3 突破口
わたしは深く溜め息をついた
大勢の前で王族批判をしてしまった。
どう考えても自分一人で解決出来る問題ではない。
シンシアも婚約破棄された事実は変わらないし
結局、わたしはゲームの展開から現実を変えることが出来ていない。
「あの、シンシア様に一体何があったのでしょうか?」
お茶を淹れてくれた侍女がおずおずと声をかけてきた。
パメラと名乗った栗色の髪の長身な女性は、
彼女の事が心配でしょうがないと顔に書いている。
何か力になってくれる気がする。
私はその直感を信じ、会場で起こった事のあらましを彼女に語った。
王子が平民の少女に心を奪われ、
それに嫉妬したシンシアが嫌がらせをした結果王子の怒りを買ったこと。
そして今日のパーティ会場で公衆の面前で婚約を一方的に破棄され
わたしがそれをやりすぎだと批判して守る様にここへ連れ戻したことを。
それを聞いたパメラは目を伏せて、悲しく顔をしかめながら語りだした。
「最近のシンシア様はとても思いつめていらっしゃって
王子の懸想相手の方への不満をよく口にしていらっしゃいました。
このままでは王子との関係も悪くなると心配していたのですが…」
「誰か止める方は居なかったのですか?」
「シンシア様の取り巻きの方々も同調していたので
むしろ焚きつける側だったみたいです。」
その割には、王子はシンシア一人に怒っているようだった。
つまり取り巻きたちは自らの手を汚すこと無く上手く立ち回っていたのだろう。
そういったずる賢さは貴族に必要な事だが、私は貴族のそういう所が何よりも嫌いだ。
「つまり、この学園には頼れる方は居ないという事でしょうか」
「……そうなりますね」
怒りが湧き、思わず冷たい口調で放った私の言葉にパメラは表情をこわばらせる。
他人事の様な意味合いを含めてしまった事に気付き私は慌ててそれを否定する。
「あ、いえ!わたしは王子を批判した時
修道院に送られようと何されようと最後までシンシア様の
味方として傍に居る覚悟を致しました。
…頼りになるかあまり自信無いですけど」
「…そうですか。
シンシア様にもこんな素晴らしいご友人がいらっしゃったのですね」
何やら感動した様子のパメラだったが
さっき名前を知られたばかりで知人でさえありませんでした
今のも言葉の弾みです、などと言えるはずもなく笑って誤魔化す。
けれど、改めて自分の行動を説明して振り返ると不安になって来た。
「でもわたしが取った行動は正しかったとパメラさんは思いますか?
もっと上手いやり方があったんじゃないかと、今では思うのです」
「わかりません
実際にその場に居ないと分からないことも沢山ありますし
最善である行動なんて時間が経った後、初めて分かるものです。
最良でなくても、振り返ってみて納得出来る行動をしていたならば
それで良いのだと私は思います。
クラリス様はどうでしたか?」
わたしは胸ですやすやと寝ているシンシアを見つめる
「…後悔はしていません」
「ならそれはその時、間違いなく正しい事だったのです。
胸を張ってください」
そう言ってパメラはニコっと笑うので、いくらか落ち着いて来たが
冷静になると今すぐにやらないといけない事が浮かんできた。
「でも私はただの地方領主の娘です
このままでは二人とも経歴に傷ありとみなされて、
修道院送りにされてもおかしくないでしょう。
どなたか、力になってくれる方はご存知ではないですか?」
「宰相様なら、何か知恵を貸していただけるかもしれません」
「宰相様に?」
「シンシア様のお父上ですから」
「この事態を知って、協力してくれるでしょうか?
国政を取り仕切る方が個人の感情に流されるような真似はしないとは思いますが」
「厳しい方ですが、シンシア様の事は大切になさっています。
一方的に突き放すような事はしないと思います」
パメラはそう言うが
宰相なんて王族側の最たる役職ではないか。
それにゲームではシンシアを修道院送りにした張本人だ
あまり期待は出来ない。
けれど彼女の言葉は自信に満ちあふれていて、真実味があった。
「わかりました。では、宰相様に直接この事態を説明して
ご助力を願おうと思います」
「かしこまりました
では明日、馬車の用意を」
「いえ、今行きます」
「え?
もう日が暮れますし先触れを出さないと…」
「緊急事態ですし、王子が先に何かしてくる前に先手を打って置かなければなりません。
ご助力頂けるならできるだけ早い方が良いのです」
「宰相府までここから一日かかります
暗闇の中馬車を進めることは出来ません
落ち着いてください」
確かにわたしは焦っていた
せっかくの前世の知識を全く有効活用出来ていない。
ただ状況に翻弄されているだけだ。
「…大丈夫です
魔法でなんとかします」
苦し紛れにそう言うと、パメラは黙ってしまった。
この世界には魔法があり
わたしが今居るこの学園も魔法について学ぶ場所なのだ。
貴族は全員使えるが平民はそうではない。
侍女であるパメラは魔法が使えないから、どんな魔法があるのか詳しく知らないのだろう。
だから反論も出来ないのだ。
「かしこまりました。
それでは、私もご同行させてください」
まるで死地に向かう戦士のような表情をする彼女に
実は私の魔法は大したことは出来ないです…勢いで言ってしまいました、
とは言い出せない。
「いえ、あなたはシンシア様の横に居てあげてください。
目を覚ました時、一人ではきっと不安でしょうから」
「シンシア様が目を覚ますまでに全てを片付けて
安心させたい気持ちはわたしも一緒なのです。
どうか、お願いいたします!」
「……わかりました」
彼女の真剣な目つきから、押し切られてしまった。
言外の私の思いまで汲んでくれるのは嬉しいが、汲み過ぎている気がする。
パメラがシンシアをベッドに寝かしつけている間
私は外の庭園へ出て、どうやってこの事態を打開するか必死に考えていた。
残念ながら私の魔法は風属性だ。六属性といわれる括りでは下の扱いを受ける。
つまり、大したことは出来ない。
馬車に帆を張り風で動かそうか?
いや、馬に引かせたほうが結局速いだろうし暗闇の中走る危険性は無くならない。
試しに得意の風で切り裂く魔法を発動してみたけれど
指先から黒い刃が飛び出し、石が綺麗に真っ二つに割れただけだ。
詠唱を必要としないほど得意な魔法はこれしかない。
戦いではともかく、日常生活では全く役に立たないので
わたしの能力はハズレの部類だ。
もう観念してパメラにやっぱり明日にしましょうか、
と言おうと部屋に戻ろうとした所でふと違和感を覚える。
よく考えるとこの黒い刃は金属さえ抵抗なく切断するし
ただの風がここまで切れ味が鋭くなるのはちょっとおかしい。
前世の知識では空気を圧縮しても、黒くなったりはしないし
まるで空間にぽっかり穴が空いたように
光を反射しなくなる、なんて起こらないはずだ。
…空間に穴が開く?
そんな発想今まで考えたことさえなかった。
前世の知識がよみがえったおかげで大質量による空間が極限まで歪む事により生じる
ブラックホールを思い出したからその考えに至ったけれど
質量操作ならこの魔法がおかしい事にもっと早く気づいたはず。
わたしの推測が正しければこの魔法は風でも、質量を操作するものでもない
時空を直接制御するものだ