人の心の掌握方法
生徒会選挙は二週間の日程で行われる。顔を覚えてもらうためのポスターや、早朝のあいさつ周りはこの時行われ、最終日の演説後に投票でその人が選ばれた。持ち前の演説時間は一人十五分。恐ろしく退屈な時間だ。
どうすれば選ばれるようになるのかは、分かっていた。
ただ人の心を鷲掴みにするような演説を15分間すればよかった。
問題は俺がヲタクであり、人前に出て演説をしたことなどなく、国語の授業の音読でさえ生唾をのむような奴だったことである。
幸いなことに、どうすれば人を鍛えられるかは知っていた。アメリカ海兵隊では徹底的な基礎訓練の繰り返しで、ひょろいもやし野郎を世界最強の軍隊へと変貌させる。
俺に必要だったのは、その場所と戦い方を教えてくれる人間だった。
その日のうちに入部届を職員室で手に入れた俺は、演劇部に大きな〇をつけて提出した。生徒会という文字もあったが、そこに入ったところで生徒会長になれる見込みはないと考える。だって、友達も作れないのだ。小さな社会に入れられてどうのし上がっていけと?
無理なことをしていては、時間が無くなる。青春は息をするように短いらしい。
はじめのうち緊張したが、演劇部に入部するのは大抵声優を目指す若者たちであった。声優はアニメに声を当てている。幸いにもアニメの知識はとても深かった。
人前に立って演劇を行ったのは入部から一か月後。初めての演劇は初めて車を運転するのによく似ている。心臓は口から飛び出そうになり、足は震え、とてもエキサイティングだ。ここで人は何を見ているのか、どうすれば人の視線を集められるのか、呼吸の仕方、それからルールを教わった。
ルールその1。ルールで禁止されていなければ道徳の許す範囲で何をしてもいい。大事なのは相手の度肝を抜くこと。そして心を奪えばあとは焼くのも煮るのも好きにしていいという状況になる。
そして、ルールに違反していなくとも文句を言う人間は必ずいるから、そういうやつをつぶすために、自分よりも上の人間と関係を維持すること。
俺は人がどうすれば自分に注目するかを演劇を通して良く知った。狙ったのは勤務期間が長く、周りに顔の効く物理の先生だった。
先生が授業するときは、実はこちらを見ているようでこちらを見ていない。視線は生徒の頭の上を八の字に描き、また黒板に戻る。これが、新しいクラスでの先生の視線の動きである。みんな怖いのだ。人前に立つのが。それは何年教壇に立とうと変わらないらしく、物理の先生はいつもそんな感じだった。
こういう時がねらい目である。一度先生が見る人を決めてしまうと、その人を中心に授業が進められるようになる。例えば、勉強ができる奴、逆に全くできないやつ、寝る奴、早弁するやつ、スマホをいじるやつ、様々だが、その中で自分を意識させればよかった。
人は、目が怖い。特に日本人は人の目を見て話せと教えながら、実は自分では見ていない。見ているようでもこめかみを見ていたり、おでこを見ていたり、何かしらのズルをすることでうまく回避している。
これがポイントである。先生の目を見て授業に参加し、時々相槌を打ち、大事だというところでノートにメモを取る。これだけでよかった。
黒板を見るのではなく先生を見る。今見ているぞと意識させることが大事で、時折その視線を下におとすことで、『あれ、今は見ていないぞ』と先生を不安にさせる。その後、授業終わりに分からないふりをして教科書を持って先生に質問に行けば、もう完璧である。
落ちたかどうかは、先生が自分しか見なくなった時間が授業中にどれだけ長くなったかでわかる。一時間半の間一度も目が離れなかったら、何があっても守ってくれる、そういう人間の完成である。
これ本当にできてしまうので悪用しないようにお願いします。ちなみにこの先生はテスト中に空白のところの答えを教えてくれました。ズルいっす。