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孤高にして影の王  作者: mikaina
1章
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熟練ぼっちに苦手はない(大嘘)3

 

「く、く、黒野? そっち行ったぞ!」


「こっちだ、こっち。えっと……お前! パスパス!」


  パス練の後、ドリブルやシュートなど他の練習も無しにすぐ始まった練習試合。ルールは所詮素人ばかりの授業止まり。オフサイドもファールもなしという、えっそれってサッカー? という感じのルールである。


 まぁでも素人目から観ると手を使わずに足使ってればセーフみたいなところあるからね。


 俺へとボールがゴロで回ってくる。それを運動靴の側面で受けマークの付いていないクラスメイトへと流した。

 ちなみにパス練中はずっとトイレで時間を潰してました。


  なるべくボールが来ないようにディフェンスに徹することにする。それでいてさりげなくちょこまかと走り回ることで頑張ってる感を出す。俺、頑張ってるなー。


  相手がこっちに攻めて来たら適度に壁になりつつフィールドを走り回っていると、試合はいつのまにか中盤へと入り込む。


「おい、俺が次下がるからお前上がれ」


  なんか中途半端な場所でうろちょろしてた奴が自分は一仕事終えたみたいな雰囲気を出しながらそう言ってくる。


 お前なんもしてなかったじゃねーか。偉そうによく言えたな。なんだったら俺より働いてねーぞ。


 てか、今更だけどさ、お前ら俺の名前知らなさすぎじゃない? 今まで誰一人として俺の名前呼んでくれないんだけど……。俺の苗字、そこまで珍しくないよ。


 一人ぐらい偶然でも構わないから当てて欲しいんだけど。まぁ四組のやつだから仕方ないけどさ。


  この試合、まさかのクラス対抗ではなく、クラスを半分に分けて四組と三組の合同チーム二つで行われていた。


 やっぱり体育教師頭おかしいって。どこかに頭のネジ二、三本落としてきちゃったんだよ。もしくはネズミに耳食べられちゃったんだって。青色のジャージ着てるし絶対そうだよ。


  まぁそんなわけで俺の名前を知らなくても仕方ないという訳……。


 でも最後の奴みたいに偉ぶるのは違うと思うん。居るよねー、なんか露骨にぼっちを下に見てるやつ。そのくせカースト最上位の奴等には媚びた犬みてーに尻尾振って煽てまくるんだぜ。どうせだったら俺に媚びろよ。俺の方が集団で固まってる雑魚よりも強いぞ。


  媚びたワンちゃんに「前に出ろ」と言われたので仕方なくワンちゃんに変わって前に出る事にする。


  前に出てから後ろを見ると、媚びワンくんはゴールキーパーをやっている男子に媚びへつらっていた。マジなんなんアイツ。

 

  俺が前に出てしばらく、試合も終盤に差し掛かった頃、相手チームが最後の攻撃と言わんばかりに一気に攻め上がってきた。


  鮮やかなドリブルでコートの真ん中を駆け抜けるのは何処かで見た事のある普通っぽいけどイケメンな男子。


「レン! こっち!」


「あいよっ!」


  そうだ、レンだったな。そのレンはいつも一緒にいる……悠人だったか、に向かってボールを回した。ボールを受け取った悠人は勢いよくコートを走り抜けゴール付近までボールを運ぶ。前方には媚びワンちゃんが待ち構える。


「うわわわっ」


「乾谷、ディフェンスッ!」


  さっきまで威勢の良かった媚びワンちゃんは何処へやら高校二年生にしては体格のいい悠人とやらの猪突猛進っぷりに怯えてしまっている。それはまさに猪と犬の関係。


 頑張れ! 犬! お前なら行けるっ!


 心の中はさっきまでの憎しみは消え、純粋に同じクラスでチームのワンコロを応援する気持ちで一杯だった。


「レンのマーク外すなッ!」


 ゴールキーパーが声を張った。俺は適当な奴の前に立ちパスを受け取れないように邪魔をする。


「乾谷! わりぃが抜かさせてもらうわっ!」


 完全にビビってしまって動けないワンコロ。それを見て抜かせることを確信した悠人はわずかばかり油断した。


「ええい!」


「うえっ⁉」


「悠人⁉︎」


 怖気付いた心を奮起させるように声をあげながら、ワンコロが出した足は偶然にも油断しドリブルがわずかに雑になった悠人が持っていたボールへと見事に直撃し悠人からボールを奪い取った。


  ヒュー! 流石ワンコロ!


