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9 生還

わたしは暗闇の中、夢を見ていた。

何も見えないのに夢である事が分かったのは

前世で何度も体験した出来事だったからだ。


わたしが眠っていると、飼っていた大型犬が

ベッドに上がり込みどかっと体重を預けてくる。

毎朝それで目を覚ましてしまうのだけれど、わたしは怒るどころか

この子が朝起きて真っ先にわたしの所に来てくれるのが

嬉しくて幸せな気持ちになった。


心地いいと言うにはいささか厳しい重量をお腹に感じながら

わしゃわしゃと犬の耳をかいてやる。

すると、もっとやってくれとさらに体重を預けてくるので

苦しくてだんだんと意識がハッキリとしてくる。

ゆっくりと目を開けると、犬のでっかい顔で視界が埋まっているのが何だかおかしくて

わたしはいつも笑ってしまうのだ。

きっと朝の散歩に早く行きたいけれど叩き起こす事はしたくないという

あの子なりに気遣いのある起こし方だったのだと思う。

思い返すと、あの目覚めの時間はとても幸せだった。


もう二度と体験することは出来ないと思うと、懐かしくて寂しくなる

そんないつまでも見ていたい夢だった。






現実でわたしが目を覚ましても、手には感触が残ったままだった。

名残惜しさが幻覚を見せているのかと思ったけれど

どうやらそうではない。

起き上がると、ぽてっと濡れタオルがわたしの額から落ちる。

お腹のあたりを見るとわたしを枕にして

シンシアが気持ちよさそうに眠っていた。

彼女がずっと看病してくれていたようで

その髪をわしゃわしゃと撫でていたのだ。

ぼさぼさになってしまった彼女の絹みたいに綺麗な

髪の毛を慌てて整えようとすると

自分の左腕が無い事に気づく。



凄まじい喪失感と、彼女の命を守れた安心感が胸の中でうず巻き

わたしは彼女の髪の毛を撫で揃えながら静かに涙を流した。




「起きたかい?」


女性の優しい声が部屋に響く。

顔を上げると、見知らぬ老齢のエルフが入り口に佇んでいた。



周囲を見渡すとわたしが居るのは普通の部屋ではないようで

巨大な大木の虚の中に作った部屋のようで、ところどころから根が飛び出ている。

そこに備え付けられたベッドにわたしは寝かされていた。


「あの、ここは一体…?」


「色々聞きたいのは分かってるよ

でも、まずその顔を何とかしないとね

可愛い顔がぐちゃぐちゃだ。」


彼女は優しく労るようにわたしの顔を拭いてくれたあと

いい香りのするお茶を淹れてくれた。

一口飲むと昂ぶった気持ちが静まっていき、

わたしは名乗ってさえいないことに気づく。


「ありがとうございます

わたしの名前は─」


「クラリスちゃんだろう

シンシアちゃんから大体の話は聞いたよ。」


「わたしはヘザー

で、むこうのでかいのが弟子のレクだ」


ヘザーが廊下の方に向かって手招きすると

わたし達を助けてくれた剣士が現れた。

私と目があうと、静かに会釈をしてくる。

もしかしてわたしが泣いてるから席を外していたのだろうか?

そうだとしたら、人を寄せ付けない

威圧的な雰囲気からは想像できない紳士っぷりだ。



「さて、まず何から説明しようかね」


「わたしたちが生きているということは

魔物は倒せたんですか?」


その質問にはレクが答えた。


「いや。倒せなかった

だが、退ける事は出来た。あんたの魔法のおかげだな

あれが無ければ何の抵抗も出来ず全員殺されていただろう。

あんたの傷は師匠しか治せなかったから、ここに連れてきた」


レクは簡潔な口調で説明してくれる。

あらゆる攻撃が効かなかった相手に

わたしの魔法だけは有効だったということだ

その事について詳しく話を聞こうとする前に、ヘザーが先に口を開いた。



「その魔法なんだけどね

ちょっとまずい事になってる」


「え?

