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出発は、成約の直後だった。港湾局に出港の手続きをしながら、小間使いに食料を2人分を追加で積ませるように指示をしていた。その後息吐く間もなく雇用主ドルテは自分の船へ私たちを連れて行った。商人というのはせっかちが多いが、彼はその中でも群を抜いているようだ。
彼の船は、大型のカーゴシップだった。全体的に細長く6対のマストを持つ快速輸送船だ。輸送できる物量が圧倒的だが船自体も高価な上に、維持費がかかり、余程高価なものを運ばないと利益が取れない。
カーゴシップは高価なものを運んでいる。と噂になっているので、賊からは当然狙われるし、一部の宗教戦士にも狙われる。曰く贅沢は教義に反するため没収しなければならない。との事。
つまるところみんなに狙われている。危険だ。
ゆえにカーゴシップの護衛は不人気だし、人手を割くのが常識だ。この依頼、改めてまずい。
「くっそ。カーゴシップの護衛ならもっと吹っ掛けておけばよかった……ッ!」
毒吐くが、もう遅い。私は船首近くの掘っ立て小屋の中でつぶやいた。
船上傭兵は原則的に航路を行く間は、船の船首側の甲板上に建てられた小屋に詰めて、もしもの時に備えるように決まっている。船の中に入る事はない。
掘っ立て小屋とも呼ばれるこの小屋は、差し渡して甲板幅の3分の2と同じ長さの横長の広さがあり、人数分のハンモックが吊るされているのが習わしだ。そして朝と夜に依頼主(もしくは手隙の船夫)が食事を持ってくるのもだ。
「まぁまぁ。こうして船にも乗れたし、いいじゃんか」
笑う旅娘は、ハンモックに揺られながら鼻歌交じりに宣う。
「……あんた、名前は?」
ハンモックに腰かけながら、私は真向い、右舷側にいる旅娘に声をかけた。
たぷんと音を立てて酒瓶を煽る彼女は、少しだけ上気した顔で笑う。
「あたし? あたしはルタ・リア・ラリーナ。宜しくー」
右手を差し出してきたが、私はため息を吐いてその手を横に払う。
「それ、北部の少数部族の言語で、若い、娘、旅人って単語繋げてるだけで、人名に使うのはおかしい。偽名にしてももう少し信ぴょう性ある言葉を選びな」
しかも男性名詞と女性名詞が入り混じっている、浅はかだ。
「えー。ばれたかぁ。ねーさんくわしいんだ」
ほうほうと感心したように、好奇心旺盛な大きな瞳を向けてくる。
改めて見てみると、この旅娘、かなりの上玉だ。
好奇心旺盛そうな大きな瞳は、緑色の縁取りがある金色。かなり珍しい。肌は旅をしているだけあって小麦色に焼けている。元は結構な色白かもしれない。くすんだ金髪はゆるく波打ちコンドルの羽が付いたつば広帽を支えていた。
顔づくりも整っているし、流麗な顎の曲線はなかなか見ごたえのある美しさだ。
歳は10代後半くらいだろう。この世界の住人はみな老け顔だから、実年齢はもしかしたら10代半ばかもしれない。だとしたら恐ろしい。
ちなみに背はそこそこ高く、私と同じか指一本分低いくらいなので、女子としては高い。
そんな彼女が悪戯に微笑を浮かべてこちらを見てくる。まるで獲物を値踏みする猫のようだ。
適当だし胡散臭い旅娘は放っておいて、私は甲板へ出た。
この世界は黄色い大地がどこまでも続いている。まだ世界一周したものはいないようだが、直に現れるだろう。
風力という無限のエネルギーに満ちたこの世界は、私の故郷と違い、エネルギー問題は無縁そうだ。
蒼穹はどこまでも続く。快晴だ。雲ひとつなく、肌が渇くほど空気は乾燥していた。