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孤高にして影の王  作者: mikaina
1章
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熟練ぼっちの日常4

 

  昼休み。


  学生にとって至福にして幸福の時間。それはどこの学校でも変わらない。もちろん影春学園でも。



  昼食を買いに行くために席からのっそりと立ち上がる。窓から差し込む春の陽気が眠気を振りほどくように頬に射した。


  今日は母さんも妹も早起きしなかったために購買だ。


  教室を出て廊下の人垣を忍者のように避けつつ少し歩くと、視聴覚室や図書館、購買、食堂といった施設の揃う別棟に辿り着く。


  影春学園は主に三つの棟で形成されている。


 中等部の生徒が通う中学棟。俺たち高等部が通う高学棟。そして様々な施設の揃う別棟だ。


 この別棟は中等部の生徒にも使われていて別棟の食堂で中等部と高等部の生徒が一緒に談笑し合うなんてのも案外見かける光景だ。


 別棟三階の購買まで行き、菓子パンを購入した。今日購入したのはチョコチップメロンパンにホットドッグ、コーヒー牛乳。計二百八十円だ。結構、いやかなり安い。


  昼食一式が入ったビニール袋を持ち来た道を引き返す。


  ここで俺からのワンポイントぼっちアドバイス。

 意外とぼっちは教室で昼食を食べる、だ。


  よく創作の中で、『ぼっち飯』とかいって「僕は教室では食べない」、みたいなことを言い出す連中がいるがあれは九割がた嘘だ。案外ぼっちは普通に教室で昼食を食べるのだ。ぼっちマスターの俺が言うんだから間違いない。


 トイレで飯食うなんてもってのほか。いじめられてもいないのに今時ありえない。ぼっちといじめはイコールで結べない。たまに気分転換に他の場所で食べたりするが、まぁそのくらいだ。外でたまに食べたりすると外の新鮮な空気でいい感じに気分が変わって美味いんだよなぁ。


 アイツらファッションぼっちが教室外で食べるその理由は「気まずいから」とか「恥ずかしいから」とか。よくそんなんでぼっちやれてますね。ぼっちはそんな菓子パンみたいに甘くないよ。


 普通に考えればわかる事だ。常に独りでいる熟練ぼっちが昼食を独りで食べているところをクラスメイトに見られた程度で何が起きようか。いや、何も起きない(反語)。


  先ほどよりも人の減った教室へと戻ってきた。席に着き手を合わせる。


  いただきます。


 パンの袋を無造作に開け、スマホをぽちぽちといじりながらパンを口に運んで行く。


 本来、スマホをいじりながらなんて行儀が悪いが、独りで食べてる時は許して欲しい。家とか外食だとやらないから、絶対。そんなことやったら家族の女性陣に殺されちゃうから、絶対。血の雨が降ることになるから、絶対。


  ふーん、あの芸能人結婚したんだ。


 へー、あのチームが優勝したのか。


 ポチポチとスマホを弄りつつ黙々と食べ進めて二つのパンを食べ終わり、コーヒー牛乳を最後までズズッ、とストローで音を鳴らして飲みきった。


 美味いなぁ。


 よく創作の食事シーンで「みんなで食べるご飯の方が美味しい」とか、「一人で食べるご飯よりみんなで食べた方が美味しいに決まってる」みたいな事言うけど間違ってるよなぁ、と独り思う。


 じゃあ三つ星シェフの料理を一人で味わって食うのが不味いのかよって話だ。違うだろ。死ぬほど美味いに決まってる。


 俺の母さんと妹の作ったご飯は一人で食ったらまずいのかよ。美味いよ。いつも独りで食ってる俺が断言する。美味いよ。美味いもんは美味いよ。


 友情や絆で味が変わるわけねーだろ。お前らの気持ちの問題だろ。お前らが一人で食う飯を忌避してるだけだろ。みんなで食べるご飯は美味しいでいいだろうが。「方が」とかいらんだろ。


