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27 学園へ

朝、目を覚ますと隣でシンシアがすうすうと寝息を立てていた。


まるで不安なんて欠片も無いような表情で

気持ちよさそうに寝ているので

何だかわたしまで幸せな気持ちになり

思わず彼女の頭をそっと撫でていると、様々な事が頭の中に浮かんでくる。


わたしの願いは、彼女が穏やかに幸せに暮らせる様になる事だ。

でもシンシアの幸せとは、一体何なのだろう?

そんな哲学的な問いに答えはでないまま

学園に戻る日を迎えてしまった。


やるべき事は山積している。

二年後に起きるはずの帝国との戦争に向けて

わたしが出来ることを模索しなければいけないのだ。

夏季休暇が終わって一か月間休学扱いを受けていたので

補講に時間を取られるだろうし

わたし達を襲ってきた影の魔物だって倒せたとは到底思えないので

戦いの訓練は続けたいけれど、秋の社交界シーズンも近づいているし

時間はいくらあっても足りなかった。




「…クラリス」


わたしが学園に戻った時の事に想いを馳せていると

目をつむったままのシンシアがぽつりとわたしの名前を口にした。


「ずっと見つめられていると起きられないわ…」


「あっ……ご、ごめんなさい!」


「気にしないからそんなに慌てないで。

でも、寝てるときは恥ずかしいから…

次は私が起きてるときにしてね」


こっそりと顔を見ていた事がバレバレだった事実に顔を赤くしていると

シンシアはゆっくりと体を起こして恥ずかしそうに笑った。

その表情を見て、わたしは更に顔を赤くするのだった。



起床してからは学園へ戻る最終確認に追われ

わたしは忙しさに目が回りそうだった。


とは言っても、いざ家を出たら移動自体はわたしの空間圧縮魔法を使ったので

学園にはあっという間に着いてしまった。

空間圧縮魔法は色々と試した結果、直線的にしか展開出来ない事がわかったので

何度かに分けて移動する手間はあったけれど

それでも馬車なら一週間かかる学園さえも数分で移動できるため、

わたし達の移動に馬車は要らなくなってしまった。


「本当に便利な魔法ね!

あれだけ大変だった移動もあっという間。

こんなのが軍事利用されたら大変だし

王族が転移魔法を独占したいのも分かるわ」


社交界シーズンを前に王都に行くために

同行していたヘレナお母さまが、感心したように周りを見渡している。


「では、わたし達は寮へ戻ります。

お母さまたちはここから馬車で王都ですよね。

言ってくれたら、わたしが送りますのに…」


「あんまりクラリスちゃんに無理させたくないもの」


「迷惑かけてばかりだから、それくらいは…」


わたしが空間圧縮魔法で枯渇しかけた魔力を補充するために

持ってきた荷物の上に座り一休みしながら声をかけると

ヘレナお母さまはわたしを優しく抱きしめて来た。


「…クラリスちゃん。あなたは大事な私の娘だわ。

貴方の為なら迷惑だと思う事なんて一つもない。

でもね、何かする時はちゃんと相談してちょうだい。

また行方不明になるなんて……絶対いやよ?」


そう言ってわたしを抱きしめるヘレナお母さまの声は

ちょっとだけ震えていた。


「お母さま…」


「じゃ、週末にまた会いましょうね。シンシアさんも」


そう言ってお母さまは親しげにシンシアに笑いかけた


「近くに馬車が待ってるから、僕たちはこのまま王都へ行くよ。

レクさん、二人をよろしく頼む」


横に居たノックス兄様がそう告げると

レクも小さくうなずいた。

ノックス兄様はこれから宰相と話し合うらしい


「本当に私も行かなくて良かったのでしょうか?」


シンシアが声をかけると、ノックス兄様は安心させるように大きくうなずいた。


「まずは学園の事が最優先だ。

大丈夫。僕が宰相殿にこれまでの経緯はしっかりと説明しておくから。

だけどシンシア様、君の未来は君自身で切り開いていかなければならない。

これからどうしたいのか自分の考えをしっかりと伝え、説得出来るように

心の準備をしておいて欲しい」


「あの!…色々と、ありがとうございました」


「いいさ。その代わり、クラリスに勉強を教えてあげてくれると嬉しい。

歴史が苦手なんだ」


そう言って笑いながら去っていくノックス兄様たちを見て

わたしは思わず感心してしまう。


「ヘザーさんといい、シンシアって会った人みんなと仲良くなれてて凄いね

ああ見えてノックス兄様って結構気難しいんだよ?」


「…お兄様が優しい方なだけよ」


シンシアはそう言って意味ありげな微笑みをわたしに見せている。

一体二人のあいだに何があったのか考えていると、

背後から懐かしい声がした。




「ずいぶん面白い登場の仕方をするのね。もしかして、今の転移魔法?」



声の方向へ振り向くと

学園の門の脇に銀色にくすんだ金髪と、やけに鮮やかな紅色の瞳が印象的な

小さな少女が日傘をさして佇んでいた。

パステルカラーで色どり鮮やかに着飾るのが最近の流行なのに

彼女は全身を暗い色でコーディネートしているので非常に目立つ。

その装いがより一層彼女の紅色の瞳を際立たせていて

一度その目に見られたら、全てを見透かされてしまいそうな存在感を醸し出していた。


「ミザリー!久しぶりね」


「本当に久しぶりね。

言いたい事は山ほどあるけれど…

学園であなたにもう一度会えることが嬉しいわ」


そう言ってミザリーは微笑んだ。

その抜け目の無さそうな見慣れた表情を見て、わたしも思わず感慨深くなる。


「そうだね。わたしもまさか戻れるとは思わなかった」


「シンシア様もお久しっぶっ、り……ですね」


「ごきげんようミザリー様

…どういたしましたか?」


シンシアの方へ振り向いたミザリーは

何故か驚愕しているかのように

目を大きく見開いて言葉を詰まらせた。


「いっいいえ。…そのお揃いのリボンが素敵だな、と思って」


「シンシアの手作りなんですって。凄いよね、この刺繍」


「シンシア様から…?

