表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/28

1 貴族社会

ああ面倒くさい


なぜわたしは貴族になんか生まれたのだろう?

こんな事を口に出せば、贅沢な悩みだと非難の目を向けられるかもしれないけれど

貴族には貴族の不幸というものがあるのだからしょうがない。


幼い頃から一挙一動、指先の動きに至るまでに注意を払うような生活をしてきた。

そんな気を張る毎日では欲しい物を与えられ、

美味しいものを好きなだけ食べられたとしても全然割に合わない。

スプーンを口へ運ぶ手が少し早すぎただけで咎められるような状況で

食事を味わえるだろうか?

相手の言葉の裏にある思惑を見抜くような気の抜けないお茶会なんて

一体どこが楽しいのだろう?


別に平民に生まれたかった、だなんて今更言うつもりはない。

けれど、もしこの生活を全て放り出したらどうなるんだろう?

最近そう思うことがよくある。

魔法が使えるのだからどこかの冒険者パーティーに潜り込めないだろうか?

本の中でしか知らないような世界を自分の足で、目で見てみたい。



…でも、きっと駄目だろうな。

なんて声をかければ冒険者に加えてもらえるのか想像さえつかない。

そもそも全く知らない人間に話しかける事さえ怖くて出来ないのに。

結局わたしはこの貴族社会という小さな世界の中で一生を終えるのだろう

悔しいけれど、自分の性格を考えるとしょうがないことに思える。


「クラリス?」


許嫁にわたしの名前を呼ばれてハッとした

また妄想の世界にトリップしていたらしい。


「そんな顔をしかめっ面していたらまた嫌味言われるよ

せっかくの学園主催のパーティーなんだからもっと楽しそうにしないと


「…マクスウェルみたいな良い笑顔、私にはできないわ」


嫌味とも褒め言葉ともつかない私の言葉にマクスウェルは困ったような笑顔を向けた


「僕は僕で何考えてるかわからないってよく言われちゃうけどね」


マクスウェルがふにゃっとした笑顔を向けてくる。

彼が優しいのは間違いないのだけど、

どんな時でも笑顔なので正確な感情が読み取れない事も多い。

それが逆に相手を警戒させる結果になってよく苦労しているらしい。


「美味しいものでも食べて気分を紛らわせたら?

ほら、このマフィンなんて絶品だよ」


そう言ってマクスウェルは小皿にマフィンを載せて差し出してくる。

なんだか子供のご機嫌取りをされてるようで

もやもやした気持ちはあったけれど

実際に美味しかったのでどうでもよくなってしまった

ジャムが入っていて味が濃かったので紅茶が欲しくなるな

なんて思っていると、すかさずマクスウェルが紅茶を持ってきてくれた。

幼馴染でもある彼は、私の考えなんてお見通しで

何時も先を見越して行動しているので感心する。


「で、なんでそんなに難しい顔していたの?」


「さっきの伯爵令嬢との会話、聞いていたでしょ?

ドレスが子供っぽいのなんて自分で分かってるわよ

身長が低いから、大人っぽいのが似合わないのだからしょうがないじゃない。

それをまるで褒めているような言い回しで言われるから

こちらも笑顔で礼を返さなければいけないのが本当に嫌」


「僕はそういうデザインも良いと思うけどな

可愛いらしいも女性の魅力の一つだ」


「…お世辞なんて言わなくていいわよ。

何をするにしても、本音を表に出さない貴族社会は

人間性が欠如していると思うわ」


「手厳しいな」


やれやれ、と困った風にマクスウェルは笑う。


隅でそんな会話をしていると

何やら会場が騒がしい。

遠くで女性の怒鳴り声が聞こえてくる

パーティで怒声が聞こえてくるなんて

異常事態のはずなのに、その声を聞いて私は逆にホッとしてしまった。


「あのくらいハッキリ感情を表に出してくれたほうが私には好ましいわ」


「…とはいえ、ちょっとあの声はただごとではないな。

誰か止める人は居ないのか?」


マクスウェルはそういいながら騒ぎの中心へ行こうとする

正義感の強い彼は騒ぎをとめるつもりなのだろう。


「ちょっと!

