熟練ぼっちは揺るがない3
遂にメインディッシュのリア充グループに到着だぜ。
さてお前らの楽しい会話聞かせてもらおうか。
「レンと悠人と達也って昨日遊びいったんでしょー。何したの?」
「昨日? あ! そういえばレンのヤツがさー」
「おいっ! お前言うなよっ!」
「……ふり?」
「ふりじゃねーよ! それにアレはそんなんじゃねーから!」
「え、何々。私達にも教えて教えてっ」
「うんうん、私も聞きたいなぁ」
「それがさー、レンのヤツがさー」
「だから止めろってっ!」
……ふっふっふ、はっはっは!
やーいやーい、つまんなーい。お前らの会話超絶つまんなーい! バーカバーカ! なんだよちっとも面白くねーじゃねーか。スゲー楽しそうに笑うからどんな会話してんのかと思ったらそんなもんかよ。なんも面白くねーじゃねーか。そんなんで笑っちゃうとか箸が転がっただけで大爆笑しちゃうんじゃねーの。
まったく仕方ないなぁ。つまんないけど聞いてあげるよ。聞いて、あ、げ、る。っかー気持ちええ。なんか知らんが優越感が……気持ちええ! リア充への勝利は甘美な蜜の味!
「コイツさー、昨日会った女の子と仲良くなって今度遊ぶ約束してんだぜー! マジ許せねーわ! なぁ、達也!」
……ん?
「まぁそうだね。でも悠人、それは言わない方がよかったんじゃないかな」
「……え。へぇ、ふーん、レンってば良かったね」
「だから、そんなんじゃないって、ホントに。ちょっと仲良くなったのは本当だけどさ」
「ほらね」
「……ミスっちまったかな」
…………んー?
「もう、佳奈ってば拗ねちゃって」
「……拗ねてない」
………………ンー?
「なぁ、達也、悠人。なんで佳奈は怒ってるんだ?」
「……お前はそういうやつだよな。まぁそこがレンの良いところではあるけどよ」
「本当に鈍感だね、レンは」
そう言って悠人? と達也? は、レンとやらに呆れた視線を向けながら花を眺める少女の様に微笑んだ。
「なんだよ、どういう意味だよ」
…………は。
「ほら、レンは別に意識してないってさ、佳奈。佳奈が一番わかってるでしょ、レンがああいう性格だってことは」
「……知ってるもん。ふんっ」
「よくわかんねーけど怒らせたのは悪かったよ、ごめんな、佳奈」
「……今度」
えっ?
「えっ」
俺とレンとやらの思考が被る。佳奈と呼ばれた女子は頬を桃色に染め、レンとやらの袖を優しく掴んだ。
「今度、クレープ奢ってくれたら許してあげる……」
「……とびっきり美味しいやつをご馳走させてもらうよ」
は?
「ひゅーひゅー!」
「お熱いね、お二人さん」
「佳奈ってば顔赤―い」
取り巻きはそんな風に二人を何かに見せつけるかの様に囃し立てる。
「ばか! 別に赤くないし、そんなんじゃないって!」
怒った様にそう言った佳奈とやらの口元は緩んでいた。
いやいや、は?
いや、は?
は?
