表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
孤高にして影の王  作者: mikaina
1章
7/72

新米ぼっちは信じない

 

「ウェーイウェーイ!」


「あっはっは」


「ヒャッホーウ!」


  今日も今日とて騒がしい休み時間。


  今日は、体育もあったというのに元気なものだ。机に伏せスマホを弄りながらそう思った。


  一周どころか七周ぐらい回り回って尊敬すら抱きそうになる。イヤホンから流れ出る音楽すら意味を成さず、ティッシュ配りのアルバイトの前を通る学生が如く通過するその騒がしさ。


 本当に嫌になる程いつも通りだ。ここまでは。


「――――」


 ふと周りが静かになったことに気づく。いや周りは先程までと変わらず騒いでいる。


 だがどこかのグループが発した言葉が俺の耳に届き、周りの音を不自然に搔き消した。意識は研ぎ澄まされそのグループの声だけが俺に届く。イヤホンをしているのに届いた声。周りのざわめきなど聞こえない。耳に入らない。


 運動部の女子が集まる一角だ。


 俺の位置から少し離れていて先程は聞こえたはずの声も今はもうほとんど聞こえない。俺はとりあえずイヤホンから流れ出るポップな音楽をミュートにし、静かに耳を澄ませた。


「ねぇ、私達の分まで今日配られた課題やっといてくれない? 私達ちょっと放課後忙しくってさぁ、ね、一井さんならできるって」


「ぃ、いやぁ、それは……」


 途中からのため詳しいことは分からないが、グループの中心の女子がニヤニヤと悪意と害意に満ちた下卑た笑みを浮かべ他の女子を弄っているところの様だ。


 そして、その様子を見てクスクスと笑っている取り巻きのような女子達。


 一井と呼ばれたいじられている女子。彼女も周囲を囲む女子同様に笑みを浮かべている、がそれは楽し気な笑みではなく、浮かべているのは卑屈な笑み。


 それは相手に媚びる『醜い笑み』。俺が最もと言っていいほど嫌う醜悪な笑み。


 茶色の髪を肩ほどまで伸ばし、幸薄ながら愛嬌のある可愛らしい顔。美少女と称しても問題ないほどの彼女。だがその歪んだ笑みのせいで彼女のその可愛らしさ、愛嬌は全て消え去ってしまっていた。


 俺は弄られている彼女を知っている。


 一井 莉佐。


 このクラスで俺以外にたった一人の選ばれし者の一人。俺の同類、同郷人。


 つまり、ぼっちだ。


 弄ってる女子の名前は残念ながら分かりません! ぼっちはぼっちに興味を持つが、優れたぼっちは凡人には興味を持たないのだよ、ふっ。


 それにしても災難だな。莉佐はみたところ、新米ぼっち。


 まだ、友達が欲しいとか思ってしまう程度のぼっち力でしかない。雰囲気から察するにぼっち歴一年ちょっとってところ。高校入学と同時にぼっちになったってところか。


 ぼっちは、すいもあまいもすっぱいもからいも儚いもお芋山芋、全てを乗り越え、長い時間独りでいることで多種多様な経験をし、様々な状況への対処法を学んでいく。だが莉佐はぼっち歴一年ちょっとの新米だ。


 まだ経験の浅い身。総経験値は低い。ボス戦に挑むにはレベルが足りない。メタル狩りが足りていない。そのせいか、もう既に対処法を間違えている。


 ぼっちは決して下手に出てはいけない。


 例えば今回の莉佐のように何かお願い、頼まれごとをされた時。


 もしも嫌だったらきっぱりと断らねばならない。


 曖昧な態度は相手を不用意に苛立たせるだけ。下手に出ては付け込まれる。ぼっちにとって下手に出るという事は、いじめやパシリにされるかもしれない材料を取り揃える事と同義だ。魚がまな板の上に自らから乗るようなもの。余りにも悪手。まして媚びた笑みを浮かべながらなど数え役満。まな板どころか包丁の上に乗っちゃって鱗を自分で落としちゃったレベル。


 熟練ぼっちほどではないがあいつらは意外とそう言った感情に敏感だ。自分が最大限、愉しむために本能が彼らに教えているのかもしれない。


「……え、何? できないの?」


 莉佐にやんわりと断られたことに苛立ったのか、莉佐を弄っていた女子は少し語調を強める。それは関係のない俺でも身震いしそうになるほどに威圧的。


「ぃ、いや、そういうわけじゃ……」


  莉佐の声は震えていて今にも膝を崩し涙を流しそうなほど。


 ……独りになって、ぼっちになって最初は誰だってそうだ。


 どうすればいいか何もわからなくて理解できなくて、常に周りに怯え媚びるから、目を付けられてからかわれて馬鹿にされて、悔しくて辛くて、足掻いてもがいて、嘆いて泣いて……。


  そんな莉佐に対し弄っている彼女の声は酷く耳障りだ。


 莉佐を侮っている声。悪意を悪意と認識などせず、ただ目の前の愉しみを貪り喰らう悪食。何度も聞いた独りでいる者を馬鹿にし嘲り、嗤う声。自分が優位に立っていると信じて疑わない『弱者』の声。