「や、やった」


「よくやった、乾谷! とりあえずパスかクリア!」


「お、おうっ!」


  大活躍を見せたワンコロだったが、ボールを奪い取るために勢いよく迫り来る敵チームの気迫に押され、慌ててボールを蹴り上げた。慌てて蹴ったためか球は空を浮かばず、緩く地を回った。


「くっ」


「ドラァ!」


 そのボールをなんとか敵チームよりも先に味方が奪い取った。


「くっくっく、黒羽っ! 前に回せ!」


「く、くっくっく、黒山ぁ! ゴール前!」


  そんな掛け声が聞こえると同時に俺に向かってボールが飛んでくる。


 すごい。みんな俺の名前を呼ぼうとしているだけなのに小悪党が笑っている様に聞こえる。そしてみんな俺の名前は間違っている。


  俺は飛んできたそのボールに照準を定め脚を大きく振りかぶった。


  さて、ここで唐突だが少し話をしよう。


  俺は運動が苦手では無い。


 ぼっちは独りで大低のことをできないと務まらない。人に頼らないとは自分でやることと同義だ。


 常に自分で問題を解決しないといけない。なので熟練ぼっちは万能だ。


 俺だって伊達にぼっちを名乗ってるだけあって、勉強は誰かに教えてもらわなくてもできる程度の学力はある。運動だって短距離走においてはクラスでも五本の指に入る程度には早いし、集団競技も足を引っ張らない程度には嗜んでいる。強いて言うなら長距離走が苦手だが、平凡を下回ってはいない。


 そう、俺は運動が決して苦手ではないのだ。


 ここまで長々と語って結局何が言いたいのかと言うと、そんな万能なぼっちにも苦手は存在すると言うことだ。


 運動は苦手ではないけれど、種目によっては苦手がある、そう言う事だ。


 ここまで言ったならもうお判りいただけたと思うが俺が苦手としているのは、


「黒山ぁ! ゴール前ェ!」


  ディフェンスを抜き去り一直線に相手チームへと駆け抜けながらサッカーボーイはそう大声で叫んだ。


 本来なら彼の所為でオフサイドになる位置を指定するサッカーボーイ。だが今回はオフサイドなし。

 だからもしここで俺がゴール前にボールを渡せば彼がシュートを決めそれで勝敗は決するだろう。


  俺の脚は地面スレスレを勢いよく通り抜ける。


  ダンッ! と俺の脚とサッカーボールが衝突し力は相殺することなくボールが弾け飛ぶ。


  俺が蹴り上げたボールは俺の名前を呼んだ奴が指定したゴール前では無く、明後日の方向へと。いや俺の名前じゃないんだけど。


「えっ」


  そんな惚けたような声を出したのは周りにいたほぼ全員だろう。


  サッカーだ。俺が苦手としているのはサッカーだ。


 サッカーゲームなんかだと結構上手くいくもんだが現実とゲームは違う。


 FPSや格ゲーをやっていても現実で強くはならないし、ギャルゲーや美少女ゲームをやってもモテたり、コミュ力が上がったりなんかしない。


 まず俺には脚でボールを扱うことが出来ない。


 致命的にセンスが足りない。何度も何度も練習しても一向に上手くならない。リフティングなんて二桁行けば空から美少女が降ってくるレベルの奇跡だ。そんな事が起きたら驚きで滅びの呪文を唱えちゃう。


  明後日の方向へとぶっ飛んで行ったサッカーボールを眺めながら、パワーは悪くないんだよな、なんて馬鹿げたことを考えていた。


  周りから向けられる視線が少し、嘘です、かなり痛くて飛んでいったボールとは正反対の方向へと身体を翻した。


  俺が振り返ると同時、ビュオッ、と強めの風が吹き、木々を揺らし雲を流した。それはなんだか「気にすんなよ」と俺を励ましているように感じた。


  同じチームの皆様、本当にすいませんでした。



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