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幽霊船の最下層。そこは無数の機械で埋め尽くされていた。
部屋の1番奥。後端になる部分。煙突の真下だが、それがあった。
巨大な鉄の釜。円筒形で無数の配管と歯車が接続されたそれ。
蒸気機関だ。
風力という無尽蔵の動力が得られるこの世界で、動力機関というのはおかしい存在だ。
きっと私のようにこの世界に飛ばされてきた誰かが渡来させたのだろう。きっとこの船の構造もそうだろう。
最下層の3分の1を占める巨大な機関は、低い駆動音を立て、無数の歯車を回し、動力軸を回転させて船外へ伝達させている。これが風のない夜でも船を航行させられる幽霊船の秘密だ。
ミイラたちが飛び込んでいたのは、蒸気機関の給水タンク。じゅうじゅうと蒸気を上げながらもタンクの水を目減りさせている。私が彼らの中に植え付けたのは炎じゃない。熱量の塊だ。水の中に入れても、水を蒸発させるだけで消えるわけじゃない。
さてさっさと壊してしまおう。
これがある事は、旅娘から聞いたわけじゃない。ただ彼女の口からは、一番下の船の秘密を壊せという助言だけだった。
これさえ壊してしまえば、私の依頼はおしまいだ。
この大きさの船を動かすのに足りる蒸気機関だ。生半可な強度ではないだろう。まして100年近く無整備で動かせるだけの代物である。
私の故郷で存在していたものよりも、おそらく丈夫に作られているだろう。いや、もしかしたら旅娘の呪いという可能性もあるが。
私がどう壊してやろうかで悩んでいると、正規(?)経路からミイラたちが次々と降りてきた。ひとまず、彼らには役に立ってもらうとしよう。
私の手元にはもう松明も、杭ももっていない。もしミイラでなければ彼らはにやりと笑っていたのだろう。彼らは横並びになって、にじり寄って来た。
いいぞもっと近くに寄れ。
そして彼我の間が、相手の曲刀の間合いに張った瞬間、彼らは一斉にとびびかかってきた。
私は横に1歩踏み出し、足の裏の摩擦力と自分の体重をしまった。氷の上を横滑りするように移動し、移動エネルギーを調整。渾身の一撃がよけられてたたらを踏んだミイラの背後に回り込む。
その内の1体。私から見て右にいるゾンビの背中を撃った。
銃口から飛び出した弾頭は3つに割れて開き、花弁のように開いて飛び被弾者の体を吹き飛ばした。
弾頭のエネルギーをすべて衝撃へ変換する特殊弾頭である。有効距離も短く、殺傷力が皆無なものだが、こういう時にこそ有効だ。
音速に迫るエネルギーを背中に受けたミイラの体は両手足をあらぬ方向へ向けながら飛び、巨大な歯車に飲み込まれた。ボキボキと音を立てて粉砕しながらも巨大な歯車は止まらない。止まってくれることを祈ったが、全然効果はないようだ。
だがそれは1体だけの話し。ここにはまだ3体も材料がある。
私はこっそり拾っておいた縄を取り出すと、それを慌てて振り向く彼らの首に掛けて数珠つなぎにした。あとは縄の端を動力軸に引っ掛けてやればいい。
回転を続ける軸に巻き上げられる縄。状況を理解した彼らは首の縄を解こうともがくが、もがくほどに縄は絡み、軸への距離を縮めていく。
ついに1人目が軸の回転に取り込まれた。助けを訴えるように隣の仲間を掴むが、掴まれた方は暴れて逃げようと足掻く。結果的にそろって巻き込まれていった。
4人分の乾燥肉と骨を巻き込んだが動力機関は、まだ止まらない。
まあ、そう上手くはいかないな。
私は嘆息して、巨大な蒸気窯を見た。
これは、出し惜しみをしていられないな。
それではサルでもできる、蒸気機関の壊し方講座を始めよう。
まずはバルブというバルブを全て閉める。
こうする事で注水ができないので、過加熱により壊れる。ないしは燃料が止まり機関が停止する。
まあそんな簡単には壊れないだろうが。
壊れたとしても時間がかかりすぎる。
それなら次は水を抜いてしまおう。