新米ぼっちは理解する2
いつも通りにお母さんが作ってくれたお弁当を食堂で食べ終えて帰ってきた時だった。彼女が声をかけて来たのは。
「一井さん。ちょっとお願いがあるんだけどいいかな」
はぁ。莉佐は声を掛けて来た厄介な女子を見て心の中で溜息を吐いた。
獣飼 麻里亜。
最近絡んでくるようになった莉佐にとってめんどうな女子だ。周りにはいつも一緒にいる女子達も集まっていた。一人でいる僕を馬鹿にでもしているのだろう。
なんか人生満喫してそうな人が僕に絡んでくる理由なんてそれぐらいしかない。卑屈にそう考えると莉佐の心は幾分か楽になった。
お願いかぁ。絶対にめんどくさい事だよね。今回も上手く下手に出て怒らせないようなんとか断ろう、と莉佐は軽い気持ちで受け答える。
「な、何かな? 獣飼さん」
でも実際はスラスラと言葉が出てこない。
心では強がっていても自分が彼女達を怖がっているのはこれまでの経験でもう既に分かりきっていた。
「ちょっと私達、喉が渇いちゃってさー、ジュース買ってきてくれない?」
そう言って獣飼さんは自分の周りにいる女子を見渡した。取り巻きの女子はウンウンと肯定する様に頷いた。……なんで僕が行かないと行けないの? 僕関係なくない? そう思っても莉佐は口には出せない。
周りのクラスメイトは誰もこちらを見ていない。当たり前だ。目の前にいる獣飼さんの言葉はそれほど大きくない。楽しそうに会話を交わすクラスメイト達には声は届かないだろうし、目にも映らないだろう。助けなんて一人の僕に来るわけがない。自分でなんとかするしかない。
だから莉佐は必死に言葉を探し、紡ぐ。
「い、いや、僕この後行く場所があってちょっと……」
そんな場所あるわけない。でも頭が緊張で回らない。
「ん? どこ行くの? 良ければ教えてくれない?」
「あ、あの、それは……」
ほら、僕のバカ……。そんな嘘すぐにばれちゃうのに……。
「本当に行く場所なんてあるの? ないんじゃないの?」
獣飼は苛立ちを隠そうともせず、威嚇するように上履きで床をトントン、と鳴らした。
……もう、やだ。なんでこんなに責められないといけないの。何もしてないのに。迷惑なんてかけてないのに……。
彼女達の顔を見るのが嫌で莉佐は俯いた。
「……黙ってちゃ分かんないんだけど」
そう言われても言葉が出てこない。胸の中ではいくらでも思いつく言い訳も、相手を論破できるはずの正論も全部言葉には表せない。考えが浮かんでも喉が動かない。音を発さない。
彼女達を恐れていた。怖かった。莉佐にとって『大人数』の冷たい視線が莉佐に突き刺さる。獣飼の言葉の一つ一つが胸を刺して膝が折れそうになる。。
助けて……。
誰か助けてよ……。
楽しそうな会話なんてやめて僕を助けてよ……。
目の前にいる彼女たちや楽しそうに談笑しているクラスメイトにとっては些細な小さな事でも、莉佐にとっては心が痛くて痛くて壊れそうになる程辛くて、だから助けてほしいのに、誰も莉佐の痛みには気づいてくれず、助けてもくれない。
そんな願いは自分勝手で自己中心的で傲慢だと自身が一番判っていた。それでも辛くて痛くて怖いから助けを求めずにはいられない。
獣飼さんがはぁ、と息を吐いた。
ただそれだけなのに莉佐はビクッと震え、胸の鼓動が驚くほど早くなった。
「まぁいいや、ジュースは。じゃあこれ捨てて置いてくれる? お願いね」
彼女はそう言って手に持っていたゴミが入っているであろうビニール袋を莉佐の机の方に向かってポンと放り投げた。
「あっ」
莉佐は今になって、自分の机がそこにない事に気づいて思わず声をあげた。帰ってきてすぐに話しかけられて今の今まで気が付かなかった。
辺りを見渡すと不平不満なんて一切なさそうなパリピ臭が凄いグループが近くの机をくっつけて楽しそうに談笑しながらご飯を食べているにが目に入った。
幸か不幸かそこに莉佐の机は使われたのだろう。
ということは。
莉佐が投げ捨てられたビニールに入ったゴミに視線を向けるともう既にゴミは弧を描き終わり、無事に莉佐の隣の机へと着地していた。
そう、黒瀬くんの机へと。
「ばっ、馬鹿! 麻里亜! そこ席違うよ!」
「えっ? そうだっけ? あそこに人なんか……あっ」
その時だった。丁度、本当にちょうど彼が、黒瀬くんが戻ってきたのはその時だった。
莉佐には不思議と彼が窮地を救いに来てくれるヒーローの様に見えた。