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ボスとわたし

作者: 浜柔

 わたしはきっと悪辣な組織に取り込まれてしまったのです。

「さあ、これをこいつの頭に被せてこれでサクッと切るんだ。たったそれだけの簡単なお仕事だよ」

 ボスに手渡された網のようなもので恐る恐るその人物の頭を覆いました。するとボスがわたしに刃物を握らせます。そして「さあ」と促します。しかしわたしの手は恐怖に震えました。

「む、無理です! 切ったら切れちゃうんですよ!?」

「そりゃそうだろ。切るんだから」

「血塗れで、内臓まではみ出してて気持ち悪いです」

「この業界なら当たり前だ。慣れろ。慣れなくても慣れろ」

「無茶苦茶です!」

「無茶だろうと、やるんだよ」

「で、でも! もし頭が飛んじゃったら! それを想像しちゃったら!」

「ちっ、何て意気地の無い小娘だ。拾ってやった恩を返そうって気も無いのかね?」

「そ、それは! この恥ずかしくて人前に出られない格好をして、ボスと部下さん達の相手をするだけでいいって話で!」

「はあぁ? たったそれだけじゃ、食い物と寝床の代金にもなりゃしねぇよ」

「そ、そんな! それじゃあ、あの時の話は嘘だったのですか!?」

「方便てものがあるだろ? ちょっとだけと言って誘い込んでから骨までしゃぶり尽くすなんて、良くある話さ」

「そ、そんな! 酷いです!」

 舌なめずりしながらケケケケと笑うボスに、わたしは涙目になりました。


 これも自業自得と言うものでしょうか。田舎暮らしが嫌で家出までして都会に出て来たのが始まりです。都会に着いたまでは良かったのですが、行く宛ても無く途方に暮れてしまいました。急いで家を飛び出したために用意していたお金も置き忘れてしまい、諦めて田舎に帰ろうにもその旅費が有りません。ついつい現実逃避で唯一趣味にしていたスケッチを始めてしまいました。

 無為に時間を過ごして日も暮れようとする頃、そこに現れたのがボスです。田舎者だと直ぐに判ったのでしょう。

「お嬢さん、こんなところでどうしたのかな? もしかして、今晩寝る所に困ってたりする?」

 わたしはびっくりして咄嗟に逃げようとしました。しかしボスに手を掴まれます。

「逃げることはないじゃないか。で、どうなのかな? 行く所はあるのかな?」

 軽薄そうな笑みを浮かべて迫って来ました。

 それがもしむさ苦しい男性だったら、きっとわたしも大声で助けを呼んだことでしょう。ところが迫って来るのはすこぶる付きの美女だったのです。

「いいえ……」

 ついうっかり正直に答えてしまいました。

「ふーん。じゃあ、(うち)に来ないかい?」

「え、あの……」

「勿論対価は貰うよ。そうしたらそっちも後腐れ無くていいだろう?」

「でも……、お金が……」

 対価と言われてもお金を持っていないのです。払いようがありません。

 しかしボスが耳元で囁きます。耳に掛かる吐息にゾクゾクします。

「お金なんていらないよ。身体(からだ)で払って貰えばいいんだから」

「身体……、ですか……?」

「そうさ。ちょこっとこっちの指定する衣裳を着てポーズを取ってくれればいいんだ。簡単なモデルさ」

「モデル……」

 わたしにもモデルへの憧れが有ります。そしてこの時のわたしはきっと冷静ではなかったのです。罠の可能性を失念していました。

「判りました」

「そうかそうか。こっちにおいで」

 わたしはボスに手を引かれるまま、日暮れも近い町を歩き、マンションの一室へと招き入れられました。

 そして恥ずかしい衣裳を幾つも着せられ、ボスとその部下達にサンプルだと言われて何百枚ともなく写真を撮られてしまいました。こんな写真がもし流出してしまったらと思うと、心が恐怖で震えました。


 ボスが溜め息を吐きます。

「まったく、何が気に入らないんだかねぇ」

「内臓がリアル過ぎてとっても気持ち悪いです!」

「いいことじゃないか。部下その一君の力作だぞ? スプラッターホラー漫画なんだから」

「どうしてスプラッターホラーなんですか!?」

「あたしの趣味だ!」

「そんな……、ボスだったらもっとふわふわの恋愛ものが似合いそうなのに……」

「もう、つべこべ言ってないで、トーンも貼れないなら晩ご飯でも買っておいで」

「ええ!?」

 緊張のあまりに勢い余って原稿まで切ってしまい、キャラの頭の部分にぽっかり穴が空くではないかと躊躇うわたしが悪いのは解っているのです。しかし……。

「どうした?」

「せめて、このフリフリのフリルまみれの蛍光色のメイド服は勘弁してください!」

 元々着ていた服は、「目を離した隙に着替えるから」と言ってボスに没収されてしまっているのです。買い物に出掛けると言うことは、この恥ずかしいメイド服姿を衆目に晒すことになるのです。写真どころの話ではありません。

「何言ってんだ。他の仕事ができない癖に、そのくらいサービスしなさい」

「お嫁に行けなくなってしまいます!」

「なら、あたしが貰ってやるよ」

「ボスは女じゃないですかぁ」

「ささ、行った行った」

 追い払われるように部屋から出されました。


 仕方なくいつものお弁当屋さんに向かいます。

「こんにちは」

「やあ、いらっしゃい。これはいつにも増して派手な服だね」

 わたしは羞恥で顔が熱くなりました。もう何十回もこんな服で訪れているお弁当屋さんで今更だと思っても、恥ずかしいものは恥ずかしいのです。そう、とっくに写真が流出どころではないのです。もうお嫁に行けないかも知れません。

