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18 戦う目的

ノックス兄様が噴出した飛沫が

思いっきりかかり

服がビショビショになったのに

お父様は全く気にする様子がない。

目を見開き、何か言いたそうにしているけど

二人とも口をパクパクするだけだ。

横を見ると、シンシアが顔を手で覆い

耳まで真っ赤にしてうずくまっている。


そんな様子を見て

わたしも急に自分の発言が恥ずかしくなり

続く言葉を無くしてしまう。


なんだかもう、しっちゃかめっちゃかだ。



そんな気まずい沈黙を、レクが破った。


「領主殿、発言をしてもいいだろうか」


「ん、あ、ああ

娘を助けてくれた事に礼を言っていなかったな」


話題を変える事が出来ると思い

ほっとしたのだろうか、お父様がこくこくと頷く。


「いや、その事は良いんだ。

確認したいのだが、シンシアの移送は宰相からではなく

その白の塔とやらからの申し出なのだろうか?」


「そうだ。

あそこは欲しいと思った人材は

半ば強引に引き取る事で有名だからな。

宰相殿からの許可は取ったというが

どこまでが本人のご意思なのか怪しいものだ」


「なのにクラリスの願いを聞き入れず

シンシアをその悪名高い白の塔へ送るのは

結局、この領に発言力が無いからなのだろう?

さっきから周りの顔を伺う様な言葉ばかりだ」


お父様は一瞬不快そうに顔をしかめたが

一呼吸おいて頷いた。


「…悔しいが、そうだな」


「ではその白の塔の使者とやらに

シンシアはこちらで保護すると言って追い返せばいい。

聞いた限り、相手も武力による恫喝をしてくるだろうが

中央の組織が領内でそんな事をすれば自治制を揺るがす重大な事案だ。

逆に圧倒的な力で鎮圧し、容易に従わせる事は出来ないと思わせればいい。

そうすれば塔どころか、中央全体にこの領の力を示せるだろう?

発言力を高める良い機会じゃないか」


レクのあまりにも脳筋な意見にわたしは眩暈がする。

お父様も同様だったようで深く溜息をつき、言葉を続ける


「…簡単に言うがな、

相手は塔の精鋭たちのはずだ。

現実的ではないな」


「だが、クラリスなら出来る」


「…なに?」


その場にいた全員の視線が、わたしに集まる。

突然話を振られ、わたしもぎょっとしてレクを見返しても

そんな周りの雰囲気など意に介さず、レクは淡々と話を続ける。


「先ほどの話に出てきた、クラリスを助けたヘザーという者は

境界の魔女の事だ。

俺は境界の魔女から彼女たちを庇護するよう指示を受けている」


レクがそう告げると、今度はお父様が飲んでいた紅茶を盛大に噴出した。

横に居た兄様に思いっきり飛沫がかかるけれど

全く気にかけず、呆然と私たちを見比べている。

二人とももうビショビショだ。

変な所で似ていて、親子なのを実感する。


「な、なぜ境界の魔女がクラリスになんて関わるんだ!?」


「クラリスは魔女に才能を見出され、

治療の合間に魔法の手ほどきを受けた。

そして、二か月の間にその才能を開花させ

正式に弟子として迎え入れられた。

彼女は既に、既存の魔法使いという枠から外れた能力を持っている。

この状況を打開できるだろう」


レクの説明に身を乗り出すように前のめりになって聞いていた

お父様が訝し気な表情をしながら、ソファにどかっと座りなおした。


「…すまないが、

とても信じられる話ではない」


「この家の前に現れた時に使っていた転移魔法は

クラリス自身のものだ。

俺たち5人を同時に転移させても、

彼女の魔力は微塵も減っていないだろう?」


「……クラリス、本当なのか?」


わたしとレクを交互に見比べてお父様は絞り出すように問いかけて来る。


「え、え~と…はい」


転移魔法ではなく、空間圧縮魔法だし

魔力も自分のものではなく、周囲の魔力を勝手に

吸い上げる虚空剣を使ったおかげで魔力が減っていないだけだ。

そもそも、いつの間にわたしは弟子になっていたのだろう?

でも細かく突っ込むのも野暮だし

大筋では間違っていなかったので同意しておくことにした。


「いや、しかしクラリスを危険な目に遭わせるわけにはわけには…」


「ではクラリスの力を見せれば納得してくれるか?」


「は?」


「俺は毎日クラリスへ稽古をつけている。

その様子を見れば、彼女の実力がわかるだろう?」


「……」


「まずはそれを見てから判断しても良いんじゃないか?

