その1
(なんてこった)
伊勢甲斐天成は頭を抱えたくなった。
外回りで運転していた車の中、突如周囲が光に包まれ、気づけば異世界に転移。
聞けば、魔王なる存在があらわれて人類の危機。
それに対抗できる存在を呼び寄せるべく、勇者召喚の儀式を行ったとか。
それで町ごと天成達が呼び出されたのだが。
(こんな事ってあるかよ?!)
そう叫びたくなるような現実が待っていた。
召喚対象となるのは、何かしらの優れた才能がある者。
その為、呼び出された者達には何かしらの才能が必ずあるのは確かだった。
それが町一つというのが凄まじいが、それだけ能力があるというのは素晴らしい事であろう。
そして、次々に才能の検査が行われ、誰もが己の天分や才能というものを知っていった。
「すげえ、勇者!」
「俺は剣聖だ」
「賢者かあ」
「姫神子だって」
そんな声があちこちから上がってくる。
その全てがまれに見る優れた才能ばかりというわけではない。
だが、どれであっても能力というものは秀でた何かを示している。
その中でももっとも低級(というのは語弊があるが)といえる『戦士』や『魔術師』であっても、一般的な者達に比べれば一段二段と優れた素質を示している。
この世界においては、決して卑下するようなものではない。
(なんだろうけど……)
天成はそんな中で一人己の才能と向かい合う。
意識すれば表示される能力状態画面。
それに記されてるのは、どうみても優れてるとは思えないような素質・才能だった。
(いやいやいやいや!)
慌てて打ち消そうとする。
こんな事はない、こんなはずじゃない、こんな事ありえないと。
目の前に今表示されてる文字は何かの間違いだと。
しかし、何度見てもその文字が変わる事はなかった。
(違うと、違うといってくれ!)
そう思うも示された素質・才能は変わってくれなかった。
どう見ても冒険やら世界の危機を救うのに役立つそうもない能力は。
(なんでこれなんだよ。
これでどうしろってんだよ)
悩みながら何かに問いかけるが、答えが返ってくる事は無い。
ただ、変わらずその文字が表示されつづけるだけだ。
『農夫』という文字が。
それが不要とか無用とか無駄とか無能などと思うつもりはない。
農業によって生産される食料が人々の生活を支えるのは分かってる。
これがなければ社会が成り立たないのも。
これが無ければ、多くの人が飢える事になるのも。
しかし、農夫でいったい何をしろというのか?
どう考えてもこれで魔王やら怪物と戦うというのは無理に思える。
(どうすりゃいいんだよ)
自分に示された現実を前に、天成は様々な意味で打ちのめされた。
(そもそも、俺は農家でもなんでもないぞ)
先祖はどうか知らないが、天成は祖父の代からの勤め人。
会社につとめてサラリーマンをこなしてきた家系(といって良いのかどうか)だ。
祖父はこれといった功績も落ち度も無く定年までつとめあげ、最後にお情けで課長の役職をもらった。
父も似たようなもので、とりあえず主任という割と曖昧な立場の仕事をこなしている。
では、これまでの28年の人生で農業に関わる事があったかというとそれもない。
ごくごく普通に保育園、幼稚園、小中高と過ごし…………。
(いやいや)
そこで天成は自分の人生が決して普通でないのを思い出す。
どういうわけか保育園の頃からけなされ罵られ、殴られたりといった日々を送る。
その頃の連中が持ち上がりで一緒になる小学校・中学校では更に酷い目にあってきた。
高校はそれまでの連中とは別の所に通ったが、そこでも新たな学校犯罪の被害にあってきた。
ささいて偏差値の高くもない大学でも似たようなもの。
社会に出ても、どうにか入れたのはブラック企業。
それも結局地元にある小さな会社だ。
得意先や仕事で走り回る地域では、顔なじみとどこかですれ違う事もある。
そんな環境の中で、ただひたすらに耐え忍ぶ日々。
いったい何のために生きてるのだろうと、哲学的自問自答をはじめてしまいたくなる。
そのあげく、異世界に来て出てきたのが農夫である。
(何をどうしろと……)
嘆きたくなるのも無理はないだろう。
しかも、周りを見渡せば、どこかで見知った連中ばかりである。
これで更に異世界の為に働けという。
(なんだかなあ……)
そしてまた嫌なめにあうというのだろうか?
(それもなあ)
それはさすがに御免だった。
冒頭部分を修正訂正