 まあ、お嫁さんは冗談として、ボスに唯一不満に思うことが、この恥ずかしい衣裳を資料用の撮影の時だけでなく、普段に着るのを強要するところです。わたしに着せるのならボスも同じような服を着て欲しいと思うのですが、ボス自身はスポーティな格好で決めています。男の子より女の子にもてそうな感じと言えば良いでしょうか。

「可愛い服は可愛いコが着るから可愛いんだ。あたしが着たって可愛くないよ」

 なんてことをボスは言うのですが、ボスが着たらきっと可愛くなると思います。


「ただいま帰りましたー」

「おかえり。今日はどんな屍肉が待ち受けているのやら」

 くくくと笑いながらボスがお弁当を物色します。

「これは切り刻まれた屍肉の焼けた匂いがする」

「嫌な言い方しないでください! それにショウガの匂いの方が強いですよ!? 豚肉の生姜焼きですから!」

「これは肉が皮ごと削ぎ落とされて火責めにされた挙げ句に熱い飴色の液体を掛けられたのだな」

「照り焼きチキンですから!」

「これは全体にぬめる液体を塗りたくられ、逃れられないように更に上から粉のようなもので塗り固められてから熱い油で釜茹でにされたのだな」

「トンカツですってば!」

「これはうっすら死に化粧を施されて、やはり熱い油で釜茹でされたのか」

「鶏のから揚げですよ!?」

「こ、これは酷い。屍肉と言えど、こうまでぐちゃぐちゃにされてしまっては流石のあたしでも怖ろしくなってしまう……」

「解りました。ボスはそのハンバーグがいいんですね」

「うん♪」

 ボスは嬉しそうにハンバーグ弁当を手に取ると、部下の皆さんに声を掛けます。

「さあ、晩飯にしよう」


 日は変わって。

 アシスタントとしてはまだまだ役立たずなわたしは、週に三日ほど飲食店でアルバイトをしていて、その勤め先から帰宅するまではちょっとした自由時間です。その時間を利用して、スーパーマーケットに寄ったりします。

 今日はお給料を貰ったので、これでいつものお礼に料理の腕を振るいたいと思ってスーパーマーケットでお買い物です。

 ニンジン、タマネギは何にでも使えるので取り敢えず籠に入れましょう。次はお肉のコーナー。

「ふっふっふ、立った今擂り潰したように鮮やかな屍肉だわ」

 おっと、いけません。ついついボスのような言葉を口走ってしまいました。横に居て聞こえたらしいおばさんが顔色を変えて足早に立ち去って行きました。失敗です。

 綺麗な合い挽き肉がとても安かったので籠に入れます。

 さて、これで何を作りましょう? やはりボスの好物のハンバーグでしょう。

 と言うわけで、必要な材料を買い足します。ニンジンとタマネギは既に籠に入れているので重要なのはスパイス。オリジナリティを出すために、シーズニングスパイスの原材料を参考にしながらナツメグ、オールスパイス、オレガノなどを買い揃えます。調合が腕の見せどころです。

 会計を済ませ、足取りも軽く帰宅します。

「ただいま帰りましたー」

「おかえりー」

 わたしは握り拳を腰に当て、胸を張って宣言します。

「ボス、今日のわたしはやりますよ!」

「ほう、何をだい?」

 右手で斜め上を指差し、答えます。

「ボスの好きなハンバーグを作るのです!」

「え!?」

「きっとほっぺたが落ちますよー」

「いや、ほっぺたはどうでもいいから、ちょっと待ってくれないか」

 突然ボスが抱き付かれ、動けなくなりました。

「みんな! あたしが抑えておくから、みんなでやっつけちゃってくれ!」

 ボスの呼び掛けに応じて手下さん達がわらわらと動き出し、わたしから買い物袋を奪って中身を検め始めます。

「何だ? この大量の香辛料は?」

「ハンバーグには香辛料が欠かせないじゃありませんか」

「そりゃそうだが、これをどれだけ入れるつもりなんだ?」

「勿論全部です。ボスはスパイシーな方がお好きじゃありませんか」

「そうだけど、だからって……」

 ボスが部下さん達と顔を見合わせ、首を横に振り合います。失礼な。

「頼むからこのコ達に任せてはくれないか?」

「駄目です! わたしが作らないと意味がないのです! それに、わたしが働いたお金でわたしが買ったのですからわたしに料理する権利が有ります!」

 またボスが部下さん達と顔を見合わせ、首を横に振り合います。失礼な。

「じゃあ、こうしよう。分量と手順はこのコ達が決める。あんたはその通りに料理してくれ」

「そんな! それじゃ、わたしらしさが発揮できないじゃありませんか!」

「料理にらしさなんて求めなくていいよ!」

「そんなー」

「肉じゃが」

 ボスの言った肉じゃがとは、以前わたしが作った料理の一つです。

「少ししょっぱかっただけではありませんか」

「肉一切れでご飯三杯は必要そうだったけどね!」

「昔のことです」

「シチュー」

「ちょっと調味料の白い粉を入れたら泡立っただけじゃないですか」

「普通は泡立たないから!」

「ボス、ちょっと細かいです」

「細かくないよ!」

「……仕方ありません。ボスの仰る通りにします」

 わたしがそう言うと、ボスと手下さん達はあからさまにホッとした様子です。失礼な。

 こんな風に最初の頃はわたしにも料理をさせてくれていたボスですが、今では全くさせてくれません。残念です。

 そして料理をする時、手下さん達の目を盗んでオリジナリティを出そうとしたのですが、寸前で止められました。悔しい。

 でも、出来上がったハンバーグはとても美味しかったです。悔しいけど美味しい。でも悔しい。


 そんなこんなは有りますがボスはとても良い人で、一緒の生活はとても楽しいです。

 でも最近、少しだけ田舎のことが懐かしく感じられます。


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