10 告白
ヘザーさんはさっきまでの威厳のある雰囲気が嘘のように
心底楽しそうな笑い声をあげている。
「大怪我をして3日も寝込んだ直後にこんな試すような事をしてごめんなさいね。
でも、これはとても大切な問答だったんだ。
根源魔法は間違えると危険なのはわかるだろう?
シンシアちゃん、よかったね」
ヘザーさんはシンシアに向けて、ウィンクをしながらそう話しかけると
彼女は再びうつむいてしまった。
何がよかったのか、全く分からない。
わたしが唖然としていると、レクが大きく溜息を吐いたあと声をかけてきた。
「…師匠は本物の魔女だ
人を誑かし、欺き、心を乱す事を目的に行動する。
コイツの言葉を鵜呑みにするな。だまされるな」
「弟子にそこまで言われるとは思わなかったよ。
失礼な子だねまったく」
「本物?偽物とかあるんですか?」
「まあ、色々あるんだよ
それよりも、その剣に触る事が出来るかい?」
ヘザーさんに促され、わたしは剣に手を伸ばす。
わたしが触れた瞬間、剣の中で渦巻いていた魔力がわたしの方へ
襲い掛かるように流れ込んでくる。
慌てて手を離しても、まだ剣の中の魔力はわたしに向かおうとしているようだ。
「やっぱり、この剣は君の魔法なんだね。
本体の魔力が枯渇していたから供給しようとしたみたいだ。
今の君には負担が多すぎるから、また今度だね。
それに、シンシアちゃんとじっくり話したいだろう?」
ヘザーさんはそう言うと、話に置いて行かれてぽかんとしていたパメラさんやレクを連れて
さっさと部屋の外に出て行ってしまった。
わたしたちは二人だけ取り残されるが
何を話せば良いのか分からず
気まずい雰囲気が流れる。
すると、シンシアがフフっと笑い始めた。
「…あの時も、そんな風に気まずそうな顔していましたね」
「あの時?」
「ほら、パーティーの夜に私と始めて会話した時」
「あ、ああ…
傷心している方になんて声をかければ良いか分からなかったので…」
「…難しいですよね。言葉を選ぶのって
私も今、そんな気持ちです。
ありがとうと言うには、失ったものが大きすぎるし
ごめんなさいと言うには、相手の想いを無下にしているみたいで…」
シンシアは、どこか遠くを眺めながら
独り言を呟くように話す。
「わたしは、後悔していませんよ
学園を追われた事も、左腕を失った事も」
「だってシンシア様が、今ここに居るんですもの。
わたしはそれだけでとても嬉しいです
後悔なんて全くしていません」
わたしがそう言うと、シンシアはそっぽを向いてしまった。
手で顔を拭っているのをみて、彼女がまた泣いてしまったのだとわかる。
「…ごめんなさい」
「なぜ謝るのですか?」
「わたしと一緒に居ると、シンシア様はいつも泣いてばっかりだなって」
「クラリス様は、立派ですね。
こんな時まで相手のことを思いやるだなんて」
「…そんな事ありません。
わたしはただ流されるまま行動して来ただけです
あのパーティーの時だって…」
わたしはパーティーでシンシアを見た時に、
前世の記憶がよみがえった事を打ち明けた。
前世ではこの世界とは異なる場所で生きてきた事、
この世界とそっくりな物語を見てきた事
そこではシンシアは自殺してしまうという事を。
シンシアはよく分かっていないようだったけれど
概要は掴んでくれたみたいだった。
「……正直言って、とても信じられません。
前世なんていうものが本当にあるのでしょうか?
しかもその世界の物語に私が出てくるだなんて」
「わたし自身も分かりません。
ただ、パーティーでシンシア様の姿を見た時
記憶に引っ張られるようにして行動しただけで
わたしの意思では無かったんです」
「でも後の行動はご自身の意思でしょう?
