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漢字って難しい。特に読み方は。

あれはとても星空がきれいだった地元のお祭りの日。

「色っぽいね、浴衣姿。高校生?」

チャラそうな二人組に私は絡まれていた。

一緒にいた友達はすでに逃げて行ったらしい。

(タイミング悪いなぁ……)

私はいつもそうだ。

人よりワンテンポずれている。


「お兄さんとあっちでイイコトしてみない~…っ!」

私の手を掴もうとした男の手は別の手に振り払われた。

「困ってんじゃん。絡むならほかの人にしたら?」

「……んだよ、ガキ、やる気か」

「そこ、お巡りさんいるけど」

少年の目線の先には見回りの警官がいた。


二人組は舌打ちするといそいそとその場を去っていく。


「あ、ありがとう……ございます」

「そう、よかった」


「おーい『ゴウキ』何してんだ~」

「ワリぃ~……じゃあな」


少年はそう言って友達と人混みに消えていった。


「ショーちゃん、ごめん。一緒に逃げたと思ってた。……ショーちゃん?」


私は少年が消えた人混みをしばらく見つめていた。

今にして思えば一目惚れ、初恋だったのだろう。

そしてもう二度と会う事もないのだろう。



「……って言いながら10年だよ、10年。いい加減忘れなよ」

今では会社の同僚でもある友人は呆れていた。

「第一、一瞬だけで顔すら覚えてないんでしょ?ありえない。」

「う~……」

そう、確かに相手の顔をまじまじと見たわけではないので、

再会しても気づくはずがない。


「ゴウキ、って名もキラキラネームすぎない?」

「まぁ…否定はしないけど」

「前島専務なんてガイよ、凱。つけられた方も可哀そうよね」

「さすがに上司の悪口はどうかと……」

「いいのよ、うちの会社上下関係厳しくないし……」

「まぁ、ベンチャーだからそういうとこあるけど……」

「浦川、人の目の前で陰口叩いてるんじゃない。仕事増やすぞ!」

当の前島専務が苦笑しながら友人の頭の上にかさばったクリアファイルをのせる。

「重い、重い~」

「宇佐美もやられたくなきゃ持ち場に戻れ」

「あ…はい」

「なんで私だけ……」



仕事帰り…珍しく一人での帰宅なので気が緩んでいたのか、

「ヒマそうだねぇーお茶でも一緒にどう?」

「僕たちいい店知ってるけど」


よほど、私はこういうのに絡まれやすいらしい。


「……じゃあ、紹介してもらおうかな」

「えっ?」


気が付くと別の男に肩に手を回されていた。


「……んだよ、邪魔すんな」

「美人とお茶できるとこ、紹介してくれるんだろ?」


「ふざけんな!」


胸倉をつかもうとするも男はきれいにかわす。


「……目、閉じてて」

言われた通り目を閉じると、鈍い音がして、

目を開けた時には絡んできた男の姿は消えていた。


「ごめんね、大丈夫?」

「私は……大丈夫……です」


『そう、よかった』


………!

