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当然というか、予想通りだが、私の肩を力任せに掴んで引き寄せようとしてきた。
「おい!」
あーいやだ。
私は男の腕を捻り上げ、肩に担いで投げ飛ばした。中空にいる男の腹へ回し蹴りを打ち込み追い打ちをかけると、男の体はもう1人と共に盛大にひっくり返り床を転がる。
「雑魚に用事はない。時間をかけてやる義理もない。失せてくれ」
私は服を払いながら言い捨てる。伸びた男たちは起き上がる気配はない。
「やるねぇ。ねーさん。強くてカッコいいの、あたしは大好きだぜ」
にやにやと笑みを浮かべる旅娘。男どもに絡まれそうになった時、そそくさと離れていた癖に調子よく戻ってきた。まったく面倒くさい奴だ。
とりあえず依頼を探そう。長居をしたくない。
「あんた、それだけ腕が立つなら、うちの仕事をしてくれないか?」
これは重畳なお声がけだ。雑魚も役に立ってくれたようだ。
降って湧いた声に嬉々として振り返ると、受付で揉めていた男の一人がこちらを向いていた。
この辺りにあよくあるカミースのような長衣にターバンという出で立ち。顔も体も丸くハの字眉とたれ目がいかににも商人らしい。
「傭兵を探していたんだ。話を聞いて欲しい」
男は豊かな口髭の首なのか顎なのかわからない部位をたゆたゆと動かしながら言う。ちなみに顔はよほど焦っていると見える。青ざめていて目は疲労と焦りで澱んでいる。
渡りに船だ。
「お伺いしましょう」
これはいい。私はさきほどまでごろつきがたむろしていた丸机の天板を手で叩いて、男は受付から酒のボトルとグラスを手に私の対面に着いた。椅子はないので立ち話だ。
「早速ですが、目的地は?」
「アドリ小平野のドブロ島だ。メディッテ盆地を抜けて、10日から15日といった所だ」
グラスに手を伸ばしかけた私は、ぴくりと手を止めて男の顔を見た。
これは、参ったな。
メディッテ盆地といったら、聖痕教会のお膝元だ。教会修道騎士団やら、なんやら物騒な連中がいる地域だ。あまり、というか絶対に近寄りたくない場所のひとつ。
航路としては最悪と言っていい。だがしかしだ、選り好みする時間の余裕がないのも事実。
「教会のお膝元だ」
「分かっている。だから困っている」
男はため息交じりに肯定し、グラスの中身を一気に煽った。
アドリ小平野を横断する航路は、商人には魅力的な航路だ。南部のエイフリック台地を回る航路から70日も短縮できる素晴らしい航路なのだが、問題は教会が検閲を行っている事と、教会と抗争を続ける救世主教との戦火のど真ん中なのだ。
検閲で商品を没収されたり、異端の烙印をおされて一族郎党処刑されたり、なんて事もありえる。もしくは救世主教の聖戦士の異教弾圧によって虐殺されることも考えられる。
危険を犯してまで70日を短縮する商人は、あまりいない。
「早くついても15日分の報酬を出す。頼まれてくれないか?」
どちらの宗教戦士に直面しても、何らかの危険が伴う。そんな危険な航路なのだ。正直に言えばリスクばかりでメリットがあまりにも少ない航路である。
「そんな危険を犯してまで、どうしてアドリを横断しようと思うんですか?」
私の当然の疑問。男は顔を顰め、首を横に振った。
「どうしても、あと20日以内にドブロ島へ荷を届けなければいけないんだ」
言えない理由を探るのは、船上傭兵のご法度だ。
私は肩をすくめて。
「前金で10日分。成功報酬で10日分。それで請負います」
「20日分……。いや、いい。それで頼もう」
「契約成立」
私は腰の小物入れから羊皮紙を1枚取り出して、書面にまとめた。
「ここに署名を書いてください」
行商人、パンザ・ドルテの護衛が確定した。