終電
私の部下であるAとBから聞いた話をしよう。
彼らは二年前に、うちの会社に就職してきた。新卒社員ということで、部の責任者である私が彼らの指導に当たった。二人はとても真面目な性格で、熱心に仕事をこなしていた。また、AとBは同じ大学出身であったため非常に仲が良かった。
入社してから半年が経過した頃。仕事帰りに二人は会社近くにある居酒屋に寄ったそうだ。
お互い仕事やプライベートでの愚痴をこぼし合っていた。すっかり話し込んでしまったようで、気付いた時には日付が変わるギリギリの時刻であった。
急いで店を出た二人は、酒に酔いながらもなんとかM駅まで走りきった。私ならタクシーを使うところだが、大学を出たばかりの二人には、その発想は浮かばなかったそうだ。
「はぁ、流石に疲れたな。会社入って体力落ちたかな?」
「あー俺も。部活やってたころよりも、走れなくなってるわ」
「でも間に合ったみたいでよかったな」
時刻は午前零時過ぎ。周囲には殆ど人がいなかった。
二人が三両目のベンチに腰を下ろして電車を待っていたときだ。
ふと、Aが目を横に向けたら、四両目辺りに若い女性が立っていたのに気が付いた。
二十代前半くらいで水色のワンピースを着て、赤いハイヒールを履いていたという。背丈は女性にしては大きく約一七五cm。横顔を見ただけだったが、かなりの美人だということはわかった。
「なぁ、あの人めっちゃきれいじゃね?」
Aの問いかけにBが女性の方を見やった。
「たしかに。モデルやってる人かな? それか芸能人」
「あ~、それあり得る。夜中でもラジオやってるところあるし。なんかの仕事帰りかもな」
「お前話しかけてこいよ」
「いやだよ。なんかスゲー疲れてそうだし。そっとしといてやれよ」
結局彼女に声をかけることなかった。
電車が到着したので、ベンチから立ち上がった二人は車内に乗り込んだ。
ドアはすぐに閉まり、列車は発車した。
「あれ、あの人は乗らないのか? 次の電車でも待ってるのかな」
「は?」
そんなAの何気ない一言にBは唖然とした。
「何言ってるんだよ。次の電車なんか来るわけないじゃん」
「どういうことだよ」
「だって、今俺らが乗ってる電車が終電なんだから。お前何も気付いてなかったのか?」
その言葉を聞いた瞬間、Aの背筋が一気に凍りついた。