 独りで美味さの感傷に浸りながら食ったほうが美味いかもしれないだろ。本当の独りを、孤独を味わったこともないくせによく言うわ。孤独を味わったことがないどころか料理もちゃんと味わったことねーんじゃねーの。経験もねーのになんで独りを嫌うんだよ、お前らは。ったく。


 ごちそうさまでした。


  食べ終わった後、腹休めの休憩をしてからゴミを捨てるために立ち上がる。


  わざわざ廊下のゴミ箱にパンのゴミを捨てた。そのまま教室には戻らず、先程パンを買った別棟へと向かう。


  さっきは、購買のある三階に行ったが今回は違う。


  階段をコツコツと音を立てて下りていく。一歩歩むごとに雑音は消え俺の足音だけが響く。先程まで聞こえていた馬鹿みたいにうるさい喧騒はもう遠い。


  二階に着き、俺は進路を変える。


 視界の先にあるのは渡り廊下。


 その渡り廊下を抜けると下へと続く階段だけが不思議に存在していた。階下から物音は聞こえない。その階段を下りていくと、目の前に佇むのは重厚な雰囲気を放つ扉。


  俺はその扉に躊躇なく手をかけた。


  両開きのその扉はギギッ、という音をたてながら徐々に開き、扉の内側を露わにしていく。


 ゆっくりと視界が広がっていき、目の前に広がるのは視界全てを埋め尽くすほどの本。そして椅子に腰を落ち着けたあまり多くはない人。二桁行かない程度だろう。


 それぞれが手に本を持ち、その静寂に支配された空間を紙をめくる音だけが木霊していた。


 そんな場所にギギッ、という扉を開く少しばかり大きな音が鳴ったことで、音の根源、つまり俺のほうへと視線が集中する。謝罪の意を込め軽く会釈をすると本を読んでいた人たちは俺に対する興味をなくし、手に持った本へとそれぞれが意識を戻した。


 俺に向かってくる視線が無くなってから本棚から一冊の本を手にし、いつも座る一番奥の人目につかない場所へ向かい、椅子を引いて席に着く。


 俺がやってきた場所。それは、もう分かっているだろうが図書館だ。


 影春学園の図書館は非常に大きい。それは図書室ではなく図書館と呼ばれている事からもなんとなく想像できるだろう。


 だがそんな図書館に訪れる生徒は中等部、高等部、教員を合わせても非常に少ない。


 図書館のある場所が人目につきづらい事から始まり、影春学園は図書館以外の施設も整っている。そのせいで図書館以外の他の施設に人が集中し来館者が来ないのだ。立派な図書館なのに有効活用されずもったいない。


 本を開き読み始める。ペラッペラッと本をめくる音が気持ちいい。電子本では味わえない、紙の本ならではの楽しみだ。スマホやパソコンが広く布教した影響で紙の本よりも電子本が最近の主流になってきている。俺はその事を考えるたびに少しだけ疑問に思う。


 本は電子が主流になるのに、何故未だに履歴書は手書きが主流なのだろうか。


 パソコンで作ったりすると評価が下がったり、「うちは手書きじゃないと受け付けてないから」とか言ってくるらしいぜ。もうそろそろ就職を考え始めなきゃいけない時期に差し掛かってきてるんだが、そんな事が起きるかもしれないと考えると鬱になりそう。


 少し失礼かもしれないがこの図書館は人が来ないのでぼっちにとってとても居心地がいい。周りで本を読んでいる人も隣り合っている者はおらず、なおかつ本を読んでいる人は毎回固定されているので、みんな俺と同じような人なんだろうなと勝手に仲間意識を持つ。

 ぼっちは同族嫌悪しない。


 ぼっちはぼっちを滅多に嫌わない。


 独りでいることの苦難を知っているから同じ道を進む者を容易に嫌えないのだ。


 深く深く息を吸った。インク独特の香りが鼻腔を突き抜けていく。


 俺は本が好きだ。この空間も好きだ。騒がしさとは無縁のこの場所は、あの扉の向こうとは別世界なんじゃないかとたまに錯覚しそうになる。知ってるか、衣装ダンスの中を通らなくても簡単に別世界に行けるんだぜ。この別世界じゃ、ライオンやビーバーは喋らないけどな。


