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運命の人

作者: ペケ

 その女は、愛した男をすでに、二人、死に追いやり、ナーバスになっていた。と言うか、もう気が狂いそうになっていた。

 その女には、おぞましい秘密があった。小児期に、母を死に追いやったのが、そもそもの発端であった。

 その女の名は美咲。いつも男をすぐに死に、追いやる恐ろしい女であった。しかし、その一方、美咲は目鼻立ちがくっきりして、人目を引く程に、美しく性格も優しくて女らしく明るい女でもあった。当然、男たちが、美咲を放っておく筈もなかった。

 今までに、いったい何人の男から交際を求められたことか。でも、美咲は、いつも相手のことを傷つけないで、うまくお断りするようにしていた。

 その訳は、、、。先にも触れた美咲の秘密にある。美咲は、小児期にひどく、母親から虐待を受けていた。幼い美咲が、それに反抗する術もなかった。でも、ある日、毎日美咲の身体に、火を押し付ける、煙草に、そっとライターで、火を付けてみた。それが、火事になるなど、幼い美咲に、分かる由もなかった。そのことが、大火事を引き起こし、母親は、炎の中で死んでしまった。子供のことなので、罰に問われることもなかったが、その頃から、美咲は、死霊に取り付かれたようだ。死霊が、美咲の前に現れ言った。「美咲よ。お前は、愛を確かめあうための口付けをしてはならない。すれば必ず相手の男が死ぬ。但し、赤い運命の糸で結ばれている男とだけは、口付けでも何でも許す。そして、問われて、この秘密を男に話せば、それを聞いたとたんその男は、死ぬ。このことは、お前の心の中にだけしまっておくのだ。決して、漏らしてはいけない。一生だ。一生、誰にも言えないのだ。相談してもいけないのだ。どうだ。苦しいぞ。辛いぞ。美咲、耐えられるか。」と。

 小児期のうちは、口付けのことなんか、気にならなかった。

 しかし、美咲も成長して女になった。

 この人こそ運命の赤い糸で結ばれていると信じて唇を重ねるとすぐに事故が起こる。すでに、二人もの男が亡くなっている。この人こその思いは、間違っていた。「身体は、交わしても口付けは、しないで。」と懇願したが「お前はおかしい。」とののしられ、捨てられることもあった。そういうことがある度に、美咲は、ひどく傷ついた。男が、言うには、「口付けもせずに、体を委ねるのは、売女。」とばり雑言を浴びせられたこともあった。それでも美咲は、命がけで去っていった男についていった。そしてひたむきに、愛した。美咲は、男達が売女呼ばわりするのも自分が、特異な体質を持っているからだと決して恨むことは、なかった。それどころか、愛憎の中に巻きこんだことを申し訳ないとすら思った。人から愛されやすいが故に、傷付くことも多かった。

 自分とかかわり合う男が、死なないようにすればひどくののしられ捨てられる。そんなことが、続く中、美咲は、もう人生に疲れきってしまって自分の美しささえ、疎ましく思うようになっていた。

