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11 平穏

わたしがシンシアの事を好きになったのは、いつからだろう?

数度しか会った事、しゃべった事が無い人を

好きになる事なんてあるのだろうか?

それも、同性の女の子を。


いや、そもそもこれはどういう意味の好きなのだろう?

仲間?家族?友人?

それとも、恋人として?


彼女は、わたしの事をどう思っているのだろう?

気持ちを受け止めたいと言ったけれど

どんな風に?

彼女はわたしの心を、本人さえ分かっていない心を

理解しているのだろうか?


シンシアは混乱するわたしを、静かに見つめてくる。

わたしが怒って追い出したせいで、部屋には二人しかいない。


考えれば考えるほど、わたしの頭はこんがらがっていき

気が付くとわたしは再び抗いようのない眠気に襲われていた。

眠りに落ちる直前、シンシアの冷たい手がわたしの額を撫でるのを感じ

彼女の顔を見上げると、学園でのきつい表情からは想像出来ないほど

優しい表情をしていたのがとても印象に残った。



翌朝、わたし達が無事であることを両親や

みんなに知らせなければと思ったけれど

ヘザーさんの、

これだけ大変な目に遭わせられたんだ

心配させるだけさせた方が良いさ。

そんな一声でわたしが回復するまで待つことになった。


妙に刺々しい言い方なのは

どうやら私たちを送り出した人たちのせいで

魔物に襲われた、と考えているのが理由の様だった。

確かに学園に居ればこんな目に遭う事は無かったけれど

そもそもヘザーさんは貴族に対して

あまり良い印象を持っていないようで、

そのせいか貴族の代表みたいなシンシアを

明らかに避けている節があった。


レクとパメラの二人は

例の影の魔物がまた襲いに来るのを警戒して外を見回ってくれていた。

合間合間に剣の訓練も行っているらしく

よく剣が撃ち合う音が外から聞こえて来る。

パメラは、レクを剣の師として仰ぐようになったらしく

いつの間にか言葉の端々に尊敬の眼差しを見せるようになっていた。


レクは意外と面倒見が良いらしい。





その間、シンシアがずっとわたしを看病していてくれたけれど

特段変わった様子も無かった。

あんな事があった後なので少し拍子抜けしてしまったけれど

彼女もどう接して良いのか分からず手探りだという事に気づいたのは、

わたしの手がシンシアの手に触れた時の事だった。


シンシアが突然、あっ!と声を上げるので

びっくりして彼女を見ると顔を真っ赤にしている。

なぜ急にそんな反応をされたのか、不思議だったけれど

手を握るのは愛情表現だとわたしが言った事に思い当たり

わたしも思わず手を引っ込めてしまう。

何だか悪い事をしてしまったみたいで、お互いに顔を見合わせて

言葉を探しあう。

そんな事が度々あった。



ただ、二人だけの時に無言になっても気まずく思うことはもう無かった。


やる事が無い時、シンシアはわたしのベッドの横で刺繍をしている。

それを横になりながらぼんやりと見ていると、

彼女がこちらに気づきどうしたの?と聞いてくる。

シンシアの顔を見ていた、と正直に話すと困ったような

恥ずかしいような顔をして

ちゃんと休んでいないと早く良くなりませんよ

と、母のように寝かしつけようとする。

その声色はとても穏やかで

今シンシアは、わたしがずっと願っていた

穏やかな日々を過ごせているのが伝わってきて

ただただ、嬉しかった。


けれど彼女がわたしを見る時、何か思い詰めた表情をする事があった。

それが何を意味するのか怖くて聞けなかったけれど

彼女の心に暗い影を落としているのが、

わたしが原因なのはハッキリ分かっていたので

どうする事も出来ない自分が悲しかった。




シンシアはよく異世界の話を聞きたがった。

前世なんて信じられないと初めは言っていたけれど

この世界とは違う常識を聞くのはとても面白いらしい。


わたしも改めて、自分の記憶について

整理する事が出来たので嬉々として語った。

高校や大学で工学を勉強したことや、常識といったものはよく覚えていたけれど

自分がどう生きたのか、何が原因で死んでしまったのかは思い出せず

唯一、ハッキリ覚えているのは犬を飼っていた事くらいだった。


この世界が前世のゲームと瓜二つという事については、この世界に住む人々を

侮辱するような響きに感じ取れて、何となく話す事をためらってしまった。

どうせ、学園に戻れるかも分からない追放されたわたし達にはもう関係のない事だ。

きっと今頃主人公のソニアは、恋に勉強に大忙しな楽しい毎日を送っている事だろう。



そんな風に異世界の話をしていると、いつの間にかヘザーさんが横に居て

興味深そうに質問をする事が度々あった。


特に科学についてはかなり深い所まで聞いてきた。

わたしの時空間魔法を見せた時、

異世界の科学常識の上に成り立っているものだと

説明した事が理由なのかもしれない。

その事についても説明したけれど、時間と空間、

重力には密接な関わりがあるだとか

そんな難しい事を上手く説明するなんて、とても出来なかった。


けれども、わたしの拙い説明から

ヘザーさんは異世界の科学的思考に興味を持った様子だった。


目の前の現象がどの様な過程を経て起こっているのか、

知りたいという欲求はこの世界ではあまり馴染みの無いものだ。

それがヘザーさんには大変面白いらしく、雨は何故降るのかだとか

星はなぜ光り輝くのかだとか、そんな話をしきりに聞きたがった。

自然科学の分野に興味を持つのは、いかにも自然と共に生きる

エルフらしくて少し面白かった。



ただ、進化論については信じられないほど拒絶反応を見せた。

神の御力を否定する悪魔の思想だとまで言い切り、

シンシアもそれは同じ気持ちだったみたいで、同様に苦い顔をしていた。

