新米ぼっちは理解する6
「ちょ、ちょ、ちょっと! まだ話は終わって――」
「麻里亜もういっちゃったって……」
何が起きているのか、さっぱりわからなかった。
いきなりイヤホンを奪われたかと思ったら、莉佐がポタポタと涙を流し始めて。情緒不安定なのかな? どうでもいいけど美少女の涙を売ったら商売できそう。それでその内感情を失くし初めて小鳥を殺さないと涙を流さなくなりそう。
莉佐が泣き始めた時点でも意味が分からないのに、泣いていた莉佐が突如元気になり俺のイヤホンを取り返してくれ、俺を「黒瀬くん」と呼んだ。
ここ重要!
ここ!
ここだよ! 俺のこと「黒瀬くん」って呼んだよ! 同級生に名前を呼ばれたのなんていつぶりだろう。二、三年ぶりだったかなぁ……。
これが男ならさっぱり嬉しくないのに、ぼっちの可愛い女の子に言われたという事実だけで口角が勝手に上がるのが分かる。ニヤけないよう頑張ったわ。
いやーモテモテですな!まぁ勘違いはしないんだけど。でも危なかった。俺でも勘違いしてしまいそうになる程危険だった。ここ十年くらいで一番の危機だった……。俺の人生、平和過ぎないか……。
もうちょい刺激があってもいいもんだよね、人生って。ここ十年で一番危険だったのは女の子に苗字で呼ばれたことです! って完全に彼女どころか友達いないやつのセリフじゃん。俺がそんな…………あってる。
俺が黒瀬くんと呼ばれたその後、俺のイヤホンを奪った女子はは文句を言おうとした。えっと、なんだっけ? 莉佐が名前を言ってたな。
じゅ、……じゅ、じゅう、じゅうかん? いや、それはなんか色々とまずい! 流石に違うだろっ! 俺のバカっ!︎ えっと、じゅ、じゅ、獣飼! そう、獣飼だ。
莉佐はその獣飼が文句を言ってたのを遮って行く場所があるとか言い始めたんだ。
莉佐さん、なんかいきなり心が強くなってませんか? 少し前までは獣飼たちにおどおどしてましたよね? ぼっちがギャルの言葉を遮るとか、何が起きたんですか? 貴方の中で何かあったんですか?
新米ぼっちの莉佐が、あんな風に出来るなんてなぁ。なんか先輩ぼっちとして誇らしくもあり感慨深いなぁ……。仕方ない、先輩らしくなんか言ってやろうか。「莉佐、お前成長したな」みたいな。莉佐と話したことないんだけど。
女子――変化――。ここから導き出される答えは一つ! 友達か彼氏ができた! ……発想が完全に非モテ男子のソレで少し悲しくなる。普通の非モテ男子とちょっと違うのは「友達」って選択肢が入る所だ。普通の非モテ学生にも友達はいるからな。それに比べて俺ときたら……独りでいる俺格好いい! めげないのが俺の良いところ。
で、莉佐になんかメッチャ近くでお礼言われて、あどけない『綺麗な笑顔』を浮かべながら莉佐はどこか行ったんだけど……。その間、獣飼が結構怒鳴ってたんだけど無視。完全に無視。ホントに精神強くなりすぎじゃない? なんかおかしな方へ行ってしまいそうで心配だ。
一通り自分の中で整理をつけ終え、さっきから微動だにしない、莉佐に話を遮られてしまった挙句無視されてしまった可哀想な女の子こと獣飼に目を向ける。
いつまでそこにいるんですかね? いい加減どいてくれません? あと以外と行動力あるんですね。イヤホン奪われたときはちびるかと思いました。なんだったらちょっとちびりました。俺の経験則的に行動に移せるタイプじゃないと思ったんだけどなぁ。
俺に見られていることに気づいた獣飼は少し気まずそうに顔を背けた。
「…………なんか絡んでごめん」
顔を背けながらではあるものの彼女は冷静になったのだろう、俺に対して静かにそう謝罪の弁を述べた。
常人はぼっちと比べて熱くなりやすい。
常人は小さな事で意地を張ってムキになってしょうもないことで友達と喧嘩してしまうなんてしょっちゅうだ。ゲームでお気に入りのキャラを使われたとかハメ技で殺されたとか。まぁ、俺の場合喧嘩する友達がいないんだけど。
いやー、本当はね、俺としては何故イヤホンを奪い取られたのかも罵倒されたのかもわからないから説明ぐらい欲しいんですけどね。でも、まぁ俺は優しいから、今回の事は水に流してあげるてきな? 感じよ。いやー、まじ菩薩。優しすぎる。その優しさ大海の如し。優し過ぎて困っている人に自分の身体の金箔を分け与えちゃうぐらいの優しさ、そうそれは『幸せのぼっち』……怖いし早く音楽聴きたいからどっかいけや。
内なる心をおくびにも出さず、きにするなという風に獣飼の方へパタパタと手を振った。
「――ッッッ! アンタねぇ! そういう態度が!」
「麻里亜! もういいから、ほら早くいくよっ!」
何? もうやだ! ぼっちじゃない奴の思考回路が分からん! 今のどこに怒る要素があんだよ。いきなり人に手を出してきたお前が態度とか言っちゃうの? まじ意味わかんねぇ。
「マジでキモいっ!」
グフゥゥゥ! ゴハァァァァァ! 「キモい」って言われたァァァァ。
HP 32 → HP 8
HPが残り8ぐらいになった気がするぅぅ。……ほらな、俺の言った通りだろ。「キモイ」のほうが精神に来るって。
「麻里亜! いい加減にしなって! ……ホントにごめんね」
「ふんっ! もういい。じゃあね」
獣飼は勝手に怒り勝手に去っていった。
なんだったんだ一体……。結局、なんで俺は罵倒されたんだろうか……。……キモいは酷くない? 俺別にキモくないよね? キモくないよね? ねぇ! キモくないよねっ! 誰か答えてよっ、ねぇ‼︎ ねぇっ‼︎
「……ねぇ、麻里亜。なんか一井さんヤバくない? 麻里亜が話してたの邪魔した時の目がスゴイ怖かったんだけど……」
「麻里亜ぁ、もうあの子に絡むのやめようよぉ。なんかあの子変だってっ。いきなり泣き出してそのあと急に元気になったり……豹変ぶりがおかしいって。私怖いもん」
「…………別に私は怖くないけど、もう絡むのやめとく。別に怖くはないけど!」
俺がイヤホンをはめる直前、彼女たちのそんな会話が聞こえた気がしたが気の所為だろう。気の所為じゃないと莉佐がかわいそうだし……。
彼女達の背中を見送りながらイヤホンを嵌めると大音量で音が流れ出す。
どわっっ! うっさ。耳ぶっ壊れるわ。折角のクラシックが台無しだ。急いで音量を調節する。
ふんふんふんふん。ルルルールルー。うんたんうんたん。
意識高めにクラシック聴いてみたはいいけどなんも分からんな。みんなのオススメ的なやつ聴いてみたけど全然分からん。やっぱり俺にクラシックは似合わない。
俺はスマホ画面をタップしポップでキュートなアニメソングを流した。




