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7 馬車の中

幼い頃、一度だけ修道女の人たちと話をしたことがある。


たしか戦没者を追悼する春のミサで賛美歌を歌う為に巡礼している途中

わたし達の領地に立ち寄った時の事だったと思う。

彼女たちの歌声はとても美しく、感動したわたしは

その事を興奮気味に修道女の一人に伝えると

この歌は自分が作曲したのだと嬉しそうにしていた。


本当は楽器を使いたいので教会に申請中なのだけれど

既に実家から楽器は送ってもらっており、今は練習している最中で

秋のミサが楽しみだとか

みんな練習に明け暮れて夜までずっと歌っているので

上長が寝不足気味だと嘆いているけど

密かに応援してくれているのか

差し入れのお菓子がどんどん豪華になっていくのがおかしいのだと

とても楽しそうに生き生きと話してくれた。


確かに貴族である彼女たちが修道女になる経緯は色々あったのだろうし

表には出さない悩みはあったのかもしれない。

けれど、彼女たちの笑顔もまた真実だったと思う。


毎日マナー講習に明け暮れて息の詰まる思いでいた

わたしはそんな彼女たちに憧れてお母様に

将来修道女になりたいと伝えたら卒倒しそうになっていた。

そんな様子を見てお父様と兄様は苦笑いしながら

わたしに諭してくれたのを今でも覚えている。

二人の言葉はとても優しかったけれど

修道女になるのはワケアリの人たちで、あんなものになるのは親不孝だ

という意味が込められているのをハッキリと感じ

あんなに楽しそうにしていた彼女たちを侮辱するような響きにも取れて

わたしは言い様のない不快感を抱いた。


思えば、あの時から貴族の体面というものに

嫌悪感を抱くようになったのかもしれない。



修道院に向かう馬車の中でわたしはそんな思い出話をシンシアに話していた。

少しでも彼女に修道院に良い印象を持ってもらう為に。

彼女はわたしの話を興味深そうに聞いてくれていたし

馬車の中の雰囲気は決して悪いものではなかった。


けれども内心わたしは酷く緊張していた。

前世の記憶が蘇ってから

物語の流れを変える事が出来ていない。

ゲームでは名前さえ出てこない、ただのモブである自分自身に限って言えば

修道院送りにされてるので悪化してると言える。


ということはゲームの通りなら目の前に居るシンシアは

この馬車の中で自殺してしまうのだ。

それだけは絶対に阻止しなければ

その事でわたしは頭がいっぱいだった。


ふと、シンシアが私の顔をじっと見つめていることに気づいた

何か言いたそうにしているので

安心させる為に手を握ってあげると

それよりもずっと強く包むように握り返される。

パーティー以降一度会ったただけなのに

シンシアは随分とわたしに心を許してくれている様だ。


「…お父様に直訴してまで

このような結果になってしまい申し訳有りません」


「シンシア様が謝るような事ではないですよ

わたしに力が無かっただけです」



わたしは彼女に大丈夫だというように笑って答えた。

それにしても、宰相はあれだけ親身になってくれたのに

修道院送りとはどういう事だろう?

謹慎とはいえ、わざわざそんなところに送ったら外聞が悪いどころの話ではない。

結局、耳障りの良い言葉を並べてわたしたちを見捨てたと考えるべきなのかも。

少なくとも今はそう考えなければいけない。

都合のいい方向に考えて何も行動しないよりも、最悪の事態を想定して

心の準備をしていたほうが、ショックも小さいだろう。

これ以上、彼女の心に傷を負わせたくはない。



「それよりも修道院に行ったら何をしましょうか?」


これからの事を考えれば少しは気が紛れるだろうと思いそう問いかける。

謹慎とはいえ軟禁されるわけではないのだ。

学園の張り詰めた空気から逃れ自由時間が出来ると

考えればそう悪い話でもないと思う。


「お祈りなどで忙しいと思いますけれど…」


「午前中はそうでしょうけど

午後は空いていますでしょう?学園に戻った時の為に勉強するだとか

趣味に力を入れるのも楽しいかもしれませんよ」


「…学園に戻れるでしょうか?