  嫌いだ、この声が。認めたくない。


 莉佐を、独りで歩む者を、嗤う声を――。


 認めない。


 痛みを経験すればそれは確かな現実と理想をいつだって教えてくれる。痛みこそが現実で、痛みを伴わないものは全て理想なのだと。まるで真実の鏡のように。


 痛みはこの世界に確かに必要だ。人の成長に痛みは必ずといっていいほど絡んでくる。ぼっちだって痛みを伴わず成長はないのかもしれない。


 必要、必要だが経験しなくてもいい痛みだってこの世には食事をするごとく当たり前に存在する。痛みを知らなくたっていい人だって存在する。


 莉佐が今まさに経験しようとしているものは必要な痛みなのだろうか。意味のある痛みなのだろうか。


 俺は軽く椅子を引いた。ギギッという曇った音はざわめきに掻き消されて誰一人として届かない。


  それは多分莉佐のためとかそんなかっこいい理由じゃなくて、自分が気に入らないからなんていう酷くみっともない理由。


  それでも、俺は――。


 キンコンカン☆コーンッ! キラッ☆


 そこで莉佐にとっては運よく、予鈴が鳴りわたる。


 やはりこの学園のチャイムは少し独特だ……いや、やっぱり独特すぎるだろ……。俺は上げ始めていた腰を静かに元の位置へと戻した。


「ぁ、あ、ごめん! 次の授業の用意しないとっ」


「……そっか、じゃあ後で」


 ほんとにごめんねと莉佐は一言付け加え、ロッカーのある教室の後ろ側へと向かった。その莉佐の背中を弄っていた女子とその愉快な仲間達は鋭く睨みつけていた。


 うわぁー、災厄じゃん。ちげーや、最悪じゃん。莉佐にとっては災厄であってるだろうけど。


 俺、嫌いなんだよ、ああいう弄りとかいうやつ。あれ、弄りとか言うけどいじめと変わらなくない? 普通、いじめだと思うじゃん。


 でも、先生にいうじゃん? そうするとアイツらは、「先生―! これはいじめじゃありませーん! ただちょっと弄ってただけでーす!」「そうでーす! 僕たちべつに仲が悪いわけじゃありませーん! ねー!」「……それならいいんだけど、やり過ぎ無いようにね」……バーカバーカ! いじめだわ! 弄りといじめの境界線を説明してみろや! ボケ! 先生も先生だわ。それならいいっていいわけねーだろ! バーカバーカ!


 ああいう弄りってのを楽しんだり許容すんのが陽キャ(笑)なんだったら、俺一生関わり合いになりたくないわ。


 まあ、相手も俺みたいなぼっちとは関わりたくないかもしれんが…………あ! まずぼっちの俺のことなんか存在すら認識してないか。はっはっは! ……はぁ、死のっかな。


  教科書を手に持った莉佐はえっちらおっちらしながら、俺の隣の席にその教科書を置いた。そう、彼女は俺の隣の席なのだ。


  そのまま彼女は両手でスカートを押さえながら席へとついた。こう、なんだろな、女の子がスカートを押さえる仕草好き。


 彼女が座るとほぼ同時に授業開始を告げる本鈴のチャイムが鳴る。キンコンカン☆コーンッ! キラッ☆


 ……だから独特すぎるだろ……。


 俺がチャイムに戦慄していると隣から少し視線を感じた気がした。


 隣を見るが莉佐は教師が入ってきたドアをさっきの濁った瞳とは打って変わった澄んだ瞳で見つめていた。


 俺の席は窓側の一番端。隣には莉佐一人しかいない。


 故に彼女からの視線の可能性が非常に高い。


  いつまでもジッと見ているわけにもいかず俺は視線を手元にずらす。


 ぼっちは視線に敏感だ。莉佐もぼっち歴が短いとはいえ一応はぼっち。俺のバレないように見ることの出来る特技。『バレないでみえーる』を持ってしても長時間見続けるのは危険だ。


 ぼっちは常に誰かの視線や話し声に怯えている。


 クラスの誰かが笑えば自分が笑われているのではないかと怯え、少し視線がこちらの方を向けば自分に何か変な場所があるのかと怯え。


 ぼっちは常に恐怖と闘っている。ついでに眠気と便意とも闘っている。断言してもいい、ぼっちが真面目な顔をしている時はエロいことを考えている時か、ウンコがしたい時だ。


 故にぼっちは勘違いなどしないのだ。こっちの方に手振ってるなと思っても、それは後ろの誰かに振られたもの。


「ねぇねぇ」と授業中に声をかけられれば、それは落ちた消しゴムを拾ってほしい合図だ。


 ぼっちは勘違いをしない。してはいけない。


 傷つくのはいつも独りだ。


  もし視線の正体が彼女だったとしても、彼女はきっと別の何かを見ていたのだ。例えばそれは青い海を反転させたような空だったり、橙の蝋の翼を溶かす太陽だったり。黒く周りから見ればちっぽけな俺を見ていたなどありえるはずがない。


 俺は自分をそう納得させ、莉佐に倣うように黒板の前に立った教師へと目を向けた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