その流れから宗教についても色々聞かれたが、冠婚葬祭と年末年始くらいしか

意識する事が無い日本の常識の話をしても、イマイチ想像が出来ないようだった。


ただ魔法が無い世界で、神の存在を身近に感じることが出来なくとも

人は祈らずにはいられないという話に、ヘザーさんはいたく感銘を受けていた。




わたしはこんな風に前世の話を、深く考えず披露していたが

それが危険だと知ったのは、この世界の魔法について話していた時の事だった。


炎の魔法は空中に突然火が現れる。

前世の常識では炎が出るところには、

その燃える対象が必要なので

どういう力が働いてるのか興味本位で調べる事になった。


初めに水の中で炎を生み出せるのか実験してみると

ヘザーさんの炎の魔法は、水中では何も起こらなかった。

代わりに泡がぽこぽこ出てくるので

その気体を集めて火をつけると激しく発火した。

電気分解の様なものが起こっているらしい。


対してシンシアの魔法は、見た目には何も変化が無かったけれど

水が一瞬で沸騰しそうなほどの高温になった。



人それぞれに願いがあるのなら

願いの叶え方も人それぞれだという事だ。

何故その事に今まで気づかなかったんだ…

そんな事を呟きながら、ヘザーさんは興味深げにその様子を見ていた。


わたしもその頃になると調子に乗って色々と

知識を披露するのが楽しくなっていて、

考えられる現象を嬉々として語った。


周囲から熱量を移動させてるのかも、とか

真空には何も無いワケではなく、エネルギーが潜んでいる事や

極々短い時間の世界では空間は揺らいでいて、粒子が出たり消えたりしている

もしかしたらシンシアは、そういった現象を操っているのかもしれない。


そんな事を説明したのだけれど、

わたし自身、真空エネルギーや不確定性原理についての知識が

雑誌の斜め読みの、つけ焼き刃だったので全く上手く説明が出来ずに

もう少し分かりやすく説明出来ないのかい?

とヘザーさんにあきれられてしまった。


けれどシンシアは

空間に粒子が表れては消えて揺らいでいるイメージが

非常にしっくり来たらしい。

その揺らぎを操作出来るかもしれない、と言い出した。


最初はシンシアが魔法を唱えても

しばらくは出来損ないの炎の魔法のように

バチバチと火花が散っているだけだったけれども、

だんだんとコツをつかめてきたのか

激しく火花が散り始める。


もしかして、コレは危ないのでは?

そう思った次の瞬間、膨大な光が部屋を包み込んだ。

反射的にすぐに目を閉じても、しばらくは光が目に焼き付くほどだった。

ゆっくりと目を開けるとヘザーさんが床にへたり込んでいた。

慌ててシンシアが駆け寄ると、ヘザーさんの顔は汗でびっしょりだった。


「…大丈夫ですか?」


「何とかね…。

危うく、この森が消滅するところだった」


その言葉を聞いてシンシアは、自分が何をしでかしたのか気づき真っ青になる。


「すいませんでした。こんな事になるなんて…」


「いや。クラリスちゃんの時空間魔法を

見てからもっと早く気付くべきだった。

恐ろしいね。異世界の知識は」


「今のは、何を行ったのですか?」


「意味消失と言われる、魔女の秘術さ。

呪文が意味を失い、あらゆる魔法が消滅する。

この通り魔力の消費も膨大だし色々欠陥もあるけれど

こういう時便利だね」


「…ヘザーさんは、本当に魔女なのですね」


シンシアはそう言って、何か考え深そうにしていた。

魔女を魔法使いの別名としてしか知らなかったわたしには

その意味が分からなかった。



その後シンシアと相談して、異世界の事を

誰かに話す時は、事前に二人に相談してからにする事に決めた。

中途半端な知識であっても

この世界の魔法と組み合わさると

思わぬ結果を招く事がよくわかったからだ。


同時に二人にも話していなかった、異世界の兵器や戦争の知識は

誰にも、絶対に話さないと、心の中で密かに誓った。



けれど、この誓いを破る必要性に

迫られる状況になっているとは

わたしはまだこの時、知る由もなかった。







わたしが歩けるほど回復するのに、

目を覚ましてから更に二週間の時間を要した。


ベッドから出て立ち上がれた時、

シンシアはわたしを抱きしめながら涙を流して喜んでくれた。

最近気づいたけれど、彼女は感情の揺れ動きが激しい。

だから学園で悪役令嬢をやっていたのかな、と

そんな風に思ってしまった。



喜び合っているわたしたちに、

ヘザーさんが意味ありげな表情で話しかけてきた。


「さあ、元気になったみたいだし

君がちゃんと根源魔法を使いこなせるように

しっかりと修行しないとね。これからが大変だよ。

覚悟するんだね」


「うっ…病み上がりにそんな話、

しないでください…」


「普通、魔女から魔法を教わるなんてお金を幾ら積んだって

出来ないっていうのに、つれないね」


ヘザーさんは心底楽しそうに笑っている。

レクみたいな気難しそうな人が師事するほどだし

人に教えるのが好きなのかもしれない。



シンシアに抱きしめられたままそんな会話をしていると、

急にシンシアが顔を引き締めて、ヘザーさんに話しかけてきた。


「ヘザーさんは、魔女の力を使えるのですよね」


「まあ、ね。

それがどうかしたのかい?」



「ヘザーさん、私の心臓をあなたに捧げます

……だからクラリスの腕を治してください」




挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 作者さん、更新はお疲れ様です! えぇ、両想いて告白しましたら晴れてイチャイチャすれば良いのに。まぁ、恥ずかしがる様子も中々可愛いですけどwww 確かに、あの魔物に襲われたのは学園や貴族の差…
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