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12 魔女

シンシアの言葉を聞くと

ヘザーさんは驚きの表情を一瞬見せたが、

その顔からはすぐに感情が消え、ゆっくりとシンシアを見返してきた。


「…魔女に心臓をささげるという意味を、君は知ってるのかい?」


「はい」


「君は魂を支配され私の使い魔になり下がる。

それは死ぬよりも辛い目に、あう事になるかもしれない」


「…知っています」


シンシアのわたしを抱きしめる力が、苦しいと感じるほどぐっと強くなる。

その顔は真っ青になり手を震わせているけれど

思わず竦んでしまう様なヘザーさんの恐ろしい目を

逸らさず、じっと見つめ返したままだ。


何分にも、何時間にも思える長い沈黙の後

ヘザーさんがゆっくりと息を吐き出し、口を開いた。



「…あまり、私の事を試さないでおくれ」


「その申し入れは私にとって魅力的過ぎる。

君の持っているその魔力や地位、若さ、美貌は

いくらでも悪用が考えられる。

でもね、私にもまだ良心というものが残っている。

君のその願いには応えられない。応えるのが恐ろしい。」


シンシアはその言葉を聞いて、深い落胆の表情を浮かべた。


「…そうですか」


「それに、私はまだ殺されたくないからね

しかも助けた相手になんて」


ヘザーさんは顔を上げ、わたしをじっと見つめてきた。

意外な方向から話が飛んできてわたしは戸惑ってしまう。


「えっわたしですか?そんな事…」


「クラリスちゃん

もし私が誰か男を誘惑し利用する為に

シンシアちゃんに娼婦みたいな事をさせようとしたら

…どうする?」


ゾッとする事を突然問われ、私は思わず硬直してしまう。


「…………わかりません」


「いいや分かってるはずだ。

君は、怒り狂い躊躇なく私を殺すだろう。

それほど強い感情と決意を君は持っている。」


「ちゃんと自覚なさい。

シンシアちゃんの為を想って発現した根源魔法が、

剣という殺意の象徴のような形を持って現れた意味に」


「シンシアちゃんも、女の子がそんな風に身を差し出しちゃ駄目だよ」


シンシアは全身の力が抜け、

へたり込むようにベッドのふちに座り込んでしまった。


「…よく考えました。考えて、この契約を申し出たのです。

それにクラリスが、こんな事をしても喜ばないのは分かっています。

それでも私は…どうしてもクラリスの役に立ちたかった」


わたしは何と声をかければ良いのか分からなかった。

代わりに手を握ってあげると、両手でしっかりと握り返してきてくれた。

シンシアはそれで少し落ち着いてくれたようだ。

ゆっくりとヘザーさんの方に向き直った。


「…申し訳ありませんでした

突然こんな事を申し出てしまって」


「…君の覚悟はよく伝わったよ。

そこまでの覚悟があるのなら

君自身がクラリスちゃんの左腕になれば良いんじゃないかな?」


「…?どういう意味でしょうか?」


「まあ、それは自分でよく考えるんだね」


そう言うとヘザーさんは部屋を出て行ってしまった。

取り残されたわたし達の間に微妙な空気が流れるので

わたしは出来るだけ明るく、シンシアに話しかけた。


「ヘザーさんの魔法の修行

シンシアも受けられるようにお願いするの、忘れてしまいましたね。

せっかくの機会ですからシンシアも受けたいでしょう?」


その問いに答えずシンシアは俯いたまま、わたしに逆に問いかけてきた。


「…クラリスは、怒らないのですか?

私の勝手な考えで貴方の今までの行動を、想いを

無下にしようとしたのですよ?」


「ヘザーさんはあんな事言ってましたけど

あなたの事を酷い扱いはしないって確信があったんですよね?