 そんなある日、仕事の帰りにちょっとデパートに寄ってみた。そこの時計売り場で気に入りそうな品を探していると、後から「落とし物ですよ。」と言って小銭入れを渡された。見るとバッグが、半開きになっていた。美咲は、笑顔でお礼を言った。美咲は何故か、いつになくホッとした気持ちになった。そしてもう少しこのホッとした時間の中に、身を置いていたいと思った。それで思い切って言ってみた。「お財布を失くすところでした。拾って下さってありがとうございます。大切な形見の指輪が入っているんです。お礼にお茶でもご馳走させて下さいませんか。」男は、少しはにかんだような顔をして「じゃあ、ご一緒します。」と言って美咲に従った。美咲は、もうずっと前友人と行ったことのある喫茶店へと向かった。時刻は、午後5時40分頃。この時間にしては、店はすいていた。二人は、なるべく人の居ない窓辺に席をとった。美咲は、男との会話に、すぐ夢中になった。あっという間に、30分の時が流れた。そして、二人の会話が食事の話に及んだ時、男は言った。「貴女は、とても美しい。外面ばかりでなく、内面も美しい。良かったら、僕とお付き合い願えませんか。それとももう心に決めた人でも居るのですか。」と。美咲もその男をたいそう気に入り是非ともお付き合いしたいと思った。でも嬉しいのは、ほんの一瞬であった。あの忌まわしい死霊のことが頭をかすめた。美咲は、今会ったばかりのこの男に全てを話してしまいたいという衝動にかられた。そして楽になりたかった。今までの辛さから逃れたくなった。でもすぐに冷静になり、この人まで死に追いやってはならないという気持ちが沸いて出た。美咲は「恋人は、居たけど今は一人なの。」とだけ答えた。男の名は翼。翼は、少し迷ったが、美咲をとあるレストランに誘った。平日ともあって良い席に座ることができた。翼は、若干緊張した面持ちで「貴女は、アルコールはいける。」と聞いてみた。美咲は、「少しなら。」と答えた。このタイミングだと思い「あのう私の名前は美咲と言います。貴男のお名前は。」と尋ねてみた。男は、「翼です。」と答えた。名字を名のらないので、美咲は、「翼さんとお呼びしてもよろしいですか。」と尋ねた。このやりとりが二人の距離をぐっと縮めた。二人は、グラスを片手に会話を楽しんだ。ワインが、二人を饒舌にした。二人とも何となく別れがたく三軒めの店に行くことにした。美咲は、いつもは、呑んだ後は、カラオケバーに行くけれど今日は、歌よりも翼と話していたかった。いや美咲の心と身体はもうすでに、翼を欲しがっていた。美咲は、翼が静かなそして向かい合いでなく隣どおしの席になれる店へ連れていってくれるのをひそかに期待した。10分程歩いただろうか、いやもっと長かったかもしれない。歩いている間も会話が絶えることはなかった。二人にとって、時間は、もはや意識の外にあった。美咲は翼が期待どおりの店に連れてきてくれたことで嬉しくて死霊のことをいっとき忘れることができた。翼は、「ワインでいい。それともカクテルにする。」と優しい眼差しで美咲に聞いた。「じゃあ、カクテルを。ギムレットをお願いします。」と静かにそして明るい声で答えた。それを聞いていたバーテンダーは、「かしこまりました。お連れ様は、何になさいますか。」と尋ねた。翼は、「ハイボールを。」と頼んだ。「いいですねぇ。おきれいな彼女さんで。」と決してこびるのでなく好感の持てる言い方でバーテンダーは言った。美咲は、少しアルコールのせいもあり、大胆にもそっと翼の手を握ってみた。予想どおり、左手の薬指に指輪は、なかった。美咲は、酔ったふりをして翼の手を固く握りしめてみた。翼の手がその手をさらに、強く握り返した。もう二人の間には、会話も何もいらなかった。午後9時を知らせる時計の音がどこからともなくした。二人は、はっと我にかえった。「そろそろ貴女を帰らせてあげないと。」と翼は言った。「送っていくけど地下鉄が、いい。それともタクシーで送ろうか。」とピンクに、染まった、美咲の頬を両手で撫でながら尋ねた。美咲は、なるべく、翼と長く居たかったので、「地下鉄で、酔いをさましながら帰りたいわ。」と答えた。ボーイが、会計をするためレジへ行き、バーテンダーが、ブルーハワイを作っているすきに、翼は、美咲のおでこに、そっと口付けした。そして唇にも。とっさのことだったので、美咲は、翼の口付けを受けてしまった。しかも逃げることもせずそれどころか、今度は、自分から、唇を翼の唇に、強く押しあてていた。それだけで、もう美咲は、陶酔の状態になってしまった。あと一秒でも、早く我にかえっていたなら、二人は、熱い口付けをしなかったであろう。美咲は、まだ、ドキドキする胸に手をやりながら、「もう、遅いので、帰りましょう。」と震える声で言った。翼も、やや、紅潮した顔で、「早速お送りしましょう。」と言った。翼が、「ごめんなさい。」と言わなかったことが、かえって美咲には、嬉しく思え、この人とは、本気で付き合っていけそうだと感じた。でも、やはり、喜ぶのは、ほんの一瞬だった。すぐに、あの死霊の言葉が、頭をよぎった。美咲は、これは、「いけない。」と思った。これ以上、翼と一緒に、居たら、今までのように、翼を死なせてしまうかもしれない。美咲は、気分が悪いからと嘘をつき、タクシーに乗せてもらった。同乗すると執拗に言う翼を追いやり、タクシーを発進させた。タクシーから降りる時、美咲は、ふと翼が、運命の赤い糸で、結ばれた人ではないかと言う気がした。でも、もし違っていたら、又人を死に追いやってしまう。そう思い巡らせているうちに、美咲は、もう、自分が、生きていることは、何の意味もなく、人を不幸にも死なせてしまうだけではないか。自分は、生きていては、いけないのだと思い詰めてしまった。結論は、当然、自らの命を絶つことであった。「あんなすばらしい翼さんを死に追いやることなど絶対に、あってはならない。」と思った。まるで、死を呼ぶかのように見えるタクシーを見つめ美咲は、心を決めた。「死のう。」と。死ぬことは、もう、今の美咲には、恐くも何ともなかった。そして、タクシーを眺めた。美咲は、タクシーの運転手に、代金を払うとその目を盗み死を呼ぶ車、タクシーの前に、横たわった。激しい動悸とひどい不安感が、美咲の心に訪れた。反面、ある安心感も沸いてきた。震える全身。揺れる心。しかい、死霊から放たれると言う気持ちと喜びで、美咲の頬を伝って涙が、こぼれ落ちた。しゃぼん玉のように美しいそれが、美咲の顔のあちこちを濡らした。タクシーが、発車しようとしたその時、一台のタクシーが、止まった。そこから、翼が転がるように、降りてきて、美咲の躰を抱きあげた。その瞬間死を呼ぶ車が、そう、美咲がひかれようとした車が、発進した。翼は、美咲の自殺しようとした理由を聞こうとはしなかった。翼は、一か月の休暇を取り、美咲にも休暇を取らせた。翼は、毎日、美咲と会話をし、寝食を共にした。そして、ちょうど一か月の休暇が、終わろうとする夜、翼は、美咲を抱いた。そして、二人は、どちらかともなく唇を合わせた。翼と美咲は、ごく自然に結ばれた。そのあと、二人は、眠りについた。美咲は、昨夜、一つになる前、「美咲のためなら死ねる。美咲のいない人生なら俺のそれは、何の意味もない。」と翼が、言ってくれた言葉を信じ、万一翼が、死ぬようなことが、あれば、自分もすぐあとを追うつもりで、唇を合わせた。そして、ひたすら、明日、二人が、無事に、朝を迎えることを願った。かくして朝が、やってきた。すばらしい、朝焼けに照らされた二人の顔は、もはや死霊の取りつくひまもなかった。翼が、運命の赤い糸で結ばれたその人だったのか。それとも自らが、死を選ぼうとした時に、死霊が、美咲の躰から、抜け去っていったのか、美咲には、分からなかった。ただ、確かなことは、二人が、無事に、朝を迎え、幸せな人生を送れそうなことだった。

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