 そんなこの別世界にも、たまに物珍しさか何かで騒がしい奴らがやって来ることもある。が、静かな静が支配するこの空間に自分達は場違いだと気づくのだろう。五分もせずに振り返ることなく去って行く。俺がこの図書館に入り浸るようになってから二、三回、場違いだと気づかず去らずに騒ぎ続けた本物の馬鹿も中にはいたが、司書さんに怒られ撤退していった。


 司書さん最高にカッコいいぜ。ちなみに司書さんは女性です。


 そんなカッコいい司書さんの方へ視線を向ける。


 司書さんはL字型ソファーで横になりながらダラダラと本を読みふけっていた。……アンタそれでいいのか? 一応仕事だろ? いや、まぁ図書館に来るのも固定メンバーで慣れてきたんだろうけどね。俺が初めて来た時はちゃんとしてたし。あ、足ぶらぶらし始めた。満喫してるなぁ。


 固定メンバー達はそんな司書さんをチラと一瞥し、少し息を吐いてから本へと意識を戻した。呆れてるんかなぁ。普通呆れるよな。俺はまぁ、可愛いからいいんだけどね。


 それと固定メンバーって呼び方ダサいなぁ。今度なんか一人で愛称でも考えるか。これ、結構ぼっちあるあるだよね。勝手にあだ名つけたりするやつ。よくやるわ。


 好きじゃない奴のあだ名をクソみたいなやつにして心ん中で馬鹿にしたり、可愛い子をあだ名で絶賛したり。小学校の頃の同級生に「はんぺん三角ベース田島」と「熾天使ユリアエル」ってあだ名付けたの思い出すなぁ……。


 本を読み進める。この場所に来てから約三十分。もうすぐ昼休みが終わる。この静かな別世界から、あの地獄のような騒がしさの世界へと帰らなければならない。うわーやだー。五時間目なんだっけー。


 キンコンカン☆コーンッ! キラッ☆


  俺の静寂な世界の終わりを告げる鐘の音がした……嫌だなぁ、こんな、キラッ☆で世界が終わるの。


 その音が聞こえると同時に複数の場所でパタンという音が聞こえた。本を閉じる音だ。かくいう俺も予鈴が聞こえると同時に本を閉じた。


  予鈴が鳴ると皆が一斉に本をしまい、あるいは戻し始める。


 影春学園昼休み図書館名物、予鈴一斉帰還だ。名物といってはいるが、ここにいる人ぐらいしか知っている人はいないし、名物と思っているのは俺だけだろう。


 予鈴が鳴ってからのその行動はまるで軍隊を連想させるほどに統一され迷いもなく静かでそれでいて素早かった。


 予鈴が鳴ると司書さんも動き始める。ソファーから受付へと移動して一応の体裁を整えるのだ。


 本をしまった後は、出入り口である扉を目指す。戻す本の位置、それに座っている席がバラバラのため横に並び戻ることなどなく、縦一列になりながらほぼ等間隔で扉をくぐる。俺は一番奥の席に座っているためいつも最後尾だ。


 扉の近くには受付兼貸出所があり司書さんがそこに立っている。俺は図書館を出る際、軽く司書さんに会釈をする。ペコリ。あざーした。


 司書さんは特に芳しい反応もせず俺たちに向かって、ただ手をパタパタと振っていた。


 扉を抜けると少しばかり耳を抜けていく騒がしさが、現実に戻ってきた事を教えている気がした。


 階段を上る際も一列、渡り廊下を渡る際も一列。


 俺はこの時間も意外と好きだ。後ろから見てて面白いし、ぼっちが一列になっている光景はスゲー馬鹿みたいで好き。


 やがてパラパラと自分の教室への最短ルートを辿る固有メンバー達。


 別れの時だ。一人、二人と違う道へと歩んでいく。


 きっとこの光景のように俺たちの道は決して重なること、交わることはないんだろう。そんなくだらない事を考えながら俺も教室へと足を進めた。


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