修道院に行ったという事実は無くなりませんし

元通りに戻れるというわけにはいかないと思います」


「確かにそうですね。でも戻れなくてもいいではないですか」


「えっ」


「学園だけが学ぶ場所ではありません。

何をしたいのか、その為に何を学ぶのか、

それを探すのを今から始めるのも楽しいと思いませんか?」


「…クラリス様は、とても前向きなのですね」


シンシアはそう言って考え込み

少し恥ずかしそうにしながら答えてくれた。


「そうですね…

お菓子作りの腕を上げたいです」


「えっシンシア様が作るのですか?」


「嗜む程度ですけれどね。

周りが包丁を持たせてくれないので、

使わない料理となるとお菓子作りくらいしか無かったのです」


「きっと美味しいのでしょうね

シンシア様は何でも器用にこなされますから」


「パメラは美味しいと言ってくれていますから

酷い味では無いと思います。

まあ、お世辞かもしれませんけれど」


「とんでもございません

私の日々の楽しみはシンシア様が作ってくださった

ケーキであると言っても過言ではありません」


シンシアの隣に座っていたパメラが嬉しそうに答える

お菓子の話題が出てから、食べるのが楽しみになってきたのか

はちきれんばかりの笑顔になっている。

シンシアの作るお菓子は相当美味しいみたいだ。

彼女はそんな様子を見て呆れて少し笑っている。


「ほらね

こういってすぐ褒め言葉を口にするのです

たまには厳しく言って貰わないと不安になってしまうわ

もっと腕を上げて、いつかニコラス様に食べていただくのが私の……」


あっと、

その場に居た全員がしまったという顔をする。

シンシアは次の言葉を紡ごうとし口を開けているが何も出てこないようだ

段々と顔から表情が消えていく。

わたしは慌てて話の矛先を変える


「お菓子作りなら、わたしの侍女のミリーが

少しくらいなら教える事が出来るかもしれません。

とっても独創的で美味しいものを作るんですよ」


「…そういえば、ハーヴィー家のパーティーでは珍しいお菓子が出てくると

一時期評判になっていましたね。

あれは侍女の方の働きだったのですか」


「ええ。お菓子作りに於いてミリーは天才です。

後始末だとか、実家への連絡などで学園に残ってもらっているのですけど

明日には合流すると思いますので楽しみにしていてくださいね」


「え?

ではそれまでは…ご自身で身支度を?」


「…地方領主の娘なんてそんなものです」


「そ、そうですか

…私のせいですよね」


またシンシアの表情が曇りかけるので

わたしは畳み掛けるように話しかける。


「ミ、ミリーしか知らないお菓子が沢山あるのです

ティラミスに、アップルパイ、杏仁豆腐もこの国ではまだ知られていませんよね。

あ、氷結魔法でジェラート作りなんかも良いですね。

どれもきっと気に入ると思いますよ」


実際ミリーは本当に天才だと思う。

この国では知られていないお菓子を沢山知っている。

そういえば、シナモンに似たものをわたしが交易商の見本から見つけた時は

飛び上がって喜んでいた。

この世界の何歩も進んだお菓子を

頭の中でハッキリと思い描いているようだ。

まるで、異世界の知識を持っているかのように。


「どれも聞いたこともありません。

…たくさん教わることになりそうですね

楽しみです」


「そうです。修道院に行ったらやるべき事は沢山あります

いえ修道院の中だけではありません

まだ、あなたの未来には沢山の楽しい出来事が待っているはずなんです!」


「え、ええ、そうですね…?」


わたしが前のめりになって話すのでシンシアは少し戸惑っているようだ。

また前世の自分の調子が戻ってきたのかもしれない。



「………だから

いくら婚約破棄されて悲しくても、絶望しても

自害なんてなさらないでください」


シンシアが失恋の痛手からまだ立ち直っていないのは

先程の表情からよく分かった。

わたしはもう不安を押し殺す事が出来ずハッキリと伝えてしまう。

固唾を呑んで反応を見守ると、シンシアは困惑した顔を見せてきた。



「じ、じじ自害?

