15.
「……で、お願い事が2つもあって、どっちも僕になんとかしてくれってことなのかい?」
「お願い、この通り。神様、仏様、猫神様ぁぁぁ……」
まだ制服を着たままの麻弓は、自宅の勉強部屋の真ん中でキチンと正座し、合わせた両手を頭の上に掲げて、その下の頭を深く下げた。
彼女の正面に位置する勉強机の上には、右が深紅で左が翡翠色のオッド・アイになった白猫が腰を下ろし、右前足を舐めて顔を拭いている。
白猫の名前は、ヴァルトトイフェル。
ターキッシュアンゴラの雄猫で、普段は人前で飼い猫を演じているが、麻弓の前でのみ人の言葉をしゃべる魔法使いだ。麻弓が小学校六年生の時に魔法を授けてくれたのは、彼である。
なお、麻弓の家族には、彼は『拾われた野良猫』という設定になっている。実際は、小六の麻弓に魔法使いの適性があったため、彼の方から彼女に近づいてきたのが正しい。
ツナ缶が大好物で、これを与えれば依頼を快く引き受けてくれるし、大抵の不機嫌が治るため、買収しやすいと麻弓は思っている。現に今も、机の横には、ノンオイルのツナ缶が3つ積み上がっている。
「僕はノンオイルよりも、普通のがいいんだけどなぁ」
「油ぎっしゅのが?」
「いけないか? 君みたいにニキビはないぞ」
「うっ……。この缶しか家にないの」
「まあ、魔力がそこに残っていたということは、尋常じゃない事態だから、何とかしてあげるけど――」
「本当!?」
まだ頭の上で手を合わせたままヴァルトトイフェルの方へ顔を上げた麻弓は、期待で目をキラキラさせる。猫の姿をしているが、猫らしからぬポーズも取れる彼は、「ふむ」と鼻を鳴らし腕組みをした。
でも、麻弓はすぐに真顔になった。
「……えっ? それ、図書室の方よね? スズちゃんの方は?」
「彼女がどこまで感づいているかを調べることかい? 人の心を読む魔法は僕の範疇外だよ。仮に君のことに気づいていたとしても、記憶を消し去るとかは出来ない相談だね」
「がっくり」
スズが魔法使いではないことくらいは、麻弓にもわかる。魔女の残り香みたいな匂いがないからだ。ただ、一般人が魔力を感じるのか、感じないとしても「魔力を感じる」という言葉が何を意味するのかが見当すら付かない。
「はったりじゃないの?」
「はったり?」
「一度目撃した魔法使いの顔ははっきりと思い出せないが、君を見ているとなんかこう胸の奥がザワザワしてきてあの事件を思い出す。だから、もしかしてと思って、尻尾をつかむために鎌をかけているのさ」
そういえば、『次は、そいつの尻尾をつかむ』と拳を握っていた。あれは、自分のことだったのかと勘ぐりたくなる。
「今は思い出せないから気づいていないけど、いつか何かの拍子に思い出して気づくって事?」
頭の上の両手をゆっくりと下ろす麻弓は、不安に駆られて震え上がった。
「そうかもよ」
「どうしよう……」
「まあ、そっちはさっきも言ったとおり記憶を消せないから、気づかれたら諦める。気を揉むだけ無駄さ。それより、もう一つの方が問題だ」
ヴァルトトイフェルが鼻を鳴らして、腕組みする腕の上下を組み替えた。




