熟練ぼっちに苦手はない(大嘘)4
本来参加するべき試合を服部は風で揺れ動く木の上から己が姿を木の葉で隠しつつ眺めていた。
「まだまだ動きが未熟でござるなぁ、伊賀のサッカーを見せてやりたいでござるよ」
服部は故郷で行われていたサッカーを思い出す。
八個に分裂するボールに八人に分裂するストライカー、それに対抗するように数々の忍術を使うディフェンス達、ゴール前で口寄せの術を使うゴールキーパー。あれは恐ろしい競技でござったねぇ。
「もしも某が……」
服部がもしもこの試合に参加し全力を出していたのなら、確実に服部の所属するチームが勝利、いや圧勝していたことだろう。だが服部は考え直す。
「いや、それは慢心でござるな……」
先程の光景が目に焼き付いている。服部の隠遁を直ぐに見破った二人の男女。もしも全力で正々堂々試合を行なったとしてもあの男児に某は勝てるだろうか……。
服部の勝利を裏付けるには余りにも不確定要素が多すぎた。
外の世界にも強者はいる。里の中だけが絶対では無い事を服部は知っている。
故に探る。相手の弱点を、自分の弱点を。
「黒山ぁ! ゴール前ェ!」
試合に意識を戻すと丁度、黒瀬にボールが回ってきたところだった。
あの男児が本気を出すかどうかはわからないが少なくともどの程度の体捌きをしているかの参考にはなるでござろう、服部は黒瀬の一挙一動に注目した。
本来、忍者の服部は相手の強さを歩き方や走り方で見抜くことが出来る。だが見抜きやすい故に最も隠蔽されやすい。
至って普通の歩き方の者が一流の忍者だったという事も有り得ない話ではないのだ。黒瀬もこれに該当する可能性が大いにあった。
服部が見る限り、平凡を出ない黒瀬の歩き方、走り方。だが自分の隠遁を即座に見破るような者が平凡な訳はないと服部は考えていた。
その点、片脚を完全に軸にするシュートフォームは体幹や体捌きを隠蔽しづらいのだ。
黒瀬が飛んできたボールを蹴るシュートフォームへ入った。ダイレクトでござるか? それにしてはフォームに無駄が多いようでござるが……。
黒瀬のフォームは傍目から見ると決して綺麗とは言えず、左脚を軸に勢いよく後ろへと引かれた右脚に服部は違和感を覚えた。
「ふぅむ……」
期待外れ。そんな言葉が今の服部の感情を表すのに最も相応しい言葉だろう。
そんな服部の思いとは関係なく、黒瀬の脚が鋭くボールを捉える。
だがそのボールは目指すべきゴールを狙っておらず、全く別の場所へと撃ち出された。
そう弧を描くことなく真っ直ぐに、服部の方向へと。
「ッッッ! 某狙いでござったか……!」
服部は期待外れなどと思った自分を情けなく思った。
油断も慢心もしないと誓ったはずなのに服部は黒瀬のフォームを見た瞬間、確実に油断した。黒瀬に油断を誘われた。服部はこの時、自分の弱点を黒瀬に教えられた気がした。
ゴールを見ながらもこちらへ弾丸のように撃ち出されたノールックシュート。
それは黒瀬の意思表示だと服部は確信した。
「観察されるのは気に食わない、という訳でござるな……」
忍者の服部にとって油断していたとしてもこの程度のボール、いくらでも対処法がある。避けるも良し、苦無で穿つも良し、火遁の術で燃やすも良し。
だがこのボールを服部は正々堂々跳ね返すことにした。今から服部が行う事を跳ね返すと言うのかどうかは判別しづらい所ではあるが。
もし黒瀬に敵意があり気にくわないという理由だけだったら、もっと威力の高いシュートを撃ってきただろう。少なくとも服部や伊賀の民であったらそうしたであろう。
これは意思表示且つ人間観察も程々にしておかないと痛い目に合うぞと言う黒瀬からの警告でもあると服部は瞬時に理解した。
服部は忍者の末裔だ。だが末裔とは言うが服部自身も一人の忍者。忍者は不義理ではない。
義には義を。
「甘いでござるなぁ」
それは自分に向けた言葉か、黒瀬に向けた言葉か。
このままではあの男児、黒瀬殿がチームメイトに悪態を吐かれてしまうかもしれないでござるよ、仕方ないでござる、服部は黒瀬の評判を下げないように動く事にした。自分への警告のために黒瀬が悪態を吐かれることを服部は良しとしない。
「風遁! 旋嵐!」
手で印を組みつつ服部がそう唱えるとボールに向かって勢いよく風が吹き荒れた。
コートを出そうになっていたボールは勢いを緩め、ゴール前へと向きを変える。狙いは黒瀬の名前を呼んだ男。服部と同じクラスでサッカー部の野田だ。
自分のいる方向へと飛んで来なかったボールに対して軽く足踏みしていた野田は、コートを出る直前に不自然なまでに急カーブしたボールに目を見開いた。
だがそれも刹那、すぐにそのままシュートフォームへと突入する。それは綺麗で真っ直ぐなシュートフォーム。
野田はサッカー部のエースストライカーだ。
影春学園サッカー部を全国へ導いた立役者でもある。結果は惜しくも初戦敗退ではあったがそれでも野田の実力は本物だ。
そして今回のルール。オフサイドがないのが野田にとっては幸いした。ゴール至近距離での完全にフリーの浮き球。
「オラッッ!」
野田は飛んできたボールを確実にミートしキーパーの届かない位置へ押し込み、ネットを揺らした。
そのシュートは忍者の服部にすら感嘆の息を吐かせるほどのものだった。
ピピー、と腕時計を確認しながら体育教師が笛を鳴らし、試合はそのゴールが勝負弾となり野田率いる黒瀬所属のチームの勝利に終わった。
「「「ウオオオオオオ!!!!」」」
大地を揺るがさんとするような歓声が響く。その歓声の向かう先は勿論服部や黒瀬ではなく、豪快にして華麗なシュートを決めた今日のMVP野田だ。
「お前今のどうやったんだよっ!?」
「スゲェよ、野田ぁ! よっ、流石全国の実力者!」
「野田! 野田っ! 野田っっ!」
服部が術を使いボールを野田に届けた事など常人には想像もつかない。
皆が野田を褒め称え、胴上げに移ろうかという中、黒瀬は手を叩きながらもこちらを見つめていた。その瞳は大きく見開かれていた。
「これで満足でござるかね」
服部が静かにそう呟くと聞こえていないはずの黒瀬は何かを考えるように一度目を閉じてからゆっくりと口を開いた。
「――」
服部にその声は届かない。だが服部は術を使わずとも理解していた。
「お疲れ様、でござるか」
なんかライバルみたいで良いでござるな、と服部は感慨深げにこちらに背を向けた黒瀬の背中を見た。
ライバル……。
もしかしたら。
古来より主人公とライバルは最終的に仲良くなるのが少年漫画の王道だ。
それにもしも噂が真実だとするのなら……。
だから服部は希望を抱く。
「某にも友達が出来るでござる……!」
服部は拳を強く握り天を仰いだ。
服部が里を出たのには、『友達作り』という大いなる目標がある事は服部以外誰も知らない。
「そろそろ某も戻らねば……」