5 宰相
パメラさんが一緒に付いて来てくれて本当によかった。
最初、門番の人はわたしを怪訝な目で見てきたけれど
後ろに着くパメラさんに気づくと、
親しそうに彼女に話しかけてきて顔パスで通してくれた。
きっとわたし一人だったら建物の中にさえ入れなかったと思う。
宰相の娘ならここに出入りしててもおかしくないし、
その侍女なら顔が知られて当然だ。名前さえ知らないわたしよりもずっと信頼出来る。
冷静に考えたら当たり前の事だし、今のわたしは本当に深く考えず行動している事を
改めて気付かされて空恐ろしい気分になった。
けれど前世の記憶が蘇ってから、自分の気持ちを抑える事が出来ない。
わたしはココまで来たらもう成るように成れと半ば諦めて
宰相の部屋のドアをノックした。
わたしの目の前には、シンシアによく似た目つきの初老の男性が座っている。
その額には深いシワが刻まれていて今までの苦労が伺い知れる。
学園で起こったあらましを彼に話すと、
深くため息をついて眉間にさらにシワを寄せた。
シワを増やすような話を持ってきたのはわたしなので少し罪悪感が湧く。
「平民との格差是正、魔法人材の発掘を目的に特例を設けた結果がコレだ
王子は自分の言動でどうなるのか想像出来ないのだろうな
おそらく来年からは特例は廃止され
平民が魔法を体系的に学べる機会は永久に失われてしまうだろう。
こういう事が起こらないよう周囲には気をつけるよう言っておいたのだがな…
嘆かわしいことだ」
宰相は顔を上げてわたしをじっと見る
「…それで、私にどうして欲しいのかな?」
「シンシア様とわたしに寛大な処遇をしていただきたいのです
それ以上はなにも。」
「それは大丈夫だろう。」
「え?そ、そうですか?
大勢の前で王族を批判する言葉を口にしてしまったのですが…」
一番の目的をあっさり肯定されて、わたしは思わず声がうわずってしまう。
「よく考えてみたまえ
自分のエゴの為に二人の令嬢をまとめて処罰するなんて
いくら王子でも外聞が悪すぎる。
それに片方は公爵家の、もう片方はハーヴィー家の令嬢だ。
王族も下手に動けはしないだろう。」
「私の家はそんなに重要なのですか?」
「王とて二つの貴族と同時に関係を悪化させたくはないだろう」
私は全身から気が抜けるのを感じた。
「では、わたしがでしゃばる必要は無かったのですね」
「いや。君がすぐ報告しに来てくれたおかげで
随分早く手を打つことが出来る。
残念ながら私も敵が多いのでね
突ける隙は徹底的に突かれてしまう。
シンシア一人だけでは私的過ぎて擁護するのも難しかっただろうし
君のおかげで先に根回しをすることも出来る。
無駄に王宮内が混乱することも無いだろう。君のおかげだ。
礼を言う。」
わたしはその言葉に違和感を抱く。
「その礼は国のためなのですか?それともシンシア様の事に対する礼なのですか?」
「…そうだな
確かに、君のおかげで娘を守ることが出来る。……ありがとう」
一瞬父親らしい優しげな表情が見えた気がしたので
わたしはもっと彼の心の内を探ろうと顔をじっと見つめる。
が、すぐにもとのしかめっ面に戻ってしまった。
「しかし、学園のパーティーは今日あったハズだが
随分早くココに付いたのだね?」
触れて欲しくなかった所を指摘されてわたしは内心冷や汗をかいた。
あんな魔法を知られたら絶対面倒くさい事になる。
レポートを出せなんて言われたらソレに時間を取られて
ただでさえギリギリ平均点なわたしの成績は
間違いなく地に落ちてしまう。
「風の魔法を使って、帆を張った馬車を走らせて参りました
とっても早いんですよ」
「ほう…
随分面白い事をするのだね
君は魔法をいつもその様に使っているのかな?」
「え?あ、そうですね
でも特別珍しい使い方ではないと思いますけれど…」
「魔法をただの動力にするなんて聞いたことがない
魔法それ自体に直接目的を叶える力を持たせるのが普通だ。
だからこの場合風で身体を運ぶだとか、そんな風に使うのが
一般的ではないかな?」
「ああ…確かに、そうですね。非効率的ですよね」
「だが持っている手札で最大限の効果を発揮させようと
工夫する姿勢は大変興味深い。
魔法使いは魔法が発現するまでは頭を捻るが、
後の働きはあまり注視しないものだ」
「お褒め頂きありがとうございます
あの、そろそろシンシア様が心配なので…」
「ああ、そうだな
君には苦労をかけてすまないが…」
「いいえ。
それよりも、シンシア様の事よろしくお願いいたします」
「ああ。上手く執り成しておく」
咄嗟についた嘘に妙に食らいついてきて
いつボロが出てもおかしくない雰囲気が漂ってきたので
わたしはやや強引に話を締め切ってしまった。
部屋を出る時、宰相のわたしを探るようにじっと見つめる目が妙に印象に残った。
外に出るとパメラが心配そうに声をかけてきた。
「どうでしたか?」
「宰相様が上手く執り成してくれるそうです」
「それは良かったです」
パメラはほら言ったでしょう当然の結果です!といった顔で嬉しそうに笑う。
でも、自分で言ってみてようやく気づいた
執り成すってなんだろう?
