表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/28

13 修行

わたし達が行方不明になったのを知った

ハーヴィ領領主である父は

わたしが領に戻るまで王国へ一切の税を収めることを

拒否する述べを宰相府に通達したらしい。

わたし達が生きている可能性は絶望的と見られていたので

事実上の、王国に対する離反行為だ。


王族を批判したからと言って、領主に断らず一方的に

自分の娘を修道院送りにされ、その道中魔物に襲われ行方不明になったのだ。

あまりにも領主を蔑ろにした行為であり

黙っていては貴族としての沽券に関わるという事なのだろう。

王都とハーヴィ家は一時は非常に緊迫した状態だったらしい。

治安維持部隊は既に出動の準備を整えていたが

事を荒立てたくない宰相府が600人を超える

捜索隊をこの近辺に派遣していたのだという。


捜索隊の中にはモノ探しの魔法に長けた者も居るはずだ。

なのに、この森は平穏そのものだった。

一体ヘザーさんは、どんな結界を施していたのだろう?

彼女の力の一端を垣間見た気がする。



「…なので、クラリスお嬢様には出来るだけ早く

領へお帰りになってほしいのです」


ミリーは一通り説明した後、わたしに向き直って切り出した。



「お断りだね」


わたしが答えるよりも早く

ヘザーさんがその言葉を拒絶した。

その声には明確な怒りがこもっていて

いつも穏やかな彼女しか見たことが無かったわたしは驚いてしまった。


「貴族の事情なんて知ったことじゃない。

クラリスちゃんはやっと動けるくらいに回復したばかりだ。

そんな子を騒ぎの中心に連れ出す気かい?

貴族なんて子供を政治の道具くらいにしか思っていないのかね

そんな奴らの言葉なんて、従う気はないよ」


「でも…いえ、そうですよね。すいません。

せめて、いつお帰りになる事が

出来るのか教えていただけませんか?」


「……二週間、いや三週間後だ」


「分かりました。

その様に伝えておきます」


「あの、ヘザーさん」


わたしが口を挟もうとするとヘザーさんは

言いたいことは分かっている、と言いたそうな表情を向けてくる。


「…分かってるよ。

この子は後ろに居る貴族どもの言葉を代弁したに過ぎない。

ついつい口調が強くなってしまったね。謝るよ」


「いえ…

正直、お嬢様の状況を見たらわたしも同じ気持ちになりました。

クラリス様の事、心配してくださって有難うございます」


ミリーが深々とお辞儀すると

ヘザーさんは珍しく、バツの悪そうな顔をした。


「それで、シンシアの事は何て言っていましたか?」


「それが返答なし、です」


「…そうですか」


横を見るとシンシアは落胆とも納得している様にも見える

複雑な表情を見せていた。

宰相府は今忙しくてそれどころでは無いのだろう。

だがそれは、宰相にとってシンシアの優先度が

著しく低い事の証明でもあった。


「シンシア、わたしの領へ一緒に行きませんか?

今更修道院へ行くというのも何だかおかしいでしょ?」


わたしの提案に、シンシアはふるふると首を振って答えた。


「外に出たらきっとまたクラリスに迷惑をかけてしまいます

私はずっとココに居た方が良いのだと思います。

ヘザーさんが結界を張っていますし、レクさんも居るでしょう?」


「ならあの魔物に対抗出来れば良いんですよね?」


「レク、わたし達の護衛を引き受けてくれませんか?

