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「それなら逃げるより、仕事を完遂した方が良いですね」
私は肩を竦めて盤上にそれぞれの動きを書き加えていく。
「昔と変わらなければ、ここに道がある。けど、あの坊やの事だから罠は必ずある」
「まあ、臆病者なら当然そうでしょう」
私が書き加える予定進路に、旅娘が助言を入れてくれた。
岩礁地帯といわれるだけあり、当該地域は相当入り組んでいる。この盤上の地図は数十年前に帝国艦隊が記したものらしいが、内部が詳細に記されたものではない。状態も変わっているだろうし。今はこの地図だけが頼りだ。
「ここは昔からあんたらが使ってたわけ?」
「まあね。賊が普通に港に寄港して、宿に泊まれるはずないじゃん」
「そりゃそうだ」
ごもっとも。
それからさらに助言をもらいつつ、航路を完成させ、全員の顔をもう一度見渡した。
「各陣の動きはこうです」
私は盤上を指した。
「連合王国艦隊は北東よりカルバリン砲の有効圏ギリギリから艦砲射撃。後に接近しカノン砲のりゅう弾で掃射を行ってください」
自軍を示す凸駒を前進させ、盤上にカノン砲斉射と書き込む。
「次に帝国艦隊です。こちらは連合王国艦隊がカルバリン砲撃を終え、カノン砲に切り替わった時節で南東より強襲。艦隊火力の全力で砲撃を加えてください」
凸駒を動かして再現しつつ説明する。プレゼンは得意な方だが、こうして実際に手を使ってフィギュアを動かしながら説明するのは難しいものだ。
「最後に西から私と彼女が強襲し、白兵戦の後目標を殺害。敵勢力を完全制圧します。作戦終了の合図として、白色の閃光を灯して見せますので、それを確認したら攻撃を止めてください」
最後に敵主力の凸駒を丸く囲い、白く光ると書き加える。
「以上が全行程ですが、今作戦に置いて重要なのは、帝国艦隊の強襲時節です。もし時節を間違え、カルバリンの砲撃が続く最中に攻撃してしまうと、敵は西の第3航路より脱出してしまい、私たちが敵正面戦力と会敵し作戦失敗。逆に遅すぎると逃走する敵戦力の正面と帝国艦隊が衝突する事となり、被害が甚大になります」
パワーポイントでもあれば簡単だけど、残念だがここは異世界だ。オフィスソフトどころかパソコンすらない。人は入力される情報の八割を視覚に依存している。言葉でいくら説明しても、1割程度しか頭に入らないのだ。こうして説明する事でより正確に伝達できる。
全体の流れと注意点の説明を終え、ぐるりと見渡し、それぞれの意見を聞く。
「ここまでで質問はありますか?」
「質問というよりも、これでは貴殿らを誤射してしまう可能性が高い」
律儀で堅物な帝国軍人は、腕組みして険しい表情で私を見た。
「ガルベル准将殿。ご心配は無用だろう。彼女は魔女だ。砲弾くらい何食わぬ顔で弾くさ」
「そんなバカな。本艦のカノン砲は軽巡を一撃で粉砕できるのだぞ?」
アンドリュー艦長の言葉を聞いても納得しないのは、帝国領にもう魔術師や魔女の類がいないからだろう。
逆に連合王国ではまだあちこちに生き残りがいるし、むしろ第1艦隊には風向きを操る魔女がいるともうわさされている。”魔女だから砲弾くらいではなんともない”という考えなのだろう。
まあ、たしかに私なら全然直撃もらってもなんともないが。
「お優しい艦長殿。ご安心ください。私は傭兵です。命を捨ててまで達成する依頼も、まして忠誠を誓う相手もおりません」
私が自信たっぷりに言うと、やはりまだ腑に落ちない顔だが押し黙った。
「質問がないようなので、私の作戦でよろしいでしょうか?」
反対の意見はない。よしと頷いて、そっと紙を全員に配った。全員が無言で内容に目を通す。