それに、貴族なら魔女の弟子の力を見てみたいだろう。

あの境界の魔女の力の一端を、見られるんだぞ」


その言葉を聞いてお父様は同意するように

むぅ、と小さく唸り声を上げた。






話がややこしい方向へ向かっている気がする。

色々な人の思惑が錯綜していて

何が何やら分からない。


宰相はシンシアの事を大切だから塔へ送ろうとしているのだろうか?

それともこれ以上家名に傷が付かない様に

切り捨てるつもりなのだろうか?

離反騒ぎを起こした次は、引き渡しを求める塔の要求を突っぱねるなんて

お父様はそんな事、決断するだろうか?

何故、レクはわたしを戦わせようとするのか?

そもそも、もうわたし達はゲームの物語の外側に居るはずなのに

なぜゲームに出て来る白の塔の名前が出て来るのだろう?


どれもこれも

予想する為の判断材料が少なすぎる。



もう面倒くさい。

シンプルに考えよう。

誰の思惑が絡んでいようと

わたしの目的は変わらないのだ。

シンシアが穏やかに、平穏に暮らせればそれでいい。

その目的を果たす為に全力を出すまでだ。

何か問題が起こったらその度に対処していけばいいじゃないか。

レクと戦うことで、シンシアが塔へ行くことを免れる可能性があるのなら

戦う事に集中するべきだ。


そんな事を考えながらレクとの稽古試合に臨むべく

廊下を移動していると、

シンシアとミリーが何か言いたそうにわたしの

様子を伺ってくる気配がしてくる。

わたしが感情に任せて勢いで家を出るだなんて

言ってしまったので

何か一言申したいのかもしれない。

そんな無言のプレッシャーを無視していると

ミリーがはあ、と溜息をついた。


「シンシア様

クラリス様の表情、よく見ておいてくださいませ。

この面倒くさそうな顔をした時は、

大抵の場合、大変面倒な事を引き起こします。

…もう起こってるかもしれませんが」


…何やらミリーが失礼な事を言ってたけれど

わたしは聞こえないフリをした。

代わりに、先ほどの会話で一番疑問だった事をレクに聞くことにした。


「あの、境界の魔女って何ですか?

さっき皆がざわついていましたけど」


「師匠の、ヘザーの別名だ。

生と死の境界を魔法で弄ぶ

治癒と殺戮の専門家。それが、師匠の本当の姿だ」


「でも、それだけではありませんよね?

何だか貴族では名が通っているようでしたし」


「その事は、シンシアの方がよく知っているんじゃないか?」


シンシアはそれに同意するように静かに頷いた。


「昔、バルモント男爵家の当主がヘザーさんと

不老不死になる契約をしたらしいのです。

…詳細は明かされていませんが、脅迫じみたとても強引な方法で」


地位もお金もあるような人間が次に欲しがるのは

永遠の命、というのは何ともありきたりだ。

しかもあのヘザーさんを従わせるなんて

どんな悪辣な手を使ったのか想像もつかない。

わたしは思わず顔をしかめてしまう。


「当主は無事不老不死になったのですけれど

でも、そこからが大変だった。

不老不死と言っても、アンデッドになっただけでしたから

夜な夜な生き血に餓えるようになっていたのです。

勿論、当主もそれは予想していたから

適当な平民を食料として攫ってきていたけれど

ヘザーさんによって生き血を飲めないように

封じられていたのです。

毎夜の如く満たされる事の無い飢えと渇きに耐えかねて

自害しようとも考えたらしいけれど、自らを傷つける行為さえ

封印されていて、更に神聖魔法や聖水への耐性まで

持たされていたそうですよ」


「人間を魔物にした挙句、その弱点を克服させたって事ですよね?

