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その5

 こうして一度の大きな争いは、長きにわたる平和を無理矢理もたらす事になった。

 お互い大きな傷を受けたので、とてもそれをありがたく思うわけにはいかない。

 こうなった原因を考えれば腹も立ってくる。

 しかし、そう思っていても打つ手がない。

 しばらくは黙って国力の回復にいそしむしかなかった。

 この世界の住人達は。



 勇者召喚で呼び出された者達は違う。

 もともとこの世界の者では無い彼らは、言ってしまえば員数外である。

 だからこそ使い勝手がよい面がある。

 特に彼らの大半は、生産活動とは無縁な戦闘に関わる者がほとんどだ。

 もともと、魔王の軍勢に抵抗するために呼ばれた者だ。

 一部には鍛冶師や学者、医者に商人といった生産職もいるが、それは少数だ。

 その少数も、戦闘目的で呼ばれた者達の援護が主な目的だ。

 そんな者達だから、復旧復興が必要な状況では出番がない。

 剣や槍を繰り出し、弓を引いても何かが作れるわけではない。

 軍勢の動かし方や、敵軍を撃破する効率的な作戦能力も一般的には使えない。

 敵を破壊する魔術では何かを作り出す事は出来ない。

 ここに来て、勇者として呼ばれた者達の大半が役立たずとなってしまっていた。



 それらを有効活用するとしたら、戦場に送り込むしかない。

 そして、倒しておきたい敵はすぐそこにいる。

 即座にこちらに進撃する事のない魔王ではなく。

 より厄介な敵が。



 転移してきてより8年。

 天成は同じように召喚されてきた者達と戦う事になる。



「面倒だな」

 迫る敵勢の気配を察知していた天成はため息を漏らす。

 そうしたくなるのは分からないではないが、だからと言ってわざわざ攻め込んでくるのが理解出来なかった。

 天成としては攻め込まれたから反撃しただけである。

 無理を押しつけられたから反発しただけである。

 そんな事をしてこないなら、自分から手を出すつもりはなかった。

 その気持ちは相手にも伝えてある。

 なのだが、それは受け入れてもらえなかった。

「しょうがないか」

 ならば対処するだけだ。



 この時の天成は、更に上位の技能系統に至っていた。

『運命を操るもの』

 文字通り、運命を操る、そこに介入する技術である。

 もともと農夫系の技術系統には、『天候操作』や『豊作の祈り』といったものがあった。

 ともに農業に関わる技術の一端である。

 それらから発展したものなのだろうか。

 それらを極めた上位に、世の流れや天の配剤そのものに手を加えるものがあった。

 豊かな未来を求めるための、究極の技術なのかもしれない。

 その力を用いて、天成は押し寄せる勇者達に対抗していく。



 一つの町そのものが引き寄せられた。

 そこにいた者達のほとんどが勇者である。

 総人口は数万人に及ぶ。

 それだけの数の勇者が押し寄せる。

 それも、勇者召喚の時から8年の経験を積んだ者達が。

 大半が基本的な技能系統を修め、二段階目や三段階目に突入していた。

 その能力は召喚当初の比ではない。

 そんな者が大量に押し寄せてくる。



 もちろん全員が参加というわけではない。

 なんだかんだで何分の一かにはなっている。

 それでも数千という数がやってくる。

 普通に考えれば対処出来るような数ではない。



 しかもその中には、『勇者』『剣聖』『導師』といった上位の技術系統を持つ者達もいる。

 それらが更に成長し、『超人』『武天』『仙道』といった更なる上位に至ってる者達もいる。

 いずれも人の領域を越えたと言われる者達だ。

 そんな者が押し寄せたら普通なら勝てない。

 そのはずである。



 しかし、そんな者達の軍勢は出発以前から様々な問題に見舞われていく。

 調達しておきたかった物が届かない。

 棚から落ちた物に当たる。

 肩こりなどが異様に強くなった。

 そんな小さな問題が色々と発生した。

 一つ一つは小さなものだ。

 日常生活においてさしたる問題にはならないだろう。

 だが、それらが続くと集中力などを失う事になる。

 また、虫の居所の悪い時にこんな事が起こるとそれだけで苛立ちが強くなる。

 そんな状態で人に接してしまい、何の理由も無い諍いを生み出したりする。

 そんな不和が積み重なっていき、全体の動きの悪さに至っていく。



 何かと続く不調。

 それは何度も勇者達に襲いかかっていく。

 天候の悪化に身内の不幸。

 とにかくありとあらゆる不運がやってきた。

 それでも天成の領地にたどり着き、攻撃を仕掛けていく。

 不運や不幸があろうとも、それで本来の力が発揮できなくても。

 地力の強い者達である。

 少々の能力低下でも、常人を遙かに超える力をもっている。

 そんな者達が一斉にかかって無事で済むものなどいない。

 天成の領地に攻め入り、全てを終わらせる事が出来る。