ああいうのに関わると面倒くさいわよ」


「だが、見過ごすわけにもいかないだろう」


ずんずんと前へ進むマクスウェルを止めるため追いかけるが彼の歩く速度は速い。

追いついた時には騒ぎが起こっている人だかりに辿り着いてしまっていた。


「どうしてわかってくださらないの!」


透き通るような青白い髪の女性が

涙を浮かべながら叫んでいるのが見えた。

向かい合っている背の高い男性は、一見無表情だが

瞳には明確な拒絶の色が見える。


「君のやってきた事は俺の気持ちを無視した独善的なものだ

なんと言おうが悪事である事に変わりはない」


「ニコライ様はアレを悪事だとおっしゃるのですか?

わたしは、あなたの許嫁として当然の事をしたまでだというのに!」


その悲痛な叫びは静まり返った会場によく響いた。


まるで世界が彼女を拒絶してるかのような錯覚を覚え

なんだかお芝居みたいだな、という感想を抱く。

美男美女というのはどんな時でも絵になって羨ましい。


「一体どういう状況なのかしら?」


「あれはニコライ王子と…公爵家のご令嬢だね。シンシア様と言ったかな?

確か婚約していたと思うけど、こんな大勢の前で痴話喧嘩?」


マクスウェルは立ち止まってわたしの問いに答える。

勢いよく駆け寄ったはいいものの、相手が王子達ということで

少し戸惑っているようだ。



「最近不仲だっていう噂は本当だったのよ」


隣から状況を説明してくれる声が聞こえてきた

横を向くと私と同じくらい小さな女の子が冷めた目で状況を見守っている。


「ミザリー来ていたのね

見かけなかったから今日は休んだのかと思っていたわ」


「私は面倒くさがりじゃないからちゃんと社交に力を入れてるの

隅っこで許嫁と話してるだけでは得られないものがあるのよ」


「うっ…で、どんな状況なの?

不仲ってどういう事?」


「…あなた、社交嫌いだからって

せめて同級生の王子の情報くらい入れておいた方が良いわよ」


残念なものを見る目をされて思わず私はごめんなさい、と謝ってしまう

ミザリーの貴族らしからぬハッキリとした物言いは

彼女の見た目からはとても想像出来ない有無を言わせない力がある。


「最近王子が入れ込んでる方が居て、

許嫁のシンシア様がそれをよく思ってなかったの。

で、相手の女性に嫌味言ったり嫌がらせをしていたみたいなんだけど

それが王子の怒りを買ってごらんの有様。

まあ、自業自得よね」


そんな風に説明を受けている間も二人は言い争いを続けている。

叫んでる女性-シンシアは必死に涙をこらえているのか

何度も言葉を詰まらせている。

周りは遠巻きにして見ているだけで、彼女の味方は居ないみたいだし

そろそろ限界なのだろう。


「…でも彼女も可哀相よね

悪いことをしたからっていくらなんでも修道院送りにされちゃうなんて───」


と、無意識に漏れ出た自分の言葉に驚いた。

わたしはここから先どうなるのか知っている。

いや、見たことが有る。


だって、今わたしが見ている光景は

昔ゲームのイベントで見たものとそっくりなのだから




…ゲーム?イベント?

頭の中に浮かんできた単語と光景に思わず戸惑う。

そして、それを糸口にして記憶が蘇っていく。

クラリスとして生まれる以前の記憶

前世といわれる記憶が。


記憶では、あるゲームの序盤に公爵令嬢のシンシアは王子が

一目惚れした主人公に嫉妬し様々な嫌がらせをする。

それが王子の不興を買い、婚約破棄をされ修道院送りになってしまう。


そして、全てに絶望した彼女は修道院へと向かう馬車の中で自ら命を断つのだ。







「どうしたの?気分でも悪いのかい?」


「ねえ今の言葉…どういう意味かしら?」


どれくらいぼうっとしていたのだろうか

二人が心配して声をかけてくる。


わたしは目を閉じ大きなため息をついた。

面倒なことに巻き込まれてしまうのは確実だ。

だけど、彼女の命を救う事が出来るのは間違いなくわたししか居ない。

このタイミングで前世の記憶が蘇ったのは

わたしに行動を起こせという事なのだ。

覚悟を決めるしか無い。


「……ごめんなさい二人とも

もし会えなくなっても私の事忘れないでね」


わたしの言葉にマクスウェルは驚き目を見開く。

なにか言おうとして口を開けるが

言葉をつむぐ前にわたしは騒ぎの中心へと歩み出る。




今まさに破滅しようとしている悪役令嬢を助けるために。


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