六畳間の怪異(中編)
父からあの和室の秘密を聞いてから、自分の家が恐ろしくてたまらなかった。
オカルト好きな人なら面白がるのかもしれないが生憎私は苦手である。
学校祭でのお化け屋敷も友人たちに誘われたが、走り回って断ったぐらいだ。
勿論ホラー映画なんてもってのほかだ。見る人の気がしれない。
私は夜も落ち落ち寝ていられず、毎日寝不足であった。
父の話を聞いてから半年たち、高校生活も終わりを迎え始めた高校3年の秋のことだった。
「ヒメちゃん大丈夫?クマひどいけど。」
「大丈夫じゃない…。全然大丈夫じゃない。自分の家なのに心が休まらないんだから…。」
「それはヤバイな。あぁ…髪の毛のお化けだっけ?お祓いとかしてみたら?」
私をヒメちゃんとと呼ぶのは親友である友香だ。
五十嵐 西姫〈いがらし にしき〉だからヒメちゃんらしい。
彼女にだけは例の和室のことを話している。
「随分前にお祓いやったらしいんだけどダメだったって。」
「随分前のことでしょ?昔ならできなかったことが今なら出来るかもよ?」
文明の力もあるし!と友香は今まで弄っていたスマホの画面を見せつけた。
そこには数々のお祓いサイトが並んでいる。
有名な神社のものもあれば胡散臭そうな所もあるようだ。
まぁ、ダメ元でも一度試してみるのもアリじゃない?
「かんがえてみるよ。」
そういい、私たちはその後それについて話をする事は無かった。
その日の夜のことだった。
いつものようになかなか寝付けずスマホを見ていると鐘の音が聞こえてきた。
近くにお寺はあるのだが今は午前2時を過ぎいている。
誰かの悪戯だろうと思ったが、よく聞けばそれは広間にある柱時計の音だった。
その瞬間背筋が凍るような恐怖が襲った。
たしか、父は和室での出来事があったとき、深夜に柱時計の音を聞いていた。
ガタガタと震えながら布団に潜り込んだが音は全く止まない。早く止め、早く止め!そう思っているうちに気がつけば朝になっていた。
翌朝、私はとある祓い屋に依頼をした。
《祓い屋シノノメ》
ご依頼はこちらから!
××−××××−××××
突貫工事でとりあえず作ったかのようなサイトだった。
センスのかけらもない。だが、何故かその名前に親近感が湧いた。
《六畳間に異変あれば東雲先生を尋ねるべし》
あの手紙にあった東雲の文字。
もう気休めでもいいのだ。とにかく恐怖から逃れたい。それだけだった。
その一心でコールボタンを押した。
意外にもその電話番号は繋がった。
「あ、もしもし…サイト見て電話したんですけど。」
「サイト…あぁ、そういやぁ載せてたな。冷やかしか?依頼か?」
相手は男性でハスキーボイスだったこともあり嫌に色気を帯びていた。
「い、依頼です!めちゃくちゃ困ってまして一度見にきてもらえたら…と、思いまして…。」
「…わかった。アンタ金はあんのかい?」
「あまり多くは出せませんが…。」
「ま、女子高生なら仕方ねぇな。」
失礼な物言いではあったが、依頼は受けてくれるらしく今週末の日曜日自宅に来てくれることとなった。
そういえば、あの人はなんで私が女子高生だってわかったのだろうか。
そして、日曜日が来た。
父と母は商店街のイベントでたまたま小旅行券が当たったらしく2泊3日で旅行中だ。
お祓いのことは言い出せなかったのでちょうどよかったのかもしれない。
ピンポーンと玄関チャイムが鳴った。
普段掃除をしていないわけではないが、とりあえず散らかっていないかぐるっと見回してから玄関へと向かった。
玄関先にいたのは男であった。
「どーも、シノノメです。アンタが依頼くれた五十嵐西姫さんかい?」
「はい。そうです。お待ちしてました。」
その特長的な声は依頼したシノノメで間違いないようだった。
依頼したのは私だが、こんなにも胡散臭そうな男が来るとは思ってもいなかった。
シノノメは全身真っ黒でコーディネートしている上に鬱陶しそうな長い前髪で目元が見えない。
さらに無駄に高身長で猫背。
いくらなんでもネットなんかで依頼するんじゃなかったとすでに後悔すらしてきた。
『アンタ、俺みたいなのが来てがっかりしたろ。』
はい。と言いたいのを堪えて誤魔化したが、それすら見抜かれていたかのようにフッと鼻で笑われた。
電話した時から思ってはいたが、些か失礼ではないだろうか。
ムッとしていると、シノノメに問題の場所に案内しろと言われた。
もうさっさと見てもらってとっとと帰ってもらおう。
そう思いあの六畳間の和室へと案内した。
部屋の前に着くとシノノメはハハッと笑った。
『すごいな、アンタら。こんな場所でよく正気でいられたな。』
「どういう意味ですか。」
『ん?あぁ、これが視えてねぇのか。まぁ、視えねぇ方がいいだろうな〜。』
シノノメが襖触ろうとした時生温い風がスッと二人の頬を撫でた。
今朝から窓は開けていない。
シノノメには何が視えているのだろうか。
襖を見ていた視線は今は床をみている。
「全くアンタらの一族はとんでもねぇもん残し続けてるんだな。こりゃ、そこらの祓い屋如きじゃ祓えねえのも頷けるか…仕方ねぇ、この依頼正式に引き受けてやるよ。感謝しな。」
また夜中にまた来る、そう言いシノノメは家を出て行った。正式にって、依頼ちゃんと引き受けてたわけじゃなかったのか…。
私は騙されているのだろうか。
シノノメという男不審者すぎる。
お金だけ請求されて祓うことができなかったら、警察に突き出してやろう。そう考えたが、和室のことも話さねばならなくなる気がして諦めた。
すっかり日が暮れた頃、再びシノノメはやってきた。
そしてあの和室の前に行くと座り込んだまま動かなくなった。
「あの〜、何なさってるんですか。」
『あ?何って待ってんだよ、その髪長お化けをな。』
勝手に入っても意味無いからな、といい躊躇いもなく襖を開けた。
私は思わず目を塞いだが、恐る恐るみてみるとその部屋には何もなくただただボロボロになった和室が存在していた。
シノノメ曰く、気に入られなければ髪長お化けは現れないのだそうだ。
「でもそれって、シノノメさんが髪長お化けに気に入られなければ意味ありませんよね?」
『安心しな、バケモンにはモテモテだから。』
さも当たり前かのように答えた。
その後、ここはいいからさっさと寝てろと言われたが、他人がいる中で寝られるはずもなく一緒に起きていることにした。
和室の前にいてめちゃくちゃ怖いはずなのに、何故かその日は怖くなかった。
しばらくその場にいたが沈黙に耐えかねて世間話でもしようかと声をかけようとした時突然鐘の音が響き始めた。
『なんの音だ?』
「広間にある柱時計です。時々変な時間に鳴るんです。確か父がここで髪長お化けにあった時もなっていたそうですけど。」
『そうか。アンタこれ持ってその柱時計のある広間に行ってろ。』
「え、でも…。」
『怖がりがいても邪魔になるだけだ、それに俺の勘だが、その柱時計別に壊れちゃいないはずだ。』
シノノメは私に御守袋を投げ渡した。
翡翠色をした御守袋だ。
よくわからないが、邪魔と言われててしまっては仕方がないので大人しく柱時計の元へと向かうことにした。