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2 悪役令嬢の破滅

会場の中心では、シンシア嬢とニコラス王子の言い争いは佳境に達していた。

ゲームの主人公、ソニアは不安そうな顔でニコラス王子の後ろについている。

記憶にある通り、肩にかかるくらいの金髪の少女で、瞳と同じ青いドレスを着ていた。

本当にこの世界はゲームの通りなのだ。

イラストとそっくりの姿だったので三次元になるとこうなるのか、

なんて場違いな感動をしていると

ニコラス王子の大きな声で現実に呼び戻される。


「君のやって来たことは、人間として最低な事だ

そんな人間を、俺は妃として迎えることは出来ない」


明確に王子から婚約破棄を告げられたシンシア嬢は

目を見開いて固まっている

割り込むなら今だ。

わたしはゆっくりと深呼吸し、声を発した




「それはさすがに酷いのではないですか」




わたしの声は、自分でも驚くほど会場中に大きく響いた。

いままで経験したことの無い、おびただしい数の視線が

わたしに集まるのを感じる。

緊張で握りしめた手は既に汗でびっしょりだ。

ニコラス王子は水を差されて不機嫌そうにわたしを睨みつけてくる。


「何だ、君は」


部外者は首を突っ込むな、とでも言いたそうな口調だ。

ゲームでこんな敵意むき出しの表情を主人公に向けてくることはなかった

わたしは今この瞬間主人公たちの敵になってしまったのかもしれない。

けれど、わたしは臆すること無く言葉を続ける。


「シンシア様は、ずっとニコラス殿下の事を想って行動して来たのですよ

一方的に悪と断じるのはあまりにも彼女の気持ちを蔑ろにしていると思います。

ソニアさんと知り合ったばかりなのに、よくそのような事が出来ますね?」


「俺はソニアの優しさ、明るさに惹かれた

籠の中の鳥だった俺に、空の広さを教えてくれたのだ。

運命の人だと思った。

君は人を好きになったことはないのか?

こういうのは直感的な話なんだ」


テンプレみたいなセリフにわたしは思わず呆れた。

彼はもう15歳の成人だ。いい大人がそんなセリフを吐くのはハッキリいって恥ずかしい。


「そもそも、ソニアさんがこの状況をどう思っているのか考えたことは無いのですか?

愛を囁かれても相手が王子だったら周囲の目を気にしてそれどころではないでしょう

今、彼女は針の筵だと思いますよ?」


実際ゲームのソニアはこの時期、登場人物に一方的に振り回され

周囲は敵だらけになり恋愛どころではない。

その状況でも何とか友人たちの力を借りて成長していくのだ。


「シンシアが率先してソニアに辛く当たったのだ

そんな事をしなければ今の状況にはならなかっただろう。

責任はシンシアにある。」



「それは時系列が逆でしょう

ニコラス殿下がシンシア様を蔑ろにしたから

嫉妬してソニアさんをいじめたのです。原因は殿下にあると思いますが?

結局、殿下は自分の気持ちしか考えてないのです

シンシア様の立場になって考えようとは思わないのですか」


それにしても、よくこんな舌が回るものだと自分でも感心する。

蘇った記憶は混濁していてまだ判然としていないけれど

前世のわたしはお喋りだったのだのだろうか?

さっきまでのわたしだったら絶対何処かで言葉が詰まっている。


「…それでも、シンシアがやってきた事は見逃せない。」


「…最低ですね

相手の気持ちを慮りもせず自分のことしか考えることが出来ないような人が

王になんてなれるハズもないしあってほしくないです。

あなたにはシンシア様みたいな一途で純粋な方は相応しくないわ。

シンシア様!」


「え、あ、はい!」


明確に王子を非難するわたしの言葉は

会場をざわめかせた。

状況が飲み込めず会話に置いて行かれぽかんとした顔をしていたシンシアだが

急に名前を呼ばれて驚いたような声を上げる。


「こんな方が居るような場所、あなたには相応しくありません。

わたし達はこれで失礼させていただきましょう!」


目を白黒させるシンシア嬢の手を取ると、それでもしっかりと握り返してくる。

何だかそれが、わたしは正しい事をしたんだという

証明のような気がして無性に嬉しく思えた。


彼女の手を引いて会場を後にする時、マクスウェルたちと目が合う。

二人とも、信じられないものを見たかのように口をあんぐりと開けていた。



挿絵(By みてみん)