わたしたちを修道院送りしないなんて一言も言っていないし
シンシアに寛大な処置を、という願いにはハッキリと肯定された感じはしない。
何か嫌な予感がする。
「どうしましたか?」
わたしが難しい顔をしていると、ニコニコ顔のパメラが話しかけてきたので
何だか毒気を抜かれてしまった。
「…いや、わたしって心配性なんだなって思いまして」
そうだ今考えたってしょうがない。
どうせ日が経てば結果は分かるしその時はまた考えれば良い
ひとまず今日は上手く行った。そう考えることにした。
前世の記憶の中の自分は今のわたしと考え方が微妙に違うので
なんとも気持ちが悪かったけれど
初めて意見が一致したみたいで胸のもやもやがスッと晴れる思いがした。
やっと心と身体が馴染んで落ち着いたのかもしれない。
「では、学園に帰りましょうか」
「えっ…魔力の残量は大丈夫ですか?」
「だってシンシア様を放っておけないでしょう?」
「それは、そうですけれど…」
「明日はお休みですから魔力切れ起こしても大丈夫です」
「…分かりました
学園の灯りが見わたせる場所があるので
そちらから移動いたしましょう」
そんな風に見栄を張ってしまったけれど
パメラが心配していた通り
学園に着いた瞬間わたしは魔力切れで倒れてしまった。
パメラに抱きかかえられて自室に戻ると
仁王立ちして待っていたわたしの侍女のミリーが
信じられないものを見る目でわたし達を見た。
「……クラリス様
何をなさっているのですか?」
「あ、えーっと魔力切れを起こして倒れちゃって…
こちらのパメラさんに介抱してもらったの」
「嫁入り前の淑女がそんな姿を晒しながら学園内をウロついていたら
なんて言われるか、分かってます?」
「…ごめんなさい」
「申し訳ございません、これには深いワケがありまして…」
パメラが申し訳無さそうに口を挟むと
ミリーは大きくため息をはいた
「ええ。ええ。そうでしょうとも。
クラリス様は面倒事を持って来るのがお好きなようですからね。
でも、それを解決なさるのはご自分なのをどうかお忘れなく」
「分かってるわ
ちゃんと、その覚悟はしているから大丈夫」
わたしがそう答えると
ミリーが不思議そうにわたしの顔をまじまじと見つめてきた。
「どうしたの?」
「クラリス様、何かありました?
いつもと様子が違うと言いますか…」
いつもわたしを見ているミリーには
前世の記憶が蘇って態度が変わった事に目ざとく気づいた。
「そ、そうかしら?
今日は本当に色々あったから気が動転しているのかもね」
「…そうですか」
ミリーは納得していない様子だったけれど
パメラが居るのであまり深く聞こうとはしなかった。
代わりにわたしがパーティー会場を出ていったあとの事を少し話してくれた。
心配していたマクスウェルがさっきまで居たらしいけれど
帰った直後だという。
何故あんな行動を起こしたのか
上手く説明するなんてとても出来る気がしなかったので
わたしは内心ホッとした。
落ち着いた時改めて説明しよう。
宰相が協力してくれるといっても、学園内までは手が回らないだろうし
その時はきっとマクスウェルの協力が必要になる。
今までも色々と相談に乗ってくれたし、今度も協力してくれると思う。
思えばいつもわたしばっかり迷惑をかけているな。
今度、何かお礼のプレゼントでも贈ってあげよう
前世の経験を使えば何か気の利いたものを選べると思うし
少しくらい自分の為に活用してもバチは当たらないだろう。
そうだ。
社交的な前世のわたしの知識を使えば友達の
一人や二人増やす事は簡単なはずだし
そうしたらシンシアの仲間だって増やせるはず。
気の許せる友人たちとミリーのお菓子でも食べながら
今日の失恋も過ぎた事としてシンシアが懐かしく思えるように頑張ろう。
きっとなれるはずだ。
だって、わたしには前世の知識があるのだから。
けれど数日後、わたし達二人は修道院で無期限の謹慎を命じられ
わたしのこの楽観的な考えは粉々に打ち砕かれる事になる。