え…あなた達って、そ、そういう関係なの!!?」


「そういう関係って?」


「……何でもない」


珍しく動揺した声を上げたミザリーは誤魔化したけれど、

その鋭い視線はリボンの方に向けたままだ。

わたしは何となく居心地が悪くなり、話題を変えようと先に口を開いた。


「手紙にも書いたけれどね

ミザリーに手伝ってほしくて…」


「ん?ああ、王子たちの動向を教えて欲しいって話?

する必要無いと思うわよ」


「どういう事?」


「だって、ソニアさん成績不良で今年度で退学になるだろうし」


「…へ?」


既に終わったどうでも良い話だとでも言うようにミザリーの口から

恐ろしい話が出て来たので、思わず間抜けな声を上げてしまう。


「なっ何故!?是正措置枠で入って来た人でしょ?」


是正措置枠とは貴族でない者、つまり金銭的であったり

身分的な問題で進学することが難しい平民の中でも

優秀な人達を救済する為に生まれた制度で

その枠は相応に競争率が高く、主人公のソニアはそんな倍率を勝ち残った秀才だ。

ゲームでも決められた期間までに能力を伸ばさないと

ゲームオーバーになる足切りイベントは存在したけれど

普通にプレイしていれば全然余裕なラインだった。


「中に入ってからやる授業は”貴族なら当然知っている”

前提知識を必要とするものばかりだし

そんなものを知らない彼女はついていくのさえ大変だったんじゃない?

何より前期のテストの点数が破滅的だったからね

もう本人にもやる気がないんじゃないかしら?」


「一体なんでそんな事に…

あっ!!!ミザリーって、あなた、あのミザリー・スクラート!?」


唐突に前世の記憶と目の前の人物が重なり合う。

ミザリー・スクラートは

ゲームでも登場してくる重要人物だ。

学園という貴族社会に飛び込み一人苦悩するソニアへ

勉強だけでなく様々な手助けをする

厳しくも心優しい親友の一人だった。

でも、彼女の本当の正体が判明した際ちょっとした騒動が起こるのだ。

わたしが思わず声を張り上げると、ミザリーは不機嫌そうにわたしを睨みつけた。


「…そうよ。ついでに言うとあなたと同じ辺境伯の娘で同級生なの。

お互いの領地は遠いけど昔から手紙でやり取りをしていて、

それなりに長い付き合いがあるつもり。

高名なハーヴィ家のご息女に私なんかの名前を知ってて頂けるだなんて、

とても光栄で涙がちょちょ切れるわ」


「ご、ごめん怒らないでよ」


「まったく…急に変な事言わないでしょ。

だからね、このまま放っておけばソニアさんは学園を去って、王子も大人しくなるだろうし

心配する必要は無いわよ」


「学園を去る!?そっそれは困るわ!!」


「なぜ?」


「そっそれは、えーと…

ソニアさんに勉強教えていたんでしょう?

友達がその勉強が理由で退学するなんて、本当にそれでいいの?」


ミザリーは一瞬驚いたように目を見開いた後、

警戒するかのようにゆっくりと口を開く。


「…勉強はもう教えていないわよ。

私がソニアさんの事を気にかけているのをよく知っているわね。驚いた。

王子だって知らないはずなのに。

いつの間にそんなに情報に敏くなったのかしら?」


「え?えーと~‥

そんな事よりもさ、何故ソニアさんから離れちゃったの?」


「だって、友達が殺されかけた原因の人たちと仲良くなんて出来る?」


「ひょっとして、わたしの事?」


わたしがそう聞くと、ミザリーはそんなの分かり切ってるでしょう、

とでも言いたそうに力強くうなずいた。


「あ、ありがとう…」


ミザリーの事を友達だとは思っていたけれど

まさかソニアさんを切り捨ててまで味方になってくれるとは思わなかったので

嬉しい、というよりも戸惑いの気持ちの方が強かった。

それにミザリーにはぜひソニアさんを手助けして欲しい。

手助けしてくれないと、困るのだ。


「でっでもね、わたしはこの通り学園に戻ったし

もう気にしていないから

ソニアさんに良くしてあげて欲しいの」


「あなた今、王子たちと険悪な関係にあるのに

随分ソニアさんの事を気にかけるのね。

一体、これから何が起こるというの?」


「えっ?何の話?」


「…知ってるんだから。

あなたが未来予知の力に目覚めた事」






挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[一言] クラリスさん達はよく学園生活に戻るですね、こんなバッタバッタて危険そうな状況なのに。。。真相の詳細が解明されていないだから対策しようもないですけど、正々堂々と王都に入るのは流石に心配させてハ…
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