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当然怒られるわな。暗くてまともに見えないが、ぞわぞわの男の輪郭がうごめいているのがわかる。うん、見えなくてよかった。
「情婦風情が! わが船員に手を出すとはいい度胸だな!」
怒り狂う男。私はさてどうしたものかと思案を巡らせる。
私のチートより旅娘に掛けられた呪いの方が強いから、あの男に私の能力は直接的に作用しない。おそらくそういう事だろう。
しかし黙っていても何にもならない。怒ろうが泣こうが、相手は敵だ。敵に慈悲は必要ない。ただ殺す。それが船上傭兵である私の仕事だ。
私はポケットの中に溜めておいた熱の一部を取り出し、マストの根元に放り投げた。
赤い熱の塊は手毬のようにポンと飛び、呆気ないほど簡単にマストの軸受けに火を点けていく。瞬く間にマストの一本が燃え上がり、辺りを明るく照らし出した。
「貴様! 貴様ぁッ!!」
憤怒を浮かべ、私に飛びかかろうとする男。その間に割って入った旅娘は、鼻歌を交えそうなほどの調子で男を止めた。
耳の底を劈く金切り音は、2人が持っていた互いの刃物がぶつかり合ったからだ。
「おいおい。臆病者の小僧。相変わらず自分より弱い相手としかやり合えないみたいだな」
片や巨大なククリ。それをいともたやすく短剣で留める。
私はそれを尻目に他のマストにも火をつけていく。
『あの船も、船員も、あたしを裏切った。裏切り者は、誰であっても許さない』
持ち主からの許可は出ている。私はこの船を徹底的につぶすのが目的だ。
それもそうだ。私はそもそも連合王国からも帝国からも、この船をつぶすように依頼されている。私は船上傭兵であるから、依頼主からの依頼は絶対だ。
「俺の、オレの邪魔をするなぁあッ!!」
「お前の邪魔? お前があたしの邪魔をしている石ころだろう?」
そこからは私の眼には全く捉えられなかった。
赤く燃える炎に照らされた残影が、激しく打ち合っていた。連続する短い金属の打撃音。それだけで1回に見える打ち合いが、実は何度も連続した攻撃の1コマであることを私に知らせる。
あの世話好きモノ好きに見せかけた、悪魔的な神様から貰った私のチートは、つまるところ銃なのだ。攻撃手段を私に提供したが、銃では私を超人に変えられない。
だからこの2人が打ち合う超人的な動きに、私はついていく事ができない。
まあ、いい。私は私のやる事をやろう。
私は左右を見渡す。
残り18人いるらしい、不死者の船員の内、この甲板には8人いる。
さらに言うと、この8人は私ではどうしても殺しきれない。旅娘、メアリ・アン・リードリの不死の呪いがかけられているから、彼女の”赦し”を授かるまで、彼らは永遠に肉が腐り骨は砕け、虫に啄まれて滅び続け再生する。永遠の地獄を与えられ続けるのだ。
だから私では、殺しきれない。
さりとて、やりようはいくらでもある。私は超人ではないが、傭兵だ。不可能を可能にはできないが、可能な限り不可能を可能に近づける努力はする。
死なない兵隊を倒すにはどうすればいいだろうか。
答えは簡単。動けなくしてしまえばいい。
私はここに来るまでに準備しておいた、道具を取り出した。
帝国艦隊の船の修理に使う樫木から削り出した、50センチメートル程の長さの杭。
それを両手にもって、敵を見据える。ゆっくり、ゆっくりと曲刀をもって近づいてくるミイラたち。某古代エジプトの呪いを題材した映画を思い出させる風景だ。
古今東西、ゾンビや不死者の脅威というのは、攻撃が通用しない所にあるものだ。
その反面動きが非常に緩慢で、こちらの攻撃を当てる事が容易だ。容易ゆえに1点に集中しすぎて取り囲まれ、食い殺される。
そうなる前に各個の動きを封じてしまえばいい。
私は1体目に接近し、曲刀をもった腕を打ち払い下段蹴りで相手を横転させた。
受け身も何も取ろうともせずに顔面から倒れるミイラ。その胸に杭を打ち込む。
もちろん適度に調整して質量を添加している。しっかりと突き刺さった杭は、胸から背中に抜け、木の甲板へミイラを縫い付けた。
これが私の狙い。