…そんな事、出来るんですか?」


「少なくとも、わたし達貴族が持つ魔法知識では

どんな魔法が使われたのかさえ分からないと思います。

それくらい、ヘザーさんは隔絶した力を持っていた。

当主も自身に施された魔法をどうする事も出来なかったそうで

数十年にも及ぶ苦痛によって、最後は正気を失っていたのでしょうね。

ヘザーさんに自らの死を望むという契約を、独断で再び交わしたそうです。

バルモント家の血筋の者は、今後ヘザーさんの言いなりになる、

という代償を払って」


「ええ…」


「その話は当然、王にまで伝わりました。

王が送った使者に対して、ヘザーさんはこの契約を行使する事は無いし

バルモント家に対して何かを要求することも無い。

ただ、放っておいてくれ、とだけ返したそうですよ。

それからは強大な力を持つ

魔女を怒らせるとこうなる、

という代表的な例として境界の魔女の名前は

悪い意味で貴族の間で有名なのです」


「シンシアは、ヘザーさんがその境界の魔女なのを

知っていたのですか?」


「…いいえ。知りませんでした。

でも、今考えれば色々と納得できますね」


ヘザーさんが貴族嫌いな理由が、やっと分かった。

もしかしたら、貴族であるわたし達に魔法の手ほどきをしたのは

単なる気まぐれではないのかもしれない。

虚空剣を、根源魔法を持つわたしは

ヘザーさんの信念を曲げるほどの何かを持っていたのだろうか?



わたし達は錬技場に場所を移し、稽古試合の準備をしていた。

貴族のフリフリなドレスから

いつもの儀礼服を流用した稽古服に着替えると

心が妙に落ち着く。

こちらの方が前世で着ていた服の様に動きやすく、

身体に馴染むからだろうか。

よく見るとあちこちが擦り切れてボロボロなのはみっともないけれど

それがわたしの成長の歴史を刻んでいる様に思えて

ちょっとした愛着が芽生えているのかもしれない。



「乗り気じゃないみたいだな」


先ほどのお父様たちとの会話を反芻しながら

虚空剣をじっと見つめていると

レクが話しかけてきた。

稽古用の剣を持ってはいるが、今までの稽古の様に軽装ではなく

なぜか防具をフル装備で付けている。


「当り前ではないですか。

わたしが塔の人達に勝つなんて

どう考えても無理があるでしょう?

中央の魔法使いの中でも精鋭の人々ですよ?

お父様も何を考えているのか…」


「あんたが、もし俺にさえ勝てない程度の実力なら

あの影の魔物からシンシアを守れるとは思えない。

塔とやらの方が安全だし、あんたが付いていくだけ無駄だ。

無駄死する可能性だってある。

ここであんたの力を示せなかったら、力づくでもあんたとシンシアを引き離すつもりだ。

例え二度と会えないとしても、な」


「……」


あまりにも辛辣な言葉を口にするので、

わたしは思わず顔を背けてしまう


「だから俺は手を抜かない。

俺は今、あんたの敵だ。

シンシアを守る為に、

シンシアと一緒に居る為に倒さなければならない敵だ」


「レクが、敵…」


わたしがそう呟くと

手にした虚空剣が反応し、

勝手に魔力をわたしに送り込んでくる。

まるで、目の前に立ちふさがる敵を倒してやると、

わたしに語りかけてくるようだ。

すぐに体内の魔力貯蓄量が飽和し

魔力の通りやすい髪の毛が光り輝いていく。

わたしは突然起こった現象に戸惑うが

レクは構わず言葉を続ける。


「あんたの戦いは、

シンシアを守る戦いは今、ここから始まるんだ。

それに相応しい試合である事を、俺は望む」


わたしはその言葉に答える代わり、

訓練用の剣を構えた。

腰に携えた虚空剣はまだ勝手に魔力を送ってきていて

勿体ないので防殻魔法や身体強化魔法にありったけの魔力を注ぐ。

レクはわたしの様子を見て静かにうなずき

魔法を放つべく片手をわたしへ向けた。


騎士同士の稽古試合では

まず最初に目上の者が魔法で攻撃する。

下の者はその攻撃に耐え、剣を交えるに値する実力があることを証明するのだ。

レクが一端の剣士としてわたしに敬意を払ってくれる事に

少しだけ嬉しくなった。


けれど、その後に続くレクの呪文は

そんな儀式めいた作法とはかけ離れた

恐るべき殺意が込められた攻撃魔法で、

わたしの浮ついた気持ちは一瞬にして吹き飛んだ。


「炎よ、クラリスを焼き殺せ!」




その瞬間、わたしの目の前で光が弾けた。





挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 作者さん、更新はお疲れ様です! お兄様、汚いですよw クラリスさんも恥ずかしいですか、可愛いw そうですか、お父様の権力が弱いという一面も有るですかぁ。 ヘザーさん、物凄く有名かつ恐ろしい…
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