 そのはずだった。



 しかし彼らが見たものは、もぬけの殻になった天成の領地。

 田畑や倉庫などはそのまま、住居とその中身もだ。

 家財道具などは手つかずというかほとんどそのままになっている。

 多少の持ち出しはあるだろうが、手に入れようとしていたものはほとんど手に入った。

 その事に攻め入った者達は拍子抜けした。

「なんだこりゃ?」

 防衛する者もおらず、欲しいものはそのまま残されている。

 手間がかからないのはありがたいが、これでは何のためにここまで来たのか分からない。

「まあ、目標は達成したからよしとしよう」

 総大将の『超人』がそう言うので、やってきた者達はとりあえず納得する事にした。

 しかし、疑問は残る事になる。

「ここにいた奴ら、どこに行ったんだ?」

「さあ?」



「上手くいったな」

 森の中で天成はそう言って胸をなで下ろす。

 林業用の植林地に立てこもった彼らは、とりあえずその場で様子見をする事にした。

「しかし、これで良かったんですか?」

「なにがだ?」

「だって、敵は俺たちの土地に陣取ってるんですぜ」

「まあね」

「そのままだと、俺たち帰る場所がなくなります」

「そうだな」

「そうだなって……」

「まあ、気にするな」

 気にしたそぶりも見せずに天成は言い切る。

「どうにかなるって」



 その言葉を信じる者はさほど多くはなかった。

 かといって、真っ向から否定する者もいなかった。

 運命に介入できるという天成の能力。

 それを信じていたからである。

 少なくとも、彼の行う豊作祈願は毎回成功していた。

 天候予測もぴたりと当てた。

 最近はほどよい天気を常に提供してくれていた。

 ならば、その力を信じようというものだ。

 ただ、信じるにしても、それがどういった形で成就するのか。

 それが分からない不安がある。

 だから信じ切れずにもいた。

 それでも、

「まあ、なんとかなるだろう」

と誰もが最終的には納得する事にした。

 少なくとも彼らは、幸運にも生き残ってる。

 誰も欠ける事もない。

 そして、この場には事前に用意しておいた食料などもある。

 当分のあいだ立てこもるなら問題は無い。



 ただ、彼らが気づく事が出来ない事実がある。

 様々な不運によって行動に支障をきたしていた勇者達。

 それにより動きが鈍くなり、注意力も散漫になっていた。

 だから天成の領地の者達が逃げ出す時間があった。

 そのせいで勇者達は、逃げ出した者達の行方を捜す事が出来ないほど集中力に欠けていた。

 確かめる事も出来ないような事ではあるが、結果としてそのような事になっていた。



 その間に情勢は変化する。

 その変化はかなり早く到来してくれる。



 その時、不運にも国の方でも悪天候が続いた。

 様々な不幸や不運に見舞われた。

 その結果、様々な問題が発生した。

 軍隊の移動の阻害や、必要な防備の建設停滞。

 物資の移動の滞り。

 それらが国全体の戦略を一時的に停滞させた。



 その情報が不幸にも魔王の方に漏れてしまっていた。

 魔王の方としては幸運である。

 その幸運に乗って、魔王は進撃する事にした。

 そんな余裕がないにも関わらず。

 それでもやらねばならない事情があった。

 魔王側でも、不幸にも様々な出来事があって物資が一時的に足りなくなってしまった。

 その足りない物資が敵側にある。

 幸運にも彼らの手の届く範囲に。

 輸送や移動が遅れて、一時的に一カ所に大量に物資が集まっていたのだ。

 魔王側の不足分を十分に補っておつりが出るほどに。



 それを手に入れるために魔王の軍勢が押し寄せる。

 当初、防備の少なかった国の方が対応に手間取る事になる。

 しかし、運が良いのか悪いのか。

 そこは天成の領地に比較的近く、勇者の軍勢がいた。

 急いでそこにやってきた使者により、状況を把握。

 勇者達は急いでそちらに向かう事になった。

 天成の領地から物資を回収する事もなく。

 そんな時間は無かった。



 ただ、勇者達も全員が動いたわけではない。

 敵の数がはっきりとは分からないが、そう多くは無いとは聞いている。

 だからそれなりの人数を投入しておいた。

 それで十分だろうと見積もって。

 むしろ、予想される敵勢に対して、必要以上の人数を割いたくらいだ。

 これなら余裕で迎え撃てるだろうと誰もが思っていた。



 国にとって不幸な事に。

 魔王にとって幸運な事に。

 魔王の軍勢はかなりの規模だった。

 確実な勝利、勝利後の物資回収、回収したものの迅速な移動。

 それを可能とする輸送隊と、その輸送隊を確実に守りきれる護衛。

 これらを成立させるために、魔王の軍勢は結構な規模になっていた。

 勇者達の想定すら越えて。



 慌てて残りの勇者を呼び出しに行くも、即座に到着するわけもない。

 その間に魔王は攻撃を仕掛けていく。