私の為に命をかけてくれたことも」
「そう、かもしれませんね」
「…あなたにはお礼をいくらしても
し足りないくらいに助けられてきました。
何か私に出来ることはありませんか?」
「う~ん…
では、わたしの願いを聞いていただけますか?」
「なんでしょう?」
「わたしの事を、呼び捨てで呼んでほしいのです」
今更こんな事をいうのが何だか気恥ずかしくて笑ってしまうと
シンシアもつられて笑いかけてくる。
「ふふっ分かりました…では、私の事もシンシアと呼んでいただけますか?」
「もちろんです」
そうわたしが返すと、急にシンシアは真剣な顔をこちらに向けてくる。
「あの、私も一つだけお願い…
いえ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「なんでしょう?」
「…あれも、前世の記憶がそうさせたのですか?」
「あれ?」
「私の事をその、愛しく思うって…」
シンシアは自分の言葉で赤くなる。
「…そんな事言いましたっけ」
「言いました!
パーティーの次の日にお会いした時に。
それに先ほども、わたしの事を幸せになって欲しい、
守ってあげたいとおっしゃっていましたよね?
あれは、どういう意味なのですか?」
「どういう意味って…」
「ただの親切心ですか?
それとも、その…」
シンシアは、まっすぐにわたしの事を見つめてくる。
「…あなた自身の気持ちが、知りたいのです。
私はそれにちゃんと応えたいのです」
鈍いわたしにも、さすがにその言葉が意味している事はハッキリと分かった。
「…こんな気持ちになったことが無くて
どう表現すれば良いのか、分からないのです」
「これが、好きって気持ちなんでしょうか?」
「えっえーと、その…
ど、どうなんでしょう?」
戸惑うシンシアを見て我に返る。
相手に、わたしはあなたの事が好きだと思いますか?
なんて聞くのはどうかしている。
相当わたしは混乱しているみたいだ。
前世の記憶を辿っても、恋愛に関するものが全く出てこないし
わたしの記憶は肝心なところで役に立たない。
急に恥ずかしくなり、うつむくと
シンシアが助け船を出してくれた。
「…では、質問を変えましょうか。
愛する人とお互いに気持ちを確かめ合ったとき、
最初にする事は何だと思いますか?」
「え?う~ん
手を握ったり抱きしめ合う、とかでしょうか?」
そう答えるとわたしの視界が真っ暗になる。
シンシアが、わたしを抱きしめてくれたのだと理解するのに
かなりの時間がかかってしまった。
シンシアの心臓の鼓動が伝わってくる。
びっくりするくらい早く鳴り響いているので
彼女も余裕がないのが分かる。
それなのに声色はとても穏やかで、優しい。
「どうですか?
何かわかりましたか?」
「…とっても、幸せです」
シンシアはわたしの言葉に応えるように、抱きしめる力を強める。
「クラリス」
「何ですか?」
「私を助けてくれて、私の手を取ってくれて、ありがとう」
「…うん」
シンシアの吐息が耳元で聞こえてくるのが
何だかとても心地良い。
さっきまで見ていた夢の続きを見ているようで
このままずっとこうしていたいな、という強い誘惑に駆られる。
そんな風に思っていると
レクの怒鳴り声が外から聞こえて来た。
「あんた達、ここでなにやってるんだ?」
そんな声が聞こえてくる。
何か面倒な事でも起こったのだろうか?
もしかして、魔物が追いかけてきた?
わたしが不安に思っていると
不意に扉が開く。
扉の前では、パメラとヘザーが立ちすくんでいた。
どう見ても先ほどまで聞き耳を立てていた姿勢をしている
「…全部聞いていたんですか?」
わたしがぽつりと呟くと、二人は必死に言い訳をしてくる。
「いやね、お嬢様のお気持ちを真に理解しサポートするには必要な事ですって
パメラちゃんが言うからね」
「あっひどい!
ヘザーさんだってノリノリだったじゃないですか!」
わたしがシンシアに目が合わせると
困ったような、恥ずかしいような
だけれど嬉しそうな、そんな器用な表情で笑いかけてきた。
どうやら、ここはわたしが言わなければいけないらしい。
「あなた達に、デリカシーってものは無いんですか!?」
わたしは、生まれて初めて大声で人を叱り付けた。