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連合王国首都、霧の都、ロンデリオン。
紳士と淑女の都たるこの街は、石づくりの道と煉瓦と漆喰の町並みが続く。
堅苦しいが、嫌いじゃない。
私は店頭に並んだ屋外席に座りながら茶を啜った。
「まさか、連合王国の首都で茶を啜る日が来るとは……」
私は身なりを改めて確認した。
体にぴったりとした三つ揃いは、体形に合わせて出す所は出ているから、ただのスケベ衣装なんじゃないかという疑念がぬぐえない。
だがシャツの袖や襟からふんだんにレースが飛び出しているのは、おしゃれで好みだ。
頭の上には流行りの細身の山高帽。側面に大鷹と金糸雀の羽を飾るのは軍属の象徴らしいというのが、これもまた気にくわない点だ。
「似合ってるのに、なんか機嫌悪そうだね」
「お前だって、帝国の軍服着せられていた時は、似たようなもんだった」
唾棄するようにつぶやく私の前には、いつものコートと帽子姿の旅娘が優雅に足を組んで茶を啜っている。
さて、なんで私たちがこんな大都会で優雅に茶会をしているのかというと、これからある人物が会いに来るというからだ。
「でも、なんでこんな一般市民が使う茶屋で」
「いつもの事さ」
いつもの事ね……。
私は面白くない気持ちに違和感を覚えながら、ふと視線を上げた。
「お待たせしたみたいね。ごめんなさい」
にこりとはにかむ女性が一人。
いや少女? 私と大差はなさそうだ。
身なりは、本当にありふれた町娘そのもの。藍色のワンピースに素朴なシャツ。バケットをかぶって、金を伸ばしたような髪の毛を隠している。
紺碧の宝石と見まごう瞳に、抜いて束ねたら刷毛になりそうなほど長いまつげ。白磁のような、でも血色のいい肌。真っ赤に熟れたイチジクのような唇。一目で美女と分かる、顔の造りだ。
さて、そんな美女が私に何の用かというと。
「お初にお目にかかります。エリザベス陛下」
鋼鉄の女王、エリザベス4世。14歳で連合王国を束ね上げた辣腕と、賊と軍を合わせた戦術で北部の平野を併合。
北の平野の怪物。鉄と血と屍で連合王国を作り上げた一人の少女。
それが彼女だ。
にこりと小さな花のような大人しい微笑。とても怪物、女怪といわれる人には見えない。
「今回はお疲れ様。予想以上の結果が聞けて、わたくしはとてもうれしく思うわ」
すとんと椅子に腰かけると、テーブルに置かれていたカップを愛らしく両手で持ち、彼女はやはり乙女のように小首をかしげて私を見た。
その瞬間、彼女と目が合った瞬間、私の心臓は確かに一瞬止まった。
恐怖ですくみ上った。
彼女は、決して強くないだろう。
それは物理的な話であり、私のチートや旅娘のような魔法は絶対持っていないからだ。
武力じゃない。これは、あまりにも巨大な何かを目の前にした時の恐怖だ。
彼女は、”彼女”じゃない。そこにいるのは、”連合王国”という国家なのだ。
彼女は、現ヴィクトリア王朝の女王にして、国家元首、最高軍事責任者だが、そんな事ではないのだ。彼女が”国”なのだ。
連合王国という存在が、目の前に座って茶を啜っている。
ぞっと粟立つ肌。私は無意識に距離を取ろうとしていた。
国家という存在そのものがある。その威圧感に、押しつぶされそうだ。
「”リジー”」
私が動けずにいたのを見たからか、いつもより少し押し殺した声で、旅娘が言い放つ。
「あら、おばさま。なぁに?」
「人を脅かすものじゃない」
そこで私ははっとなり、初めて呼吸を始めた子鹿のように、荒く息をついて机に突っ伏した。
「だって、彼女、おばさまのお気に入りでしょう?」
ころころと鈴を転がすように笑う彼女。とても楽しそうだが、きゅっと細められた目は、怖くて見てられない。
「かわいい子猫ちゃん。本当にありがとう。本当の言うと、貴女がこんなに頑張ってくれるなんて思ってなかったのよ。だから連合王国はとっても嬉しい」
にっこりとはにかむが、その言葉の裏に、私はぞっとする。
この娘っ子は、私が死ぬ前提で話をしている。