何、何が起きてるの? 俺が置いてけぼりなんだが。
俺が優勢だったよな。会話がつまらなかったから俺の勝ちみたいなところがあったよな。その筈なのに、一瞬にして一転攻勢、滅多打ち状態なんですけど。
唐突にラブコメにありがちな会話やめてもらえますか。勝者がいきなり敗者に変わったんですけど。
あのレンってやつ、主人公特有の鈍感設定持ちとか勝利を約束された様なもんじゃん。絶対アイツラッキースケベ特性も持ってるよ。それでイケメンなのに普通の高校生とか自分は思っちゃってんだぜ……まるっきり主人公ポジじゃん。
周りに見せつけるかの様に交わされる会話。雨のせいか少し肌寒かった空気もこの空間だけは陽気に満ちていた。
楽しそうな会話を交わしていた筈のクラスメイトは言葉を発しておらず、男子は嫉妬の眼差しを、女子はワクワクした様な期待の眼差しをリア充グループへといつのまにか向けていた。
そんな視線を向けない者がただ二人。一人は勿論俺のこと、もう一人は莉佐だ。
俺は嫉妬なんてちっぽけなものではなく、もう一周回って視線を向けなかった。
まぁ会話自体はつまらないの一言だったし、赤の他人のラブコメなんて見ても不快になるだけだ。赤の他人の好意から生まれる恋の行為を赤の他人である俺が観ても意味はない。そんなもんより可愛い女の子の更衣を見せろ。
会話に耳を澄ませてはいても瞳はただ虚空を見つめていた。これは別に敗北ではない……といいな。
そして莉佐は、
「……すぴー」
可愛らしい寝息をたてて眠っていた。
私には関係ないからと態度で表している。うーむ運動部の女子グループに絡まれてる時はオドオドとうさぎみたいにしていたが案外図太い性格をしている。コイツはぼっち界のスーパールーキーかも知れないな。
ぼっちは最強の存在だ。
俺はあいつらみたいな主人公のストーリー上のモブにもなれない様なちっぽけな存在。アニメなんかじゃきっとセリフどころか端の方にも映してもらえない様な哀れで無様な男だ。
周りはみんなで物語を創り上げるが俺は違う。
全てが一人で完結している。
故に敵なし、味方なし。されど障害、路も無し。
あいつらの様に眩く輝かしい物語は進まない、進めないけれど、平行線の薄暗い影の物語をあいつらよりも慎重にゆっくりと綱渡りの如く進んでる。それはただ独り、俺だけの道。
光に虫が集まって来るように、輝かしい道を歩むあいつらにはいくつもの障害が訪れる。訪れて欲しい(願望)。
だが物語の敵が存在しないぼっちはそう言った意味では最強の存在だ。暗い道には虫は集わない。ただ波のように通り抜けていく。
闘うべきは社会と環境。人と戦う必要がない。……人よりも抗いようのない厄介なものと戦っている気がするのは気のせいだろうか……。
だから俺は嫉妬などしない。最強は心も広い。あの程度の光景、嫉妬などするはずもない。
ぼっちはそう簡単に動じない、揺るがない。これテストに出すから覚えておけよ。
まだイチャイチャが続く中、俺は席を立ち教室を出る。
なるべく人が居ない所を探し、周りに人が居ないかをキョロキョロと首を振って確認した。
そして知らず知らずの内に掌に爪の跡が残る程握りしめていた拳を意識してさらに強く握りしめる。
いやまぁ、色々言ったけどさ、普通に考えればさ、分かるよね。
あんな光景見ればさ。
羨ましいに決まってんだろぉぉーーー!! 死ぬほど羨ましいわ! 俺もイチャイチャしてぇぇよぉぉ! 何見せつける様にイチャついてんだぁぁ! ぶっ飛ばすぞ! 溝打ち散らすぞ! 死に曝せ、ラブコメ主人公ぉぉぉぉぉぉ!!
俺だって思春期なんだ。そこにぼっちとか陰キャとか陽キャは関係ない。見せつけるように女の子とイチャイチャされて苛立たない訳がない。
本来なら、壁を叩いたり「ふざけんなァァァ!」みたいに叫んだりしたいものだが、周りに見られた時のリスクが高すぎて俺には出来ない。そんな場所を見られたら最悪精神科に連れて行かれてしまう。
俺にできるのは沈黙の慟哭。喉では無く心が枯れていく。
……あぁ、ちょっと落ち着いた。握り込んでいた拳を少しだけ解く。
ぼっちは一般人と違って人と話すという行為でストレス発散が出来ない。仲のいい奴と話すというのは存外ストレス発散になるもので、それが出来ないぼっちはストレスが溜まりやすい。
だから俺はたまに人が居ない場所で気持ちを整理する事でストレスを発散するのだ。
じりじりと熱を発する掌を眺める。
何してんだろ、俺。身体の中を駆け巡っていた熱が一気に冷め冷静になってくる。これは賢者モードに近い状態だ。
キンコンカン☆コーンッ! キラッ☆
そこで授業開始五分前を報せるチャイムがなった。
ほんと何してんだろうな、俺は。
雨が降っていた空はいつのまにか晴れ渡っていて、綺麗な七色の虹がかかっていた。
太陽と虹によって生まれる俺の影はひどく小さく見えた。
小さくみえる影をジィーと一分程度眺めてから咳払いをして、気分を変えるため虹を見ようと近くの窓から身を乗り出すように空を見上げた。
そんな俺を影法師がニヤリと笑みを浮かべて見つめていた。……なにわろてんねん。