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14 出立の前日

出立する前日は

破壊された馬車から取り出していた修道院で使うはずだった道具や

ミリーが持ってきてくれた洋服で

思った以上に荷物が多く、ようやく準備がひと段落したのは

夕食の時間になってからだった。


最後だからとミリーとパメラさんが腕によりをかけて作ってくれた料理は

とても美味しくてヘザーさんは皆が行ってしまうのが

残念でならないとしきりに口にしていた。

まだまだ彼女から学ぶことはあったし、きっとまた皆で戻ってきますね

と言うとヘザーさんは何時でもおいで、と嬉しそうに笑っていた。

そんな皆が楽し気に会話をしながら食事をしている間

シンシアだけは妙に静かだった。

背筋をピンと伸ばして丁寧にスプーンを口へ運ぶ姿は

それだけで絵になるのでついつい目が吸い寄せられてしまう。

何だかいつもと雰囲気が違うので何かあったのかと考えていると

食べ終わったシンシアがスプーンを置いて、真剣な表情で私に話しかけてきた。


「ク、クラリスあの…ちょっと良いでしょうか?」


「え、あ、はい!なんですか?」


あまりにも真剣な顔を向けてくるので、ずっと見られてて嫌だったのかなとか

わたしの食事マナーが悪すぎた?と悪い事ばかりが思い浮かんで緊張していると

シンシアは2枚の金色の刺繍が入った白い布を取り出してきた。


「これ、ずっとシンシアが取り組んでいたものですよね?

完成したのですね。

なんて綺麗で綿密な刺繍…とてもわたしには真似出来そうにないです…」


「この片方を貰っていただけませんか?」


「え?

それって…」


シンシアはゆっくりと頷く。

この世界で同じ刺繍を入れたものを相手に送るのは

親愛と絆の証だと言われている。


「わたしなんかが、その…良いのですか?」


「クラリスにこそ身に着けてほしいのです。」


「う、嬉しいです…

えっとじゃあ、髪留めのリボンにしてもいいですか?」


わたしがそう答えると

シンシアは付けて差し上げますね、と言っていつも付けている赤いリボンの代わりに

その白い布で髪の毛を結んでくれた。

そして残った片割れの布を自分のサイドテールを結んでいる

リボンにしてわたしに見せて来て


「これで、お揃いですね」


そう言ってちょっと気恥ずかしそうに笑いかけてきた。


それを見てわたしの目から、自分でもびっくりするくらい涙が溢れ出てくる。

何とかして涙を止めようと努めるけれど一向に収まる気配が無い。

わたしが満面の笑みを浮かべながら涙を流すので

シンシアもどう対処して良いのか分からずあたふたしている。

何とかして感謝を伝えようと

シンシアの手を握りながらありがとう、嬉しいと何度も口にすると

わたしの思いが伝わったのかシンシアも、そんなに喜んでもらえて嬉しい、と

つられてちょっと涙ぐんでいた。



…嬉しくて涙が出るなんて本当にあるんだと、わたしは初めて知った。






その夜、私たちはベッドの上で遅くまで語り合った。

シンシアから白い布に入った刺繍はヘザーさんに習った特別なものだと聞いたり

お互いに魔法や剣の修行の大変さを振り返ったり

明日向かうハーヴィ領の海鮮料理の美味しさや

航海士の間で流れている噂話や伝説を

シンシアはとても楽しそうに聞いてくれた。


夢中になって話していると

シンシアが大きなくしゃみをするので

心配して彼女の手を触ると、びっくりするくらい冷たい。


「今日は、一段と冷えますから毛布が何処かに無いか探してきますね」


わたしはシンシアの言葉を聞いて、ふと頭に思い浮かんだことを口にした。


「…ね、一緒の布団で寝ちゃいませんか?