そんな事いたしません」


「……本当に?」


「ほ、本当ですってば!」


「本当ですか?嘘ではありませんよね?

嘘だったら許しませんから!

もし、嘘だったら…」


「嘘だったら?」



「…わたしも一緒に死にます」


シンシアは大きく目を見開く。


「あなたの命は、一つじゃありません。

二つ背負っているのです

だからちゃんと、責任を持って生きてください

わたしも傍でしっかり支えますから」


「は……はい」


そう答えると、シンシアの瞳から涙が溢れ出る。


「どっどどどうしましたか!?」


「ご、ごめんなさい

何故でしょう?涙が勝手に…」


やっぱりまだ失恋の傷跡は深く

心が不安定なのかもしれない。


「…でもクラリス様

学園には絶対に戻れるよう図らいますから

そんな自暴自棄にならないでください。

せめて、あなただけでも前と変わりのない日常を取り戻せるように

お父様には嘆願致しますから」


「駄目です

シンシア様と一緒じゃないと学園にも戻りません」


「…わかりました

では、これからもよろしくお願いいたしますね」


そう言ってシンシアは少し恥ずかしそうにはにかむ。

どこか吹っ切れた表情をしている彼女は

とても自害する様には見えなかった。



一番の目的が達成されて肩の力が一気に抜けた。

わたしがやって来た事は無駄ではなかったんだ。

もう頑張る必要も、焦る必要もないのだと思うと

わたしはつられて笑ってしまった。










その瞬間、世界が回転した








わたしたちは揉みくちゃにされ

周囲では何かが割れ、砕ける音が聞こえる。


静かになってから周囲を見回し

身体が天井に着いているのを確認してやっと馬車が横転したのに気づいた。

ぶつけたのか節々から痛みを感じる。


「あ痛たたた…」


「ご無事ですか?」


シンシアが声をかけてきた。

彼女は状況を把握しようと割れた窓から油断無く周りを見渡している。

パメラは既に外に出て周囲を警戒しているようだ。

公爵令嬢というものは、こういう非常時でもしっかりと

訓練されているようで落ち着きがある。

わたしも騎士の家庭で育ったのに、イマイチ緊張感が足りないので

少し恥ずかしくなってしまう。


「だ、大丈夫です…

一体なにがあったのでしょうか?」


「…わかりません

ただ、襲撃された可能性もあります。

馬車の前後には警備の者も居るはずなので

ひとまず様子を見ましょう」


外に這い出るとパメラが見せたことが無い殺気を纏って周囲を睨みつけていた

腰には何処から取り出したのか美しく銀色に輝く剣を携えている。

行者の姿は無く、わたし達三人のみしかいない。


「ただの事故でしょうか…?」


「いえ違います」


こちらを見ずに鋭くパメラが答える

視線の先には人影のようなものが見えた。


いや人影そのもの、というべきものかもしれない

人の形をした黒い何かが、そこに立っていた。

明らかに魔物だ。

わたしは思わずシンシアに身を寄せる。

その黒い影はしわがれた老人のような声で語りだした。


「シンシア」


「シンシア・ウェインライト」


彼女の名前を魔物が知っているのが不思議だったけれど

それに続く言葉はそんな事が些細だと思わせるほど

わたしに衝撃を与えた。



「お前は半刻前に死ぬ運命だった

…なのに何故まだ生きている? 」


「お前の因果は既に途切れている

お前の声は誰にも届かず、誰の声もお前に届かない。」


「お前は全く無意味な存在だ

そして無意味な存在であるのなら 」



「死ななければならない 」




挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 作者さん、投稿はありがとうございます! イラストは本当にとても綺麗です〜 シンシアさんの為に一生懸命頑張っているクラリスさんの想い、誠に凄く尊いです、最高に素晴らしいだと思います!! しか…
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