「あの、ええっと…申し訳ございません

あなたのお名前は…?」



「クラリスです。クラリス・ハーヴィーと申します」


「ああ、辺境伯の…」


シンシア嬢はずっと何か言いたそうにしているが

黙って付いてきてくれる。

まともに会話もしたことがない人間が突然王族批判をしてまで擁護した挙げ句、

パーティーから連れ出されるなんて突飛すぎて状況を理解出来ていないのだろう。

わたしがこんな事されたら絶対引いてる。正直近寄りたくないと思うかもしれない。

そう思うと気が重くなってくる。


シンシア嬢の部屋の前に着くと

彼女は不思議そうにわたしの顔を見つめてきた。

ゲームの記憶があるのでまっすぐ来れたけど

交流を持たない彼女の部屋なんて本来わたしが知るはずもないので不思議に思ったのだろう。

けれど、ここから何をどうして良いのか分からない。

とりあえずパーティー会場で彼女がこれ以上辱めを受ける事は無いし、ひとまず大丈夫だろう

緊張で疲れた。もう帰って寝たいのでお暇しようと声をかける。


「では、私はこれで失礼いたします。

どうか気を落とさないでくださいね」


「え?

あ、あの!えっと…お茶でも飲んでいかれませんか?」


さっさと帰ろうとするとするわたしを

思考が回復したシンシア嬢はハッと気づき引き止めてきた。

まあ、そうだよね…この状況で何も言わず帰ろうとするわたしがおかしいよね。

これだから面倒くさがりは、と自分に毒づきながら謹んでお茶の誘いを受けることにした。



部屋に案内してもらっても

お互い無言なので気まずい空気が流れる。

シンシア嬢は今どんな気持ちでお茶を飲んでいるのか

無遠慮に声をかけるのは躊躇われるしどうしようと悩んでいると、

彼女が先に話しだした。


「先程はありがとうございました

…まさか、あの場面で加勢して頂けるなんて思ってもいませんでした」


「あれではまるで公開処刑です。シンシア様だけに非があるみたいじゃないですか。

出過ぎた真似をしてしまったかもしれませんが、

あまりにも酷かったのでつい口を挟んでしまいました。」


「…いえ、クラリス様はああ言ってましたが、結局私が全面的に悪いのです。

大人しく引けばよかったのに嫉妬に駆られてあんな事をやるなんて

まるで子供ですね」


そういってシンシア嬢は自虐的に笑うが、

目は充血しているし手は固く握られている。

婚約破棄された直後なのだ。無理をしているのに決まっている。

幼い頃から体面こそが全てだと教育されて生きてきた彼女の精一杯の強がりなのだ。

こんな状況になっても家名に傷がつかないように感情を制御している姿は

痛々しくさえ思える。

わたしがシンシア嬢の横に座り直して顔を向けると彼女は戸惑った顔を浮かべた。


「…どうしましたか?」


「泣きたい時は、ちゃんと泣いたほうが良いですよ

ここにはもう誰も咎める人は居ないのですから。」


シンシアは苦笑いを浮かべながら、そんな事無いです

と小さな声で答えるがもう限界寸前なのだろう。

彼女の背中をいたわるようにさすってあげると

涙がぽろぽろと溢れ出てくる。


「…私は、これからどうすれば良いのでしょう

きっともう学園にはいられません。

でも、他に行く宛も無いのです。」


「わかりません。でも今考えても解決できる事ではありませんし

先のことはまた明日考えましょう?

そんな事より、今シンシア様がやるべきことがあると思います」


「?」


「思いっきり泣く事です!」



手を広げてわたしの胸にさあどうぞ!というジェスチャーをする。


…こんなの丁重にお断りされるに決まっている、

わたしは何様のつもりなのだろう?と、心の中の自分に突っ込まれ少し顔が火照るのを感じる。

前世の自分は今とは真逆の結構グイグイ行く性格だったらしく

記憶が混ざった結果、行動と思考がちぐはぐな感じがする。


少しの間があり、あんなセリフ吐くんじゃなかったと後悔し始めたあたりで

わたしの胸にシンシアがゆっくりと体を預けて来てくれた。

小さな声で失礼します、と声をかけて来たので

どれだけ育ちが良いんだこの子はとちょっと感動する。


優しく抱きしめてあげてしばらくすると、かすかにすすり泣く声が漏れてくる。

気持ち的には子供をあやす母親のような気持ちで

優しく抱きしめてあげたかったけれど

身長差があり過ぎて半ば押し倒されるような格好になってしまったのが

なんとも格好がつかない。

前世で飼っていた大型犬がわたしが家に帰ってくると、

抱きついてきてこんな感じだった事をふと思い出す。

同じように背中をわしわしと撫でてあげていると、

胸の中で彼女が少しづつ気持ちが落ち着いていくのが伝わってくる。

しばらくすると、そのまま泣きつかれて眠ってしまった。

憑き物が落ちたようにスッキリした表情で眠る彼女は

15歳という歳相応のまだ幼さの残る少女に見えた。


私はその綺麗な顔を見ながら

行動を起こしてよかったという満足感と

これからどうなるのか、先行きの見えない不安で頭がいっぱいだった。

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