こんな夜中に廊下に出ると誰かを起こしてしまいそうですし

その方がきっと暖かいですよ」


「良いのですか?」


「今ならパメラさんやミリーから咎められる心配も無いですし

同室で寝れる事はもう無いかもしれませんから。

だめですか?」


「そうですね。今夜だけなら…良いですよね」


シンシアはいけない事をする悪戯っ子のような笑みを浮かべて

布団にもぐりこんできた。

わたしは布団を押し上げて、手を広げる恰好で待っていたので

自然とシンシアはわたしの胸にうずくまる様に身体を預けて来た。

彼女の身体は思った以上に冷えていたので

温めてあげる様に抱きしめて背中をわしわしと撫でてあげると、

気持ちよさそうに笑っていた。


この寒さだとハーヴィ領ではやませが吹いているかもしれない。

冷たく湿った海風が大陸の暖かい空気にあてられて霧を生み、

作物を凍らせ、枯らしてしまうのだ。

きっと明日は農業部門を統括している兄様は

被害状況の確認で奔走している事だろう。


…味方になってくれそうな兄様がいないまま、

お父様の前に立つ事になるかもしれない。


わたしは王子を公衆の面前で真正面から批判し

更に魔物に左腕を失う重傷を負い、文字通りキズモノになった。

ハーヴィ領の離反騒ぎの原因であるわたしに、近寄る人は少ないだろう。

わたしにはもう貴族の娘としての価値は、無い。


最悪わたしは一連の責任を取って廃嫡され

学園に戻るどころか、両親のいる屋敷に足を踏み入れる事さえ

二度とないかもしれない。

もしかしたら、父からの呼び出しはそれを告げる為かもしれないのだ。


シンシアも、自分の行いから婚約破棄され修道院へ行くはずだった身だ。

宰相である父からは彼女に愛想を尽かせたからなのか

それとも何か他に理由があるのか

未だに連絡は来ない。

それに彼女は周囲に隠しているけれど

いつ襲ってくるか分からない魔物の影に

怯え、夢でうなされているのをわたしは知っている。


パメラやミリーも、お金で雇われている人たちだ。

廃嫡となればわたしたちの元を去るだろう。


どうなるのか明日お父様と会ってみないと分からない。

でも少なくともこんな平穏な日々は今日で終わりだ。

シンシアもわたしも、ずっと口には出さなかったけれど

お互いそれをよくわかっていた。


だから不安で不安でたまらなくて

相手にすがる為に、相手を安心させたいが為に

抱きしめあっているのだと思う。

シンシアの気持ちに付け込んでいるわたしはずるいのかもしれない。

それでも、わたしは彼女のぬくもりを感じることが

出来てとても幸せだった。

少なくとも彼女が今生きていて、目の前にいるのを感じる事が出来る。

それがわたしにとって何よりも重要な事だったから。


「クラリス」


そんな考えが頭の中をぐるぐる回っていると、

シンシアがそっと耳元でささやいて来る。

抱きしめあっているので表情は分からないけれど

優しく、穏やかで包み込む様な暖かい響きがあった。


「明日はきっと大変でしょうけれど

一緒に頑張りましょうね」


それは、以前わたしが彼女に投げかけた言葉だった。

わたしを気にかけてくれるのが嬉しくて

思わず気が緩み目頭が熱くなってしまう。


今声を出したら、きっと震えてしまうので

答える代わりにまた背中をわしわしと撫でてあげると

わたしを抱きしめる力が段々と緩んでいき

気が付くとシンシアはわたしの胸の中で眠ってしまっていた。


そっと彼女の表情をのぞくと

とても幸せそうな寝顔をしていたので

つい魔が差して思わずおでこにキスをしてしまう。

けれど幸福感も、満足感も無く

代わりにとてつもない罪悪感が湧いてきた。

こういう事は、家族か、恋人がやる事だ。

友人であるわたしがやるべきではなかった。

だまし討ちをしたみたいに彼女の大切なものを奪ってしまった気がして

凄まじく後悔してしまった。


わたしは罪悪感を誤魔化すように、シンシアの髪を手櫛で撫でそろえた。

よく手入れされた髪の毛は一本一本が細いのにふわふわで触り心地がよく

わたしはその感触を感じながらあっという間に眠りに落ちて行った。




その時のわたしは忘れていた。

シンシアは狸寝入りが上手な事に。

彼女が実はしっかりと起きていて、顔が真っ赤になっている事に

気づきもしなかった。


だからわたしが眠ったあと、お返しの様に

彼女がわたしの一番大切な所に

口づけをした事にも、気づく事は無かった。




挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 作者さん、更新はお疲れ様です! おおぉ!素敵な百合百合イチャイチャ、とても尊いです〜
[一言] 面白くて一気読みしてしまいました 身長差てぇてぇ
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