だからヘザーさんは、試すような事をしないでくれと

あなたに言ったのでしょう?」


「確信という程ではありません。

最悪の事態は幾らでも考えられます。

…魔女との契約なのですから」


「幾ら考えてもきりがない事ですし

悪い事が起こってから考えればいいのだと思います。

可能性を恐れていたら、行動なんて何も出来ないのですから。

その時に納得した上で行動したのなら、きっと後になっても後悔しないでしょう?」


真剣な顔をしてじっと見つめてくるシンシアを見て

わたしは出来るだけ明るい笑顔で答えた。


「…それ、パメラがよく使う言葉ですね」


彼女は小さく笑顔を浮かべて

そっとわたしの手を握ってくる。

先ほどまで凍えるように冷たかった彼女の手は

少しだけ、熱を帯びたような気がした。



この出来事の後、ヘザーさんのシンシアに対する態度は目に見えて変わった。

今までは何処かシンシアにだけは一歩引いた様子だったのに

とても親身になって何か相談に乗っている様で

二人だけで話している姿をよく見かけるようになった。

何を話していたのか聞いても、恥ずかしいから言えませんと

はにかみながら誤魔化されてしまうのが少し寂しかったけれど

二人が仲良くなった事は、素直に嬉しかった。


わたしがベッドから起き上がった当日の昼過ぎには

パメラさんが私たちの無事を知らせに、町へ出かけて行った。

そんなに急がなくても、と思ったけれど

わたしの侍女を連れて来るのが目的らしい。


確かに、片手だと不自由な事が多い。

着替えをする際にはモタモタし過ぎて同室の

シンシアに手伝って貰う事さえあった。

パメラがその光景を見て慌てて止めに入るけれど

シンシアは自分の役目だ、と頑として譲らなかった。

それが侍女として看過出来なかったのだろう。

数日後にはパメラさんはわたしの侍女のミリーを連れて戻って来た。



「クラリス様お久しぶりです。

ご無事でなによ…り……」


出迎えたわたしの姿を見たミリーは扉を開けたまま、

絶句して固まってしまった。

その目線はわたしの無くなった左腕に釘付けになっている。


「あーえーと…

これには深いわけがあってね?」


「………そんな一言で済ませられる様なモノではないですよ」


「魔物に襲われた時、私を庇ってクラリスは大怪我をしてしまったのです

全ての責任は…私にあります」


そう言って、シンシアは頭を下げた。

公爵令嬢が平民のミリーに頭を下げるので

ミリーは驚いてしどろもどろになってしまった。


「それは違います!

みんなが生き残る為にはそうするしかなかったんです。

それに、無事こうしてみんな生きているんだから良いでしょう?」


わたしがなんでも無い事だと、出来るだけ明るい調子で話すと

ミリーは大きく溜息をついた。


「…すいません、皆さん

少し耳を塞いでて貰っても良いでしょうか?」


「あの…ミリーさん」


「シンシア様も、お願いします」


「は、はい」


何をするのか分からないので、わたしもつられて耳を指で塞ごうとすると

ミリーがそれを睨むように止めてきた。


「クラリス様は別です」


「え?あっ …はい」


皆が耳を塞いだのを確認して、ミリーは静かに、低い声で話しかけてきた。


「クラリス様、ご無礼をお許しください。」


「え?」




「クラリス様のばか!!!

また無茶やって!」


ゆっくり、深呼吸して、彼女は大声でわたしを叱り付けた。


「今までどれだけ、あなたの突飛な行動が

色んな人に迷惑をかけてきたか分かってます?

目的達成の為には全てを投げ捨てて

猪突猛進する癖があるって

散々注意されてきたでしょう?

その度にどれだけわたしが不安でたまらなかったか

理解していますか?

あなたは良いかもしれませんが、周りの気持ちも考えなさい!」


ミリーはわたしの肩を掴んで、睨みながら言葉を続ける


「…何で、自分まで投げ捨てちゃうんですか!

もっと上手いやり方があったでしょうに!」

…………もっと自分を大切にしてください」


「…ごめんなさい

でも、みんなを助けるにはこうする他無かったの

後悔はしていないわ」


「……意思の強さは本当に変わりませんね。

命だけでも無事でよかったです。本当に。

でもこれで余計に話が拗れてしまうかもしれませんね」


「どういうこと?」


「ここ数週間ほどクラリス様たちは魔物に襲われて

行方不明になっていた事になっていたのです。

その責任をめぐってハーヴィー家が中央と対立しているんですよ。

…王国から離反すると噂されるくらいに」



挿絵(By みてみん)

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