 その軍勢の勢いに、勇者達も退く程に。

 この時、勇者側にも結構な死傷者が発生した。

 魔王軍は更に押し込んでいく。



 そこに天成の領地にいた残りの勇者が駆けつける。

 足の速い者から次々に到着し、魔王軍に攻撃を仕掛けていく。

 これにて魔王軍も押し返され、情勢は五分五分にまで持ち込まれる。

 劣勢だった国は好転し、優勢だった魔王軍の戦況は悪化した。

 何より、やってくる勇者の数が魔王軍が対処出来る数よりもはるかに多かった。

 このままでは作戦目標の達成どころではない。

 撤退もろくにできず壊滅してしまう可能性がある。

 それだけはさすがに回避しなくてはならなかった。

 作戦の失敗はいずれどこかで取り返しがつく。

 しかし、失った部隊、失った兵士、失った命は取り返しがつかない。



 単に道徳や倫理の問題というわけではない。

 失った兵の数を補充するには相応の時間がかかる。

 減った人数を補うためには、どこかにいる別の誰かを連れてこなければならない。

 それを他の仕事で働いてる者から引き抜けば、その分産業が停滞する。

 そうならないようにするためには、時間をかけて人を補充せねばならない。

 何よりも、そんな状態にならないように努めねばならない。



 その為の撤退だ。

 勝てないならば逃げる。

 逃げて損害をおさえる。

 それしかない。

 その為にも援護が欲しい。

 矛盾するが、一人でも逃がすために、出来るだけの増援を求める。

 おかしな話ではあるだろう。

 だが、十分な援護があるなら、損害を減らす事も出来る。

 それは確かだった。

 だが、あえて増援を出さず、派遣した部隊の全滅すら受け入れるという選択もある。

 その場合、出撃した部隊は失われる。

 だが、損害はそこだけに留まる。

 最悪、増援に出した部隊まで失わずに済む。

 残酷だが、そんな判断をせねばならないのも指揮官というものだ。



 この時の魔王軍は増援を出すことに決定した。

 増援を出して救出に向かった方が被害が少ない、という計算が働いたのだろう。

 あるいは恩情なのか、自分の人望が無くなる事を恐れたのか。

 何にしろそれなりの軍勢が出動して、勇者達との戦闘に突入した。



 結果からすれば、両者ともに惨敗。

 魔王軍は本来の目的を達成する事も出来ず、かなりの損害も出した。

 先遣隊の全滅は免れたが、増援にかなりの損害が出たので意味が無い。

 結局、何も得ることもなく撤退する羽目になった。

 そして国の方も勇者を少なからず失った。

 壊滅はしてないが、貴重な能力を持ってる者達の喪失は致命的である。

 補充がきかないという点では魔王軍以上の損失とも言える。

 それでいて、戦略的に何らかの意味があった戦いというわけでもない。

 偶然そこに集まってしまった物資の防衛だけが目的だ。

 それも完全に達成されたとは言いがたい。

 魔王軍に奪われる事は回避できたが、破損やら何やらで全体の3割を失う事になった。

 それもまた大損である。



 それでも、残酷な真実として、これで魔王軍側は物資不足の負担を多少は軽減できるようになった。

 戦闘で部隊を失った事で、その分の消費が減ったからだ。

 一方的に損失だけを被った国の方よりは幾分マシではあるだろう。

 結局どちらにとってもそれなりに悲惨で運の悪い出来事であった。



 その後、勇者達は天成の領地に戻ることもなく帰還する。

 損失が大きかったのと、今後の対処を考える為に。

 結局、一時的に占領したはいいが、天成の領地から何かを持ってくる事も出来なかった。

 そして、天成達は得るものはなかったが、失うものもなく元の場所に戻っていく事になる。

 全体的な差し引きでいえば、最も得をしてるのが天成達であろう。

 もっと適切な表現をするなら、もっとも損失が少なかったというべきだろうか。



 ただ、これで国に余裕が本格的に無くなり、天成達の領地に手を出す事も出来なくなった。

 魔王軍も当然ながら余裕が無い。

 もともとどちらも切羽詰まっていたが、それが更に悪化した。

 おかげで天成は当分の間の平和を手に入れる事が出来た。

 その平和を使って、農地を更に拡大。

 ついでに村も拡大していく。

 幸いにも、切羽詰まってる国から切羽詰まった人々が逃げ込んできてる。

 必要な人手の確保は十分に可能。

 勢力拡大は順調に進んでいる。

 相対的に国と天成の勢力差が縮んでいる。

 そのせいで国は更に天成達に手を出しづらくなっていく。



 なんだかんだで農夫であった天成は、その力を存分に発揮して一つの勢力を作り上げていった。

 難攻不落の不可侵領域を作り出して。

 そこは、戦乱の中で驚くほどの静謐を作り出し、世界から隔絶した空間となっていった。

 それを求めて様々な者達がそこに逃げ込み、平穏無事な生活を続けているという。

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