…どういう事でしょうか?」


「見せたほうが早いかな。

パメラちゃんを呼んできておくれ」


そう言われるとレクは頷き静かに出ていく。

足音も、扉を閉める音さえ静かで

戦っているときの荒々しさとのギャップが凄い。


「パメラさんも、無事だったんですね

良かった」


「あの子は頑丈だ

貴族の護衛はやっぱり腕利きだね」


「え?パメラさんは

侍女だと聞いていますが…」


「ふうん?

まあ、そういう面もあるのかもね

だけど彼女は根っからの騎士だと思うよ。」


「失礼します。

クラリス様、回復されたのですね。……良かった」


パメラは私を見るなり、嬉しそうににっこりと笑った。

手に持っている銀色の布に包まれた何かをヘザーに渡す。


「これが、クラリスちゃんが使った魔法の結果だ」


包みを解くと光を全く反射しない真っ黒な剣が、複雑な模様が書かれた護符に

仰々しいほどぐるぐる巻きにされていた。

近づく事さえためらう凄まじい魔力のうねりを感じる。

今にも破裂しそうな爆弾みたいだ。



「今は封印してるけど、周囲のあらゆる魔力や物質を

無制限に取り込み力を増幅させている

まるで魔道具だ。制御不能でとても危険な。

こんなのは魔法じゃない。

…クラリスちゃん

君はいったい、何をしたのかな?」


優しく語りかけてくるが、言い訳や誤魔化しを許さない厳しい目だ。

わたしは少し緊張したが姿勢を正し、まっすぐヘザーを見つめて言葉を紡いだ。


「ただ、シンシア様を守る力を、と願いました」


「願い、か」


ヘザーは目を細め、何かを考えるように一呼吸置いて問いかけてきた。


「魔法とは、一体何だと思う?」


「え?えっと…

便利な道具、だと思います」


「そうだね。けれど、それは人々が魔法を体系化し洗練させていった結果

そうなっただけ、とも言える。」


「原初の時代、一日の狩りの成功を願ったり、

生まれた赤子が健やかに育つよう願う時

力として具現化する事があった。人々はそんな願いの力を魔法と呼んでいた。

力を発現させる人々の中から特に強い力を示す者が現れ

やがて人々を統率し、導く役目を担うようになった。

今日では貴族と言われているね。

貴族たちは力の均質化を図るため、

願いを叶える為の所作を体系化し学問として確立させ

それが現代魔法の原型になった。」


「だけど人の願いは人の数だけある。

魔法は本来、個人の願いを叶える力だったのに体系化された結果

いつしかただの道具へと変わっていってしまった」


学園で教えられた歴史とは少々違うのが気になったけど

視点が違えば事実も異なるという事なのだろう。

わたしは何も言わなかった。



「クラリスちゃん、君の使った魔法は原初のものに近い。

強く、純粋な願いがどの体系にも与しない力として具現したんだ。

願いを叶えるという根源的な目的を果たす魔法

わたしはそれを根源魔法と呼んでいる。

ここまで強い力になって現れたのは驚きだけれど

それだけ願いが強かったのだろうね」



「だけど根源魔法はただ発現者の願いを叶えるためだけに

あらゆる理を無視し、この通り危険な力にもなりうる。

君はこの力をどう使い何を願うつもりかな?」


そう聞かれても、答えは一つしかない

そもそも魔法なんて持っていてもわたしには使い道が無かった。

だから、今までしてきたようにこれからも同じことを願うだけだ。




「わたしは、ただシンシア様が穏やかで幸せに暮らせるようにと願うだけです」


「君は彼女を守る為にその腕を亡くしたと聞いたけれど、

何故そうまでして彼女に尽くすんだい?」


「…自分でも、よくわかりません

ただ、シンシア様の事を見ていると

幸せになってほしい、守ってあげなくちゃって

そう思えてくるんです」



わたしがそう返答すると、ヘザーは今までの厳しい表情を一変させ

楽しそうにニコっと笑った


「だってさ、シンシアちゃん」


「へ?」


わたしが視線を落とし、寝ているはずのシンシアを見ると

むくりと起き上がった。

耳まで真っ赤にして、こちらに何か言いたそうにしている。



挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 作者さん、更新はお疲れ様です! あれでも倒せないですか、あの影!? クラリスさん、左腕が失くなったとは、本当に大変かも知れませんね。。。 クラリスさん、マジで尊い、カッコ良いです〜 シンシ…
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