生徒会長は空を飛べない4
彼の降りる駅に着いた。
改札を抜け、学園から駅までの道と同じように彼の後方十メートルを歩く。空を見るともう全てを照らす太陽は堕ち、天は黒に染まり始めていた。
紫音達が歩くたび蠢いていた影はもう暗く殆ど見えなかった。
彼の家まで後ろからついて行き、彼がドアを開け、家に入ったのを確認してから紫音も少し離れた我が家へと足を進める。
視線に敏感な彼が最後まで紫音に気づかなかったのは紫音の気配遮断が完璧であるのと、紫音が毎日視線をバレないように浴びせ続けたからだろう。
最初は自らに注がれる視線にキョロキョロと辺りを見渡していた彼も視線を浴びせ続けて一年が経つ頃には辺りを見渡し視線の犯人を探す事は無くなっていた。
慣れとは恐ろしい。
彼は紫音の開発した彼にバレないように彼を見るだけの特技『見つからなーい』にはもうほとんど反応しない。ナイスアイデア! 流石昔の私! 天才! と柄にもなく紫音は自分を讃える。
紫音は足を止め静かに薄暗い空を見上げた。
彼と私は周りから見れば変わり者だ。人と絡む事が極端に少ない。人と関わることを拒んでいる変わり者。
周りから見れば、彼は、私は、一人ぼっちでいる人間は、寂しく哀れに見えるのかもしれない。
寂しくない。変わり者ではあるかもしれない。でも私は、私達は決して寂しくなんか、哀れなんかじゃない。
コミュニケーションを取らず、コミュニティに属さず、生きてきた。それだけ、それだけなのだ。
立ち止まり薄暗い空を見上げていると空の色とは正反対の純白の翼で悠々と大空を羽ばたく一羽の鳥が見えた。
きっと、私や彼は片翼しか翼の生えていない鳥なのだ。コミュニケーションという人間に必要な機能を、片翼を失ってしまった鳥。
生きてはいける。
だけど鳥本来の生き方でもある飛ぶという行為ができない。大空を羽ばたけない。あの皆が自由に飛ぶ広大な大空には羽ばたけない。
だけど、だけど彼となら。
私と彼、片翼しか持たない鳥同士が手を取り合えば、きっと私と彼は空を飛べる。あの大空を、翼を大きく広げ、自由に羽ばたける。あの青空に最も近づける。
翼は私と彼の髪色と同じ漆黒の翼なのだろうけど、そう思うのだ。
今はまだ、私と彼の影が重ならなかったように、私と彼の道は交わらないけど……。
視線を空から戻し、紫音は家までの道をまた歩き始める。
彼、影莉くんと私ならきっと飛べる。両翼で羽ばたく鳥すらも超えられる。それはきっとそう遠くない。
紫音は遠い遠い桃源郷へと想いを馳せる。
だから――
だから私は、彼がいないと空を飛べない。