせいだろう。着の身着のままで出され、服は泥で汚れている。怪しい奴だと思ったのだろう。

「ジャック……?ジャックじゃないか!」

 後ろから突然名前を呼ばれた。振り返ると、久しぶりに見る兄の姿があった。出かけていたのか、馬車に乗り、窓から驚いた顔でこちらを見ている。

「にいさん……」

 自分の口から出た声が思うよりも弱弱しい声で驚いた。同じタイミングで門番と執事がこちらに駆け寄ってきた。

 兄は、馬車から降りると汚れを気にすることなく私を抱きしめた。

「ジャック……。なんて顔をしているんだ、こんなに痩せて……。あぁ、シリウス!急いで湯を張ってくれ。あと、食事と服の用意を」

「かしこまりました!」

 シリウスを呼ばれた若い執事は大急ぎでメイドを呼びつけ、指示を出す。その間にも兄さんは私に何を話しかけてくれている。

 あぁ、ここなら大丈夫だ。そう安心し、私は目を閉じた。

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