なぜか私の目の前は10年前とリンクしていた。

もちろん幻覚だろうけど、あの時と重なる。



「まぁ、これも縁だし、本当にお茶しない?」

「あ……はい。お礼におごりますよ」

「そういうことは簡単に言わない。男がつけあがるから」


男は真顔で言ったかと思えばニコリと笑う。

なし崩し的に二人は近くの喫茶店に入った。


「そういえばお互い名前も知らないんだよね。オレは佐藤タカノリ。

タカノリでいいよ」

「宇佐美……祥子です」

「ショーコちゃん。いい名前だね」

「そうですか?……あまり褒められたことないので」

「もっと自信持ちなよ。せっかくの美人なのに」

「わたしより加奈の方が……ってあ、友人なんですけど私なんかよりきれいで……」

「オレの前で謙遜なし。ショーコちゃんは可愛いと思うよ。十分」

また真顔で言われてしまう。


「自分で言うのもなんだけど、オレ顔の割にモテないんだよね」

「それこそ謙遜なのでは?」


タカノリさんはイケメンというには遠いかもしれないけれど、

整った顔をした人だとは思う。


「あ、そうだ」

タカノリさんは胸ポケットから手帳のページを一枚破り、

携帯番号とアドレスを書くと、祥子の目の前に置いた。


「いらなかったら破り捨ててくれていい」

「わたし……そんな軽く見えますか?」

さっき絡んできた男と目の前の男の目的との違いを考えていた。

「気を悪くさせたならゴメン。気が早いのは理解している」

「……失礼します」

私はレシートをもって喫茶店を去ろうとした。


「待った!」

急に大声をあげるから、店の客の注目を浴びてしまった。

「送るよ。またさっきみたいなのに出くわしてもいけないし」

「結構です!」


私は会計をさっさと済ませて店を出ると足早に家路を急いだ。


「……宇佐美……祥子……!」

後から聞いた話では、タカノリさんは何かを思い出したように慌てて店を出て行ったそう。




「宇佐美、宇佐美、いるか?」

「どうしました、専務」


いつも通りに出社した私は動じることもなく仕事に没頭していた。

いや、動じないように没頭している、が正解か。


「加奈……じゃない、浦川の行方を知らんか?」

「加奈と何かあったんですか?」


「いや…その……」

専務は答えにくそうに言葉を詰まらせる。

「……加奈、今日会社休むってメールありましたけど」

「宇佐美、浦川の住所とか知らんか?」

「住所なら名簿見れば……って。専務、加奈と何かありました?」

「いや、何も。そうだな、名簿名簿……」

上ずった声があやしさをかもしだしているが、知らないふりをしておくのがいい気がする。


「最近加奈が専務に絡んでるのはそういうことだったのね……」

前島専務は自他ともに認めるイケメンだから、加奈にお似合いかも。


それに比べて私は……。


首を左右に振って冷静になる努力をする。


「しかし、ゴウキまで休みってどういうことだよ」


……ゴウキ?


「専務、今ゴウキって言いました?」

「ど、どうした、いきなり……」

「ゴウキって言いましたよね?この会社の人ですか?」


私は冷静さどころかなりふり構っていられなかった。

あのゴウキくんの手掛かりがつかめるかもしれない。

その思いでいっぱいだったのだ。


「宇佐美、お前自分の会社の社長の名も知らんのか?」

「すみませんね、社長の下の名前難しくて読めないんです」


ここの会社名はサトー・エンタープライズ。

横文字のわりに社長の名前は難しい。

社長の名は佐藤剛規……さとう……読めない。


「まぁ、普通に読めば『ゴウキ』だろ?」

「確かに……」


「一応ゴウキってのはあだ名でな、本当は……」

「そこまで!」


声の主はタカノリさんだった。

というか、なぜここにいるのか。


そういえばこの人の名字佐藤だったな。


「まさか……」

「専務、忘れ物ですよ。名簿」


「あ、ああ。ありがとう。……タカノリくん」


名簿を渡した時のタカノリさんの目は笑っていなかった。


「社長ですよね?」

「やだなぁ、僕の歳で社員回せるわけないでしょう」

「社長、ですよね?」

語彙を強くしてみる。


「……はい」

観念したタカノリさんはちょっと悔しそうな表情を見せた。



「あれは本当に偶然だった」

タカノリさんは10年前のことをそう語る。

その日の夕方加奈と前島専務を交えて飲み会をすることになった。


「まさかあの時の子が君だったとは……」

「ゴウキとは同級でな、会社立ち上げるっていうから「じゃあ俺専務」みたいなノリだったからな」

「……いい加減なひとですね」

加奈がボソッとつぶやく。


「いや、オレ一人じゃ会社ここまで大きくできなかったよ。前島のおかげだ」

「………」

ドヤ顔の前島専務を睨みつけつつ加奈はジョッキを一気に空にする。

「ちょっ、加奈」

「一気はやばいだろ、一気は」

加奈を介抱するふりだとわかりながら、二人が去っていくのを見届けた。


「……だますつもりもなかったし、君がうちの社員だと気づいたのも君が去ってからだった。そこは信じてくれないか」

「……連絡先」

「……?」

「私社長の事よくわからないから」

「……?」

「いらないなら破り捨てて構わないので」


手渡したメモに自分の携帯番号とアドレスを書いておいた。


「私、加奈ぐらいしか教えたことないんで、レアですよ」

「……早速登録させてもらうよ」


言うが早いか、携帯に素早く登録を始める。


「……いろいろご教授ください」

「なんなら、今すぐでも……」

肩に回そうとした手は祥子にかわされてしまう。


「加奈が心配なんで、ここで失礼します」

「前島がどうにかしてるだろ」

「それはそれで心配なので」

確かに加奈も心配だったし、

このままタカノリさんのペースに巻き込まれるわけにもいかない。


「……一つ教えてやる」

「はい?」


「オレ、どっちかというとSだから。そのへん覚悟しとけ」

「……偶然ですかね、私、加奈に言わせるとMらしいんで」

そう言い残して私は手をひらひらさせて店を出た。

今日はタカノリさんおごり、ということになっているので。



「……不思議な感覚だ」

自分に嫉妬している気分だ。と後にタカノリさんから聞くことになる。



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