魔物を退けたあなたが居るなら、きっとシンシアも安心できると思うの」


「…師匠」


「行っておやりよ」


ヘザーさんは何故だかとても楽しそうに、レクをみてニヤニヤと笑っている。

レクはそれにも特に反応せず淡々とわたしに返答した。


「だそうだ」


「ですって!シンシア

これでもう安心でしょう?」


「ミリーさんが、クラリスは言い出したら聞かないって言っていた

意味が少し分かった気がします。

でも、危ない時は逃げることを優先してくださいね?」


そう心配の言葉を口にしながらも、彼女はとても嬉しそうに笑っている。

わたしも、もう暫くは一緒なのが嬉しくて思わず舞い上がっていると

ミリーがもう少しシンシア様を見習ってお淑やかに喜んでください、と窘めてきた。

なんだかそれが、学園に居た頃の日常に戻れた気がして

わたしは笑顔を見せながらもちょっとだけ涙ぐんでしまった。


三週間後に出立する、という目標が出来たわたしは

魔物に対応する力を付けるために

シンシアと一緒にヘザーさんから魔法の指導を受ける事になった。

シンシアも受ける事になったのは、

以外にもヘザーさんの方からの申し出だった。

二人がわたしの知らないところでどんどん仲良くなって行く

シンシアのコミュ力の高さは、

わたしと釣り合わない人だという事の証明の様に思えた。

今はいつも一緒に居るけれど外に出たらきっと

彼女の周りには沢山の人が集いわたしなんて隅っこに追いやられてしまうだろう。

そんな光景を思わず想像してしまったけれど今考えてもどうする事も出来ないので

寂しい気持ちを出来るだけ意識しないように努めた。



ヘザーさんの指導は、黒い剣に名前を付ける事から始まった。

封印されているとはいえ剣の中に渦巻く魔力は少しづつ増していて

非常に不安定だから早く制御出来るようになって欲しい、

とヘザーさんがずっと口にしていたからだ。

魔法に於いて名前を付ける、という行為は明確に所有者を確定させる重要な事なので

レクとヘザーさんは仮の名前として黒い剣をクラリスの魔剣と呼んでいたけれど

まるで造ったわたしが魔王みたいな響きで

あまりにも酷い呼び名だったので、わたしは改めて虚空剣と名付けた。

名付けたことによりわたしの制御下に入った虚空剣は、まだまだ魔力が枯渇気味だった

わたしの身体にその魔力のほとんどを送り込んだ。

名付けも終え、内包する魔力をほぼ空にした虚空剣はようやく安定したらしく

ヘザーさんは心底ほっとした様だった。


時空間魔法は威力や範囲を広げるほど無制限に魔力を消費するし

ヘザーさんの指導の(もと)で編み出した空間操作を発展させた重力魔法では

特にそれが顕著で、虚空剣による魔力供給はとても重要になりそうだった。

そんな様子を見てヘザーさんは重力操作なんて聞いたことが無い、

異世界の知識は異質すぎるとしきりに呟いていたし

シンシアの炎の魔法が特殊な事に気づかせた

わたしの知識はどんどんとこの世界の常識を壊していく気がした。


午後は虚空剣を扱う為に

なんとレクから剣の訓練を受ける事になった。

小さい頃おじい様に地方領主の娘たるもの基礎くらいは、

と指導を受けていたのを思い出し少し懐かしく思ったけど

すぐにそんな郷愁は吹き飛んだ。

剣の訓練では虚空剣は持たされず、

普通の金属製の剣を振るう様に言われたからだ。

軽い片手剣とはいえ、金属の重量のあるしっかりとした剣を使い

ひ弱なわたしにも一緒に訓練しているパメラと同じ厳しいメニューを課すので

わたしの右手はあっという間にマメだらけになった。

病み上がりの人間に対して行う訓練ではないと不満を言っても

死ぬよりはマシだろう、とレクは聞く耳を持たなかった。


「レク、ここまでやる必要あるんですか?

わたしが振るうよりもレクが使った方が良いのですし

その…片腕だけでは限界があると思うのですが」


「俺がやられた時、本人が虚空剣を扱えないのは問題がある。

それに優秀な隻腕の剣士なんて幾らでもいるぞ」


「ひ弱なわたしが幾ら剣の手ほどきを受けても

上達出来るとは思わないのですけど…」


「そんな事は無い。

剣筋は綺麗だし、技のつなぎ方、組み立て方は光るものがある。

クラリスには剣の才能がある。

鍛錬を続けていけば、それなりに身になるはずだ」


そう言われてちょっと得意になったが

続くレクの言葉は辛辣なものだった。


「まあただ、絶望的に体格や筋力が足りないな。

せめて身長がシンシア並みに高かったらよかったんだが

幾ら努力してもこればっかりはな」


「…それって才能が無いって事じゃないですか」


「何事もやりようだ。魔法があるんだから工夫しろ」


「うーんじゃあ、虚空剣を使ってもいいですか?」


そう言うとレクは顔をしかめて

わたしの事を警戒するようにじっと見つめてくる。


「…俺を殺す気か?」


「ち、違いますよ!

魔力供給源として使いたいのです。

わたし、これでも病み上がりなんですよ?」


「…まあ試しに使うのも必要か」


そう言って、渋々虚空剣を鞘から出して渡してくれた。

何故か虚空剣には触らせたくない

という意図を感じるのが少し不思議だった。

そういえば、実戦で使った事があるのはレクだけだ。

わたしは使ってる時気絶していたし、

ただの魔力源としてしか考えていなかったけれど

レクの警戒っぷりから次元でも切断する威力でも持っているのかと思い

恐る恐る振ってみると、まるで身体の一部のように

手によく馴染んだ以外はごくごく普通の剣と変わらないのでほっとした。

安心したわたしは、早速魔力を受け取る準備をする。

願っただけで生じた根源魔法である虚空剣には

発動呪文というものが無い。

だから新しく剣を生み出せるかどうかも分からないし

使う時もただ剣に願うだけで力を発揮する。

けれど、口に出して願った方が想いがより強くなり

魔法の効率が高まるというヘザーさんからの指導に従い

わたしは剣を構え、言葉を紡ぐ。


「虚空剣よ、主の命に従いその力を示せ」


そう剣に願うと、わたしに魔力が流れ込んでくる。

その魔力を使って重力魔法でふわっと宙に浮かび上がると

レクが警戒を強め剣を構える。

訓練の合図だ。


わたしは空間圧縮魔法でレクの頭上の死角に転移し

重力魔法と身体強化で剣に何倍もの威力を加えて切りかかる。

レクはそれに易々と反応し、自らの剣で受け止めるが

重力魔法で数倍重くなってる剣の見かけに騙され後ろに吹き飛ばされる。

すかさず転移で先回りし、待ち構える様にして剣を振るうが

レクは後ろに目があるかのように空中で体制を整え打ち返してくる。

わたしはその剣撃に弾き飛ばされるが

その勢いを身体を空中で回転させる力に利用し、一回転した勢いで再度切りかかる。


空中に浮いたままあらゆる角度から、常に死角に転移して攻撃するが

レクはそれら全てをいなしていく。

一体、どんな修行をしたらこんな攻撃に対応出来るようになるのだろう?

わたしの息が上がり、攻撃を中断するとレクは満足そうに頷いた。


「無茶苦茶な戦い方だが、

能力を知らなかったら初撃で倒されているだろう。

よく考えて魔法を使っているな。

何か元があるのか?」


「えーと…SF映画で小さくて超能力が使える剣の師匠が、

こんな戦い方をしていました」


「SF映画…?ああ、それも異世界の知識なのか」


「まあ、そんな所ですね」


異世界は無茶苦茶な所だな、と呆れるような顔をしていたが

初見でそれに対応するレクも無茶苦茶な存在だと思う、

と突っ込みたかった。

その後レクはわたしの戦い方に合わせ、剣の振るい方や

戦術の組み立て方を丁寧に、とても分かりやすく指導してくれた。

やっぱりレクは教えるのが上手い。

不愛想な顔で懇切丁寧に指導してくれるので

色々とちぐはぐな人だな、と改めて思った。


一方シンシアの方は午後になっても

ヘザーさんにつきっきりで何か魔法を習っているようだった。


毎日へとへとになるまでレクにしごかれて全身筋肉痛のわたしには

最初羨ましく思えたけれど

ヘザーさんの指導は想像を絶する過酷さらしく

夕食の時にはほとんど魔力枯渇寸前で倒れそうな顔をしていた。

お互いにどれだけ一日が大変だったか

ねぎらい合うのが日課になるほど大変だったけれど

学園の貴族らしい緩やかな時間感覚の中で学ぶのとは全く違う

忙しくも充実した日々であっという間にハーヴィ領へ出立する前日になった。





挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
[良い点] 作者さん、最近の更新はお疲れ様です! クラリスさんとシンシアさん、尊いです〜 ミリーさんやお父様達に心配させましたね。 あの黒い魔物ヒトは何処かの貴族勢力の差し金かも知れませんので、普通に…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