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「あんた、良い度胸だな……」
私は思わず口に出していた。
「ええ」
「それもそうか。北の平野の女怪、といえば、いくつもの小国家やらなんやらを食い散らかした暴食者だものな」
私の口は、何か壊れたように言葉を吐き出していた。
「私は傭兵だ。金貰って警護して、戦争して、同業者は三月もしないで死んでいく。それでもな、生きてる。理不尽な死刑通知書にビビりながら、それでも生き残ったんだよ」
ぱちくりと彼女は大きな目をしばたたかせ、そしてぺちんと手を叩いた。
「ええ。だからこうしてお礼に来たのよ?」
「わからないかなぁ……」
「ええ。わからない。だって、わたくしは王だもの。個人の思想なんて、知る由もない」
何を可笑しな事を言っているの? とさも不思議と言わんばかりに言いのけた。
「わたくしの考えは、連合王国の利益の追求。国家が最大利益を得られる方法。それは長期的、短期的どちらもそう。貴女が頑張ってくれたおかげで、帝国にもつながりを持てた。それとおばさまの過去の遺恨を消し去れた。今回はとっても嬉しい事がたくさん起きた。その結果の中で、アイニー・アストロの存在は、とても小さな要因のひとつでしかないの」
小さく一口大に焼かれたカップケーキを口に付けながら、彼女は微笑を崩さず言い続ける。
「大変だったのよ。おばさまはいつも勝手にするし、我が傘下の国家は勝手に蒸気窯を勝手に帝国へ売ってしまうし、その運搬時期とおばさまの好みの女の子たちの運航予定をすべて合わせるの、とっても大変だったのだから」
白磁の頬を少し膨らませて、地獄そのものを語って見せる彼女。
「全部、お前の差し金か……」
自分でも驚くほど声がかすれている事は、よくわかった。
「おばさまも、もう少しわたくしの話をちゃんと聞いて欲しいわ。おバカさんなんだから、人の言葉はちゃんと聞かないとダメでしょう?」
「リジー。前から言っているけど、年上に対してバカだアホだって言うの、やめなさい」
じっと恨みの籠った眼を女王へ向けた旅娘だったが、当の本人はコロコロと笑って気にも留めないていない。
「お前が、気持ち悪い全能者気取りだってことが、よおく分かった」
私は恨み節を利かせるつもりで口を開いたが、くいと細い顎を煽ってカップのお茶を飲み干すと、彼女はすくと立ち上がった。
「面白いお嬢さん。本当はもう少しお話を聞きたい所だけど、時間切れ。また今度お話ししましょう。御機嫌よう、大叔母様。それと奇術の魔女さん」
現れた時と同じように、颯爽と、青天の霹靂のように消えていく彼女。
ほおと息が抜けて、私は机に突っ伏した。緊張の糸が切れた。
「本当に、昔からああなんだ。我がままに育っちゃったもんだよ……」
やれやれと肩をすくめる旅娘。
「え? あれ? ってか、それだと」
「さぁて、と。もう用事は済んだし。次、いこっか」
にっこりと快活な笑みを浮かべて、立ち上がる旅娘。
「ああ、そうかい。また何も言わないと」
「風のままに、歌のままに。それが旅人と云うものさ」
「はいはい」
楽しそうな横顔を引っ叩きたくなりながらも、私は立ち上がり港へ向かった。
次に乗る船は決まっている。
「次は西の平野だ。ここから20日間。新台地だ」
「へえ! それはいいね」
楽しそうな彼女を連れて、